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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第8章

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第1話 土曜日の資格勉強中にかわいらしい青春が訪ねてくる

「資格の勉強なんてしてたんだね」


 バイトが終わって店を出た途端、雫後輩にそんな質問をされた。

 まるで待っていたかのようで、参考書を見たときから気になっていたのかもしれない。それなら仕事中でも訊けばよかったのにと思うが、公私をわけているのだろうか。


 いやでも普通に話してたしなぁ。


 なんでだろうと思いつつ、せっかくの帰り道の話題なので乗っかることにする。


「いずれは……とは考えてるから、口だけにならないように準備くらいはな」

「花屋の開店準備だよね」


 穴埋めをするように言われて、「……そうだけど」と渋い声が出る。

 将来の展望を語るのは気恥ずかしいので避けたのに、そんな俺の気持ちを顧みてくれない。いいけどさ、雫後輩は知っているから。いいけども……と、それでも引っかかるのは感情の問題だろう。首筋がむずむずする。


 首の裏をかきながら、言い訳のように口が動く。


「あくまで資格の勉強だから」

「そのフラワーデザイン? の資格を取ればお店を開けるの?」

「いや関係ない」


 バッサリ否定すると、目を丸くして「ん?」と考えるように雫後輩は眉根を寄せる。


「関係ないんだ」

「なくても開店はできるけど、技術として持っていた方がいいって話」

「んー」


 歩きながら、雫後輩がすっかり暗くなった空を仰いだ。


「それは車の運転に免許はいらないけど、取得する……みたいな?」

「いや、いるだろ免許。捕まるぞ」

「なら、カフェを開くのに調理師免許は必要ないけど、あった方がなにかとお得ということ?」

「近くなった……けどなにその例え」

「イメージしやすいから」


 しやすいか、その例え。

 聞いてるだけで、逆に混乱するんだが。


「じゃあ、これからフラワーなんとかの資格を取るために勉強だね」

「資格の情報量が下がった……」


 あんまり興味ないのか、こいつ。


「まぁ、資格自体は持ってるんだけどな」

「……?」


 暗がりでもわかるくらい、雫後輩の顔が“わからない”とぽけーっとしだす。

 わかってないなというのが見てわかる。所謂『わかった!(わかってない)』状態。この説明だけだとそうなるとは思ってたけど。


「3級持ってて、今度取りたいのは2級なんだ」

「あ、そういう」


 ようやく納得がいったらしく、雫後輩の頭上で理解の電球が点いた。


「大変なんだ、花屋を開くのも」

「お店を開くってそういうことだろ」


 花屋であれカフェであれ、自分のお店を持つというのが簡単なわけはない。生活の保証もなく、1年経たずに潰れる店もあると耳にする。


「それでもやるんだ」

「好きだからな」


 結局、行き着く先は感情なんだろう。

 好きだからやる。

 嫌いだからやらない。

 ただ、それだけ。そこに言い訳のような理由が乗っかっていって、本質を見失うこともあるけれど、労苦を乗り越える原動力はいつだって感情だ。


「そっか」


 雫後輩が横断歩道の前で立ち止まって、くるりと振り返る。


「なら、わたしも応援しないと」

「……なんで?」


 思わず訊いてしまった問いかけ。

 すぐに口にしたことを後悔したけど、彼女は微笑むだけでなにも答えはしなかった。


 よかったような、もぞもぞするような。

 複雑な心境というやつだった。


「ひとまず今夜はわたしが夕飯を作るよ。精をつけないとね、精を!」

「年頃の女の子が精精せいせいって言うもんじゃありませんよ」

「なんで?」


 きょとんと、無垢な瞳で『なんで?』返し。

 本当にわかってないのか? それともからかってる?

 女心なんてわからない俺には、雫後輩の心なんて読めない。だから、彼女を真似して意味深に笑うだけに留めて、肩をすくめて青になった信号を渡る。


  ◆◆◆


 学業に勤しんで、バイトをして、家でも資格の勉強。


「癒やしがねー」


 広げた参考書とノートの上で撃沈する。

 せっかくの土曜日。しかし、今日は午後からバイトがある。はたしてこの状況を休みと言っていいのだろうか。スマホが鳴る。見ると、友樹からで『カラオケちゅー♪ 里波もどうですかー?』と、クラスの男女数人で騒いでいる写真が送られてくる。


「……死ね」


 自身との明暗に思わず本音がこぼれる。

 さすがに送りはせず、『午後からバイト』と打って、ドクロのスタンプと一緒に送り返した。見れば、スマホの時刻はまだ朝の9時過ぎだった。休みとはいえ朝っぱらなにしてんだ。


「あー……だるい。ちょっと休憩」


 背中から倒れる。

 丸い電灯と白い天井を見上げる。


 高校生らしさとはなんなのか。遊ぶことか、勉強することか。将来のためとはいえ、10代の青春を浪費しているような感覚があって、時折こうして立ち止まって考えてしまう。

 人生に正しさなんてないのはわかっている。


 それでも、あっちの方がよかった、こっちがよかったと考えるのをやめられない。


「とりあえず、今度会ったらしばこう」


 腹立つ友人の笑顔を想像で殴ると、呼び鈴が鳴った。

 この時間帯。誰か、なんて考えない。億劫になりながらも体を起こして、玄関を開ける。そこには当たり前のように雫後輩が立っていて、「おはよう」と笑顔で挨拶してきた。


「おはよう……って、なんで鞄?」

「あぁ、これ?」


 雫後輩が掲げたのは学生鞄。

 また朝食でも作りに来たのかと思ったが、違う雰囲気を感じる。


 だぼっとした灰色のパーカーに学生鞄は不釣り合いに見える。裾の先から白い太ももが覗いていて、『下にちゃんと履いてるよな?』と期待と心配でそわそわするような、ラフな格好だった。


 揺れるパーカーの裾に誘われていると、雫後輩が屈託なく笑う。


「一緒に勉強しようと思って」


 おうちで勉強会。これも1つの青春だろうか。


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