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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第9章

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第2話 女の子に手を握られたら、誰だってドキドキするものだ

「で、どういうことなのかな?」

「顔が近い」


 椎茸のようにキラキラした瞳が迫ってきて、俺は名瀬の額を押して距離を取る。

 不平不満もなく名瀬はあっさり引き下がるが、その瞳の輝きは消えることなく一層輝いていた。


 へふっと詰まった息を吐き出す。横合いの友樹が羨ましそうに見てくるが、こんなことのなにがいいのか。むしろ、反応に困るだろうと言いたくなる。


「というか、いいのか。ここ、勝手に使って」


 昼休みが始まった途端、『秘密の相談なら!』と名瀬に連れて来られたのがこの部室だった。教室の前にはダンス部とネームプレートがかかっていて、机も教卓もない広いスペースが確保されていた。

 後ろに並んだロッカーやその周辺だけはやたら物があって、シューズや三脚が目につく。……雑に窓の柵に干されたジャージやTシャツはなんだか生々しくて反応に困る。


 なんとなく女子のだなとわかるから余計に。


 つまるところ、別の場所にしない? という言葉にしない提案なのだが、名瀬は「大丈夫よ」と慎ましやかな胸を叩いて笑顔で請け負う。


「部員の子たちにはちゃんと許可を取ってるんだから。それに、ダンス部っていってもなんちゃってだし」

「ダンスはやらないの?」

「やってるよ~。SNS用に」


 最近はこれが流行っててと、アニメに合わせて踊る(?)ショート動画を観せてくれる。棒人間にも似たキャラの動きを真似して跳ねたり倒れたり。

 踊るっていうよりは、シーンを切り取って繋ぎ合わせた感じ。これが流行っているのか……と、高校生なのに流行に置いてけぼりの俺にはなにがいいのかわからなかった。


「よければ、りなみくんもフォローしてね!」

「オレはしてる!」


 はい! と挙手して主張する友樹に「ありがとう!」と笑顔を振りまいている。

 わかりやすくデレデレしてるな、こいつ。

 しらっとした目を友人かもしれない奴に向けつつ、俺の提案がスルーされてしまったと自販機で買った缶コーヒーにそっと口をつける。主張しない奴の意見は通らない。日本人らしい奥ゆかしさは、察してくれという他力本願と区別が難しかった。


「そ・れ・で」


 キラッとした淡く赤い瞳がこっちを向く。


「男として見られてないってどういうこと? ついに恋心に自覚して、異性として見られていないことにイライラしている思春期男子くん!」

「決めつけるな?」


 リードを離したらぴゅーっと一瞬で駆けていく散歩大好きな犬なのかな?

 飼い主の話はちゃんと聞いてほしい。飼い主じゃないが。


「そういう話じゃなくって、……あー。なんだ、距離感? というか、まったく意識されてないのもどうなのかなっていう話だ。意図伝わる?」

「うんうんっ。つまり、しずくちゃんが好きってことだよね!」

「通訳を呼んでくれ」


 話はそれからだというと「私が通訳です」と友樹(アホ)が見えない眼鏡のツルをくいくいする。心底うざい。取ってこーいと、友樹の缶ジュース(炭酸)を転がして遠ざけているうちに、俺は脳内ピンクな名瀬にわかりやすく説明するため小指を立てる。


「さっき指切りしたろ?」

「したね」

「あれにちょっと、俺はドキッとしたわけだ」

「えっ」


 名瀬が口を両手で隠す。

 どうしようと瞳をキョロキョロ動かして、くるくると髪を巻くように弄る。


「そんな……困るよ、急に。しずくちゃんにも悪いし」

「告白したわけじゃないぞ?」

「わかってるけど、……なんか照れるよね?」


 えへへっ、と照れ笑いされると言った俺は余計照れてしまう。

 わかりやすさを求めたせいで、配慮が足りてない例えだったかもしれない。んんっ、と喉を鳴らして込み上げてくる動揺を喉元で散らす。


「まぁ、なんだ。好き嫌いはともかく、不意に触れたりすれば意識はするもんだろ?」

「それがしずくちゃんにはないの?」

「……ない、わけじゃーない、けど」


 ぐでん、と首を後ろに倒す。

 思い出すのは男のパンツを洗っても平然としている雫後輩。男が女子のパンツを洗うのとは訳が違うのは百も承知だが、かといって欠片も意識しないもんかな? と大いに悩む。というか、現在進行系で悩んでいる。


