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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第4章

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第2話 華という名前が嫌いだった

「ローズアーチ、好きなんだよ」


 赤い薔薇で飾られているアーチ状の入口。

 薔薇園の玄関ではどこでも似たようなものが見られるが、いつ見ても心を惹き寄せるものがある。


「それは、なんで?」

「不思議な世界への入口」


 端的な説明だったけど、言わんとすることは伝わっているらしい。


「意外と乙女チックだ。童話好き?」

「……嗜む程度に」


 薔薇のアーチをくぐるとワンダーランドに繋がっている――なんてことはないが、それでも似た高揚感はある。残念ながら俺は男で、アリスではないけれど、知らない世界に憧れる感覚は男女共通だと思っている。


「白い薔薇を赤に塗り替えないでね」

「青にするかー」


 不可能の象徴。でも、今は存在する奇跡の薔薇。


 諦めなければ夢は叶うのか。

 そんなとりとめもないことをぼんやり考えながら、ローズアーチを歩いていく。


 長い薔薇のトンネルが続く。

 木漏れ日が差し込んでいるのが綺麗で、長く見ようと自然と歩幅が狭くなる。


「薔薇は好き?」

「うーん、どうかな」


 雫後輩が少し屈んで、薔薇を眺める。


「綺麗だとは思うけど、好きかって訊かれるとわからない。薔薇もだけど、わたしにとって植物は綺麗とかじゃないんだよね」

「なに?」

「食料」


 薔薇に手を伸ばしたので、慌ててぺしってはたき落とす。


「食べない、……よな?」

「食べないよ」


 くすくす笑われる。

 この子の場合、どこまでからかいなのか冗談なのかわからないんだよなぁ。今のも、とめなければ花びらの1枚くらい食べそうだったし。


 疑っていると、立ち直した雫後輩が肩をすくめる。


「おばあちゃんの家庭菜園を手伝ってて、育てる植物って基本食べ物だったから」

「へー、なる…………ほど?」


 だからって薔薇を食べるってなるか?

 なにが“から”なのか。理由になってない。


「ローズヒップは食べるでしょ?」

「あれは普通、生で食べないからな?」


 紅茶とか、ジャムとか、普通なにかしら加工する。

 あれ? でも、食用にはなるのか。そうなると、あながち雫後輩の言っていることも間違ってないのかもしれない。人間、なんでも食べるからな。きのこにしろ魚にしろ、最初に食べようと思った人は偉大だが、変人だと思う。


 それなら、薔薇を食べるくらい普通……?


「おい、俺の価値観が揺らいでるんだが?」

「わたしの価値観に染めてあげよう」

「俺が色を変えられるのかよ」

「白から赤に、ね?」


 ペンキを塗るように髪をそっと撫でられる。

 無邪気な触れ合いに体が固まる。向こうは照れた様子もなく、意識なんて欠片もしてないのに、こっちばかり意識しているのが無性に恥ずかしいし、憎たらしかった。


 だからって、意識してほしいわけじゃないんだけど。

 答えの出ないモヤモヤが、湯気のように胸を包んでいると、「華せんぱーい」とローズアーチの出口で雫後輩が大手を振っている。


「置いてくねー」

「そこは『早くしないと置いてっちゃうよ?』だろ」


 確定で放置するな。

 どこまでも当たり前から外してくる後輩だ。


  ◆◆◆


 植物園内をぐるっと回ったあと、昼の時間を知らせたのはお腹の音だった。

 パンフレットで園内に喫茶店があるのを知って、そこで昼食を取ることにした。店員さんに注文を済ませて、先に届いた飲み物を口にしながら、園内の感想を語り合う。


「薔薇、よかったなー。時期だけあって映える」

「綺麗だったね」

「そうなんだよ。ローズアーチのつる薔薇もだけど、かなり種類が多かった。モダンローズだけでも、ハイブリットティーとかフロリバンダとかいろんなのがあったし、それに庭園がなー、いいんだよなぁ」

「洋館の庭って、あんな感じなのかな?」

「そう。ここのは噴水を中心にしたフランス式庭園で、規模は小さかったけど全体で芸術品っていうか、空間丸ごと創られているっていうか。うちは実家もマンションだからガーデニングはできないけど、いつかはやってみたいなぁ」

「華先輩」

「なに?」

「饒舌だね、今日は」

「んぐっ」


 笑顔で指摘されて、溜まっていた唾を呑み込む。

 語り合うというには、一方的に話していただけだったらしい。物珍しくて頼んだローズカクテル(ノンアルコール)で動揺を抑えるが、雫後輩の子どもを見守るような微笑みが心拍数を上げる。


 顔が熱いが、どうにか仕切り直そう。


「あぁ、うんまぁ、それだけ凄かったから」

「詳しいよね、花のこと」


 咳き込みそうになったが、くるかもと思っていたからどうにか堪えられた。唾を飛ばさないように、ついでに感情を悟らせないように手で口を隠す。

「は、花屋で働いてれば、こんなものだろ?」とどうにか納得できる理由を動揺の中から絞り出す。実際、間違ってはいない。薔薇に種類があるのとかは、花屋でアルバイトをするようになってから知った。


 だから、嘘ではないのだけど、雫後輩は納得してくれない。それもあるけど、と俺の理由を肯定しつつも、まだあるでしょ? とばかりに笑顔で追求してくる。


「楽しそうだなーって。好きなことを話してる、そんな雰囲気だった」

「……嫌いじゃないけど」

「ガーデニング、したいんだよね?」


 トドメの一言に顔を覆った。

 好きじゃないとやりたいなんて言わないよな、ガーデニングは。


 花を植える穴ではなく、自分の墓穴ぼけつを掘っていたらしい。あまりにも恥ずかしい。


「穴があったら埋まりたい」

「芽が出て花が咲くまで何日かかる?」

「……10年」

「土の中で枯れてるよ、それ」


 もはや朽ちたい。

 雫後輩がグラスを回す。赤いカクテルと一緒に氷が回り、涼しげな音が凛と響く。


「別にいいと思うよ? 花が好きで。うん、とっても素敵」

「……それもあるけど」


 男が花なんて、とからかわれたこともある。

 華なんて名前もあるから余計に。


 けど、今、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい原因は別だ。


「オタク語りというか、無意識にべらべら喋ってたのが嫌なんだよ。一方的に好きなこと話すとか、鬱陶しいだろ?」

「わたしは好きだよ」

「……………………、あ、そう」


 たった3文字の返答をするのに、随分と体力のいる台詞だった。

 脈絡がないわけじゃないし、話の流れがあるから誤解はしないが、その端的すぎる言葉はわかっていても動揺を誘う。あれだ、んぐっとなる、んぐっと。


 ニコニコ笑顔が直視できず、肘を突いて横を向く。恥ずかしがっているのを悟られるのはいまさら諦めたが、動揺の意味を知られるのはどうにかこうにか阻止したい。


 なんともいえず面映ゆく、唇を結んで口を閉ざす。気まずさを伴う空気に押し黙っていると、「好きになった理由はあったの?」と雫後輩が尋ねてくる。

 沈黙に耐えきれなくなったのかと思ったけど、正面を向いて見た彼女の表情は優しげな微笑みだった。


 なんだか頭を撫でられてる気分で、ますます意固地になりたくなるけど、それこそ先輩としてどうなんだと思う。ため息をきつつ、素直に話すことにする。


「別に大した理由じゃないけど」


 前置きする。

 実際、大した話じゃない。


「俺、華って名前、嫌いだったんだよね」


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