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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第5章

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第3話 夢を手伝うのが、わたしの幸せの形

「うーん」


 悩むように唸って、雫後輩が苦笑いを浮かべる。


「華先輩の夢を応援したいからー、じゃだめ?」

「だめ」

「バッサリだ」


 当然だろう。


「もともとそれが嘘だなんて思ってないから。でも、それだけであれやそれやしないだろ」


 お金を渡そうとしたり。

 ご飯を作ろうとしたり。


「応援って軽く言うには度が過ぎてる」


 これに尽きた。


「素直に貰うには、申し訳無さが先に立つ」

「そのまま受け取ってもらっていいんだけど」

「あと普通に重い」


 言ったら、これには少々ショックを受けたようで、「……重い」と呟いて雫後輩の肩が下がった。

 その清楚な顔で悲しんでいるのを見ると『いいよ』と慰めたくなるが、このまま放置していい問題ではない。周囲から彼氏彼女と思われていても、実際には異なるのだから。


 それに恋人であってもお金を貢がれたくはなかった。

 ヒモにはなりたくない、本当に。


 しばらく困った素振りを見せていた雫後輩が、歩道と道路を隔てる柵に座る。ぷらぷらと足を揺らして、子どものようだ。後ろを車が通ると『倒れるなよ?』とはらはらしてしまう。


「……上手く説明できる気はしないんだ。でも、そうだよね。急にお金だお世話だって言われても困っちゃうよね」


 ごめんね? と、苦笑しながら謝ってくる。

 雫後輩は空を仰ぐ。

 こんなときなのに、上を向いて伸びた首筋が白くて綺麗だな、と思ってしまう俺は不謹慎なのだろうか。それとも、それだけ彼女が人を惹きつけてやまないのか。


 どこ見てるんだと、自分の行動が恥ずかしくなって目を伏せる。


「まぁ、困るな」

「だよね」


 でも、と雫後輩は言葉を繋げる。


「手伝わせてほしいな。それがわたしにとっての()()()()だから」


 花屋の夢を語ったときに、そんな話をした。

 俺にとっての幸せの形。

 それは花屋で、雫後輩にとっては俺の夢を手伝うこと……になるらしい。どうしてそうなるのかわからないが、皮肉や冗談で言っているわけじゃないのは、見ていればわかる。


 そも、冗談でお金を渡そうとしたりしない。


「自分のため?」

「そう。もちろん、君の夢を手伝いたいっていうのも本心だけどね? でも、出発点はわたし。申し訳ないけど」

「謝ることじゃないだろ」


 自分を優先するのは人として当然だ。

 むしろ、自分よりも他人を優先なんて人間を俺は知らないし、そんな怪しい奴を信用できないとすら思う。表向き他人を優先しているように見えても、なにかしら自分の得は存在するはずだ。


 褒められたくないとか、叱られたくないとか、そんな感情が。


「なら、いいか」


 喉にあった違和感がすっと消えたような感覚だった。

 俺のためではなく、自分のためというのなら、まだ納得はできるから。それが俺の迷惑になるならともかく、手伝いというのならとめる理由もない。


 これが雫後輩じゃない別の人なら、また違った答えになるんだろうけど、


「……いいの?」

「いいよ、雫後輩なら」


 彼女ならいいかな、ってそう思える。

 その許容する感情の出所がどこなのか、考えてみてもわからないが好意的なものからきているのだけはわかる。


 アパートで、学校で、バイト先で。

 毎日顔を合わせて話しているから、親近感が湧いているのかもしれない。確か、こういうのを単純接触効果というんだったか。雫後輩と出会ってからこれまで、1番接している人は彼女だった。


 さもありなん。

 あ、でもそれが理由なら逆も……と頭が熱く痛くなりそうなことを考えそうになったところで、雫後輩が柵からたっと歩道に降り立つ。


「ありがとう、華先輩」

「あぁ……って、お礼を言うのはおかしいだろ」


 手伝ってもらうのは俺なんだが。


「ううん、おかしくないよ」


 首を左右に振って、雫後輩はへにゃっとそれは嬉しそうに頬を緩めた。

 気の抜けた、そんな言葉がよく似合う笑顔だったが、無警戒なその表情が信頼の証のような気がしてちょっと嬉しくなる。嬉しくなって、なんだ信頼の証ってとあとから羞恥が襲ってきた。


「華先輩、顔赤いよ」

「夕焼けだな」


 陽なんてとっくに暮れているのに、雑な言い訳だった。

 でも、雫後輩は「そう、夕焼けなんだー」とわかりやすく惚けて見逃してくれる。いつもならからかってきそうなものだけど、手伝っていいと許可したからかもしれない。


「じゃあ、改めてお金を――」

「それはぜったい受け取らないから」


 すっと財布を出そうとする素振りを見せた雫後輩を嗜める。

 雫後輩は笑って「冗談」と両手を広げるが、本当かは疑わしい。今日の朝、すでに前科があるからな、この子は。


 手伝うっていうけど、なにするんだか。

 俺はまだ高校生。花屋の開店なんて言葉の上だけでまだ先だ。花屋のバイトで経験や資金を得たりしてはいるが、雫後輩が手伝えることなんてあるのかなーとさらっと考えてみても思いつかない。


「とりあえず、今日の夕飯は任せて」

「いいけど……支払いはキッチリするからな?」

「えー」


 なにが不満なんだ、なにが。

 わかりやすく唇を尖らせる雫後輩と再び夜道を歩き始める。スーパーへの分かれ道。そのまま別れるなんてせず、今日は荷物持ちと財布としてついていくことにした。


  ◆◆◆


 雫後輩の奇行は鳴りを潜めた。

 俺のヒモ疑惑はまだ色濃く残っているが、どんな噂も75日。それを信じて耐え忍ぶつもりだ……ったのだが、


「というわけで、しずくちゃんとの馴れ初め――聞かせてくれるかな?」


 今日のお昼はなににしようかなーと思っていたら、クラスの女子に捕まってしまった。

 聞かせるって約束した覚えはないんだが。


 一方的な口約束。

 でも、爛々と輝く瞳から逃れる術はなく、諦めが口からこぼれた。


 

  ◆第5章_fin◆

  __To be continued.


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