 勝手な話だし、だからなんだという話でもある。

 俺自身、大した話とは思っていないが、喉に小骨が刺さったような、消えない違和感が残っていた。


「もう少しなんかこう……あってもいいじゃないかって」

「わからないでもないなー」


 友樹が同意を示してくる。

 どうしてか、その顔はびしょ濡れでしたたっていたが、こいつの奇行はいつものことなので気にならない。


「女の子に『綺麗だね』とか『ちょーかわいい』って褒めてるのに、笑顔で躱されると悲しくなるもんだ」

「お前のナンパな言動と一緒にするな」

「私は嬉しいよ?」

「かわいい!」


 いぇーい! とVサインを作って見事に弄んでいる。

 絶対、躱してるだろ、これ。

 可哀想な奴を横目に見ていると、名瀬が「うん、でもわかったかも」と指先で頬をなぞる。腰を浮かして、なぜか俺の前でちょこんっと座り直した。


 なに? と、目で問うと俺の手に取る。

 そのまま、両手で包み込んできて、その行動と柔らかさに心臓の音が鼓膜を叩いた。


「こうして手を取って、握って。それでも、私が意識をしてないって言ったら、りなみくんは気にする?」

「気にし、ない……かも?」


 大部分の意識を淑やかな彼女の手に持っていかれながら、どうにか質問に対する答えを絞り出す。

 名瀬は「だよね」とはにかむ。


「でも、りなみくんは、しずくちゃんには意識してほしいって今日まで引きずってる。きっと、その違いがきみの心に在り続けるモヤモヤなんだよ」

「違い……」


 それはなんなのか。

 雫後輩と名瀬。

 後輩と同級生という関係性の違いはあれど、どちらも異性ではある。なのに、抱える思いに違いが生じる理由はなんなのか。


 恋?

 思って、しっくりこない。自分のことばかりでそうしたものとは無縁だけど、それくらいわかりやすければ俺でも気づける……はずだ。たぶん、きっと。そこまで鈍くない。


 なら、この差はなんなのか。

 触れた感触から必死に答えに辿り着こうとしていると、「あ、あのね?」と名瀬が困ったような声を出した。見ると、彼女は微かに頬を赤らめてぎこちなく笑って、繋いだ手を持ち上げた。


「そろそろ離してほしいなーって」

「離してって、名瀬から掴んで……ごめん」


 現状を見て謝る。

 知らない間に名瀬の手を握っていたのは俺の方からだった。考えている間に、手を握り返してしまっていたらしい。


 慌てて手を離す。

 と、名瀬が繋いでいた手を見たあと、上目遣いになりながら「あはは」と困ったように笑った。


「うん、まぁ……そういうこと、かな?」

「あ、あぁうん。ありがと」


 なんだか気まずくなって、揃って目を逸らす。

 突然、バシッと背中を叩かれた。思いのほか痛くて振り向くと、叩いた友樹がしかめっ面で睨んできていた。


「なんだよ」

「全校男子からの八つ当たりだよ浮気野郎っ!」

「覚えがない」


 ので、八つ当たりの分、慰謝料として友樹のカツサンドを奪う。

「俺のカツ子ちゃん!」と泣いている友樹を他所にカツサンドを齧りながら思う。

 異性との不用意な接触はよくないな、と。


  ◆◆◆


 そんなこんなでバイトの時間。

 気づけばいつもとなっていた雫後輩との出勤に、店長が茶化さなくなっていたのはいつからだったろうか。


 慣れって怖い。そう思う。

 表日の今日は入荷があった上、月曜日だ。来店するお客の相手をしつつ、花に水をあげたり、枯れた花を取り除いたりとやることは多い。


 俺たちバイトが来ると店長は配達に行き、代わりに店番を任される。


「そろそろお金の管理も任せたいなー」


 と、呟いて出ていったのは、前フリかなんかなのか。

 面倒だなと思う反面、いずれは店を構えたいのだから経験はしておくべきかもしれないとも思う。失敗する気はないが、大人が責任を負ってくれている間に挑戦するべきだ。


「お金かぁ」


 華やかな店内とは裏腹な店舗経営に現実を見ていると、メダカの餌やりをしていた雫後輩がてこてこレジカウンター内に戻ってくる。最初はまっさらでシワ1つなかったエプロンも時間をかけてこなれてきていた。


 俺もそうだけど、そろそろ雫後輩にも新しい仕事をさせないとか。今度、店長に相談しようと考えていると、雫後輩が「華先輩」と呼んでくる。


「今日の夕飯はわたしが作りに行ってもいい?」


 上目で窺うような誘いに、内心ため息を零す。

 警戒心……と、胸のモヤモヤが大きくなった気がした。


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