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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第4章

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第3話 将来の夢はお花屋さん

 驚いたように、雫後輩の目が丸くなる。

 そのあとにすぐに「あ……」と零して、申し訳無さそうに目を伏せた。


「ごめん、華先輩って呼び方」

「あー、違う違う」


 手を振って否定する。

 話の順番を間違えたか。そう取られても仕方なかったかもしれない。


「だった、な。過去形。いまは……まぁ、そうでもない」

「好きじゃない?」

「……嫌いじゃない」


 そういうと、俺の微妙な気持ちが伝わったのか「素直じゃないよね、華先輩」と苦笑される。やや気恥ずかしいが、それでも心苦しそうにされるよりはマシだった。


「男は素直に好きって言えないもんなの」

「性別のせいにするのはずるいんじゃない?」


 俺も思うが、逃げ道の1つとして使ったっていいじゃないか。

 誤魔化すつもりでローズカクテルをあおったら、薔薇の香りと酸味が鼻を一気に抜けてむせる。なにしてるの、と雫後輩が笑いつつハンカチを差し出してくるけど、手で大丈夫と伝える。


 慣れない飲み物をあおるのはよくない。


「ともかく、嫌いだったんだよ。いまでも華ちゃんとか言ってからかってくる奴はムカつくけど」


 だから、あんまり下の名前を知られないようにしている。反応は無関心か、ちゃかすかの2択なので、わざわざからかわれる覚悟で教える必要もない。


「俺自身、あんまり覚えてないけど、幼稚園のときに女の名前みたいーってからかってきた奴がいたらしくて、そりゃぁもう拗ねたわけだ。こんな名前嫌だったてな」


 当時の記憶は薄いが、それでも恥ずかしさや苛立ちといった感情は刷り込まれている。いまでも似たようなからかわれ方をするのが嫌なんだから、園児なんて感情の我慢も知らない子どもが抑えられるはずもない。


「んで、しばらく幼稚園行かないって拗ねてたら、母親が近所の花屋に連れてってくれたんだよ。母親の友達らしくって、花の話とかいろいろ? してくれたらしい?」

「なんで疑問形?」

「生後4、5歳の記憶がハッキリ残ってるかよ」


 からかわれて嫌だったという気持ちだけはやけに思い出せるが、実際どんなことがあったなんて記憶の彼方だ。人間、嫌なことほど覚えているというが、あながち間違えではないのだろう。

 けど、同時に嬉しかったことも、確かに思いとして残っている。


「ただ、なんとなく居心地がよかったのは覚えてて、だから俺も……」

「俺も?」


 繰り返され、上唇を噛む。

 余計なことを言った。言いかけた。


 やたら強い視線に手で遮りつつ、さっささと結論に入ることにした。この過去バナは思い出に引っ張られて余計なことを口にしかねない。実はその花屋のお姉さんが初恋でしたとか知られたらそれこそ土に還るしかなくなる。


「そんなわけで花に対する印象が変わってそこまで嫌いじゃなくなりましたーっていうお話でしたはい終了閉幕さー時間も押してるしもう少し園内回ろうかー」

「それで、俺もなに?」

「……園内を回ろうかー?」

「お、れ、も?」

「君、しつこいって言われない?」

「言われた、いま」


 琥珀の瞳がやたら光って見えるのは、好奇心なのかなんなのか。

 ただ、人をからかいはするけど、バカにする意図がないのは理解している。じゃなかったら、大した話じゃないとはいえ、名前にまつわる過去話なんてしない。


 かといって、正直に話すかは別問題で。

 唇をむにむにさせていると、雫後輩が僅かに顔を伏せて、目元に影がかかる。


「言いたくないなら、無理しては訊かないよ」

「……それはそれで卑怯なんだが」


 押して引かれるのには弱い。

 特に雫後輩は入学して早々噂になるくらいに顔がいい。影の差した表情はやけに物悲しく見えて、庇護欲にも似た感情がかき立てられる。総じて卑怯という評価になる。


 はぁっと吐息を零す。

 別に本気で隠したいわけじゃない。


「花屋を開きたいんだよ」

「よかったの? 話して」

「いまさらだろ」

「うん、そうだね、ごめん」


 バツが悪いとばかりにそっと目を逸らして頬をかいている。

 自覚はあるようでなにより。きょとんっとされたら、それはそれで怖いわ。


「でも、そっか、お花屋さんか」

「……お花屋さんっていうのは、なんかかわいすぎるんだけど」

「かわいいものでしょ?」

「そうだけど」


 そのかわいいものを俺が目指しているというのが問題なんだが。

 それを口にすると余計に恥ずかしい思いをしそうなので、心の声はそのまま腹の底にでも閉まっておく。


「それで花屋でバイトしてるんだ」

「いまのうちにどんな仕事か知っておくべきだし、いるだろう、お金」


 開店資金とか、簡単に調べているがわりと笑えない金額だ。到底、学生のバイトで貯められるものじゃないが、やらないよりはマシでもある。


「俺にとって癒やしの空間というか、幸せの形というか、感覚的なものだけど俺の中で花屋にはそういうものがあるんだよ。別に絶対花屋じゃなきゃダメってわけじゃないけど……いまは、うん、頑張るつもりだ」


 頷いて、なんだか体の表面がじりじりと熱くなる。

 恥ずかしいこととは思ってないけど、人に将来の夢を語るというのはどうにも照れる。本気だったら照れることないじゃん、と言われるかもしれないが、本気だからこそ羞恥もひとしおというものだ。


 体の熱を冷まそうとローズカクテルをあおるという失敗を繰り返して、またむせる。

 と、雫後輩が「……幸せ」と囁くような声量で呟いた。


「けほっ、……どうかしたか?」

「……うん、そっか。それなのかも」

「なにがだよ」

「華先輩」


 抽象的すぎるひとりごとを訝しんでいると、雫後輩がパッと顔を上げた。その表情はどこか晴れやかで、これまで見たきた中で1番澄んだ笑顔だった。

 憂いがなくなった、そんな顔。



「――わたしにもその夢を手伝わせて」



 まさか、それ以上に脅かされるなんて思っているわけもなく、驚愕の2連続に「……はぁ」と気の抜けた返事しかできなかった。



  ◆第4章_fin◆

  __To be continued.


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