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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第5章

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第1話 玄関を開けるとお金を渡そうとしてくるお隣さん

 玄関を開けて女性がお金の入った封筒を渡してくるのを傍から見たとき、人はなんて思うのだろうか。


 ヒモ男?

 貢がれている?

 それとも、詐欺?


「はい、どうぞ」

「……月曜の朝からなにしてんだ」

「なにって、お金を渡そうと思って」


 思って……じゃないだろ、それは。

 ニコニコと笑って、当たり前のように受け取ってもらえると思っていそうな雫後輩を俺はどうすればいいのか。起きたばかりで回らない頭は錆びついた機械のように鈍く、答えを出してはくれない。


 いっそ眠気に従って瞼を閉じるか。

 それで現実とさようならできればいいのだが、きっとこの清楚な微笑みでなんの疑いもなくお金を差し出してくる雫後輩は、いま拒絶したところで次に会ったときに同じことを繰り返すんだろう。


 事情を訊いた上で、断るしかないか。

 面倒だ、とガシガシ頭をかく。起き抜けの人の頭をこれ以上重くしないでほしい。


「で、どうしてお金を渡そうと思ったんだ? 一昨日の植物園でお金なんて貸してないぞ」


 そもそもそんなやり取りがあったとしても先輩後輩。

 奢るくらいの甲斐性はある。曲りなりにもデートではあったし。


「デートとは関係ないよ」

「……、ならなんで」


 他人に言われると頬が微かに熱くなった。

 それを誤魔化すつもりで頬に手を当てる。こういうことを臆面もなく言わないでほしい。


 俺の心情なんて構わず、雫後輩は数枚の1万円札が頭を出している封筒をずいっと差し出してくる。


「お花屋を開くにはお金がいるよね?」

「いるけど」


 そのためにバイトをして、貯金もしている。

 言っていることに間違いはないけど、


「雫後輩からもらう理由がない」


 これに尽きる。

 花屋を開くのは俺の夢で、彼女とは関係がないものだ。ついその場の勢いで語って聞かせはしたが、だからといって彼女から支援を受ける理由はなかった。


「あるよ、手伝うって言ったでしょ?」

「……冗談じゃなかったのか」

「本気だよ」


 眩い琥珀の瞳に嘘の色はなく、そもそも現金を渡そうとしてきている時点で冗談じゃないのはわかってる。


 植物園の喫茶店で俺の夢を手伝わせて、なんて言っていたのは忘れていない。たかだか2日で忘れるほど記憶力に難はなかった。鶏ではないので。

 かといって、それを本気で受け止めてはいなかった。話していたときは熱に当てられて手伝いたいなんて口にしたかもしれないが、時間が経てば冷めるもの。酒は飲んでないけど、食事の席で交わした約束とも言えない言葉を本気にするほど子どもじゃないんだ。


 もしその気が雫後輩にあったとしても、一緒に花について勉強するとか、バイトの日を替わってくれるとか、その程度だろうと思っていた。

 それがいざ蓋を開けてみればまず現金って……現実的にもほどがある。というか、俺がその差し出された渋沢さんを素直に受け取ると思っているのか、この子は。

 どう思われてるのか心配になるぞ、マジで。


「ともかく、受け取れない」


 NOを突きつける。

 心遣いはありがたいので「応援してくれる気持ちは嬉しい」という言葉は添える。でも、それが精一杯の譲歩だった。

 ……譲歩ってなんだ。

 どうしてお金を貰う立場の俺が譲ってるんだ、意味がわからん。


「そっか」

「そう」


 納得してくれたのか、封筒から飛び出したお札を雫後輩は仕舞う。

 憂鬱な月曜日だってのに、朝から余計に疲れた。学校行きたくないなーとサボりたい心が芽を出していると、雫後輩が「なら」と追加の要求をしてくる。


「朝ご飯作るよ、それくらいならいいよね?」


 正直、抵抗はあった。

 前にも作ってもらったが、かといってそれが当たり前というのは避けたい。でも、無理難題だったとはいえ、雫後輩の要求を断ったばかりだ。何度も断るのは心苦しくなる。


 お金を貰うよりはマシ……だよな?

 なんだか上手く誘導されているような気もするが、「まぁ、いいけど」と不承不承頷く。途端、パッと輝く顔を見ると断わらなくてよかったなとも思う。


「それじゃあ、食材取ってくるから」


 流れ星の尾のように、長い黒髪がなびく。

 微かなフローラルな香りが鼻腔をくすぐった。


「……手伝う話は、これで終わり、だよな?」


 音を立てて閉じる隣室のドアを見ながら、誰もいない廊下で呟いた。

 もちろん、答えなんて返ってこない。

 でも、余計なことを言ったとちょっと悔やむ。


 なんかフラグっぽいから。


  ◆◆◆


 予感というのは、勘だ。

 けど、これまでの経験から脳が判断した“警告”でもあるらしい。

 誰が言ったかは知らない。情報源も定かじゃない、バラエティ番組だったかも。


「華先輩、一緒にお昼にしよう。奢るから」


 でも、身を持って実感すると、『確かにそうだった』と説得力もひとしおだった。


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