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-【事実彼女】- 隣に越してきた1番人気の新入生はただの“後輩”なのに、なぜか俺の『彼女』だと勘違いされている。  作者: ななよ廻る
第4章

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第1話 昔は電車に乗るだけで冒険だった

 電車に誰かと一緒に乗るのは久々だった。

 そもそも、ひとり暮らしをするようになってから、遠出をする機会はめっきり減った。最後に乗ったのがいつだったか思い出せないくらいには。


 もしかしたら、引っ越ししてから乗ってないかもしれない。


 交通系アプリの残高を確認する。まだ千円以上残っていることに小さな幸せを見つける。

 自分でチャージしたのだろうけど、忘れてたお金を不意に見つけると、得した気分になるだろう。


 ちょっと気分がよくなって、そのまま改札を抜けようとしたのだけど、いつの間にか一緒にいた雫後輩がいなくなっていた。探して、すぐ見つける。

 券売機の前に立っていた。


「チャージか?」


 零すと、てくてく戻ってくる。


「ごめん、待たせた」

「それはいいけど」


 彼女が指に挟んでいるのが気になる。


「切符?」

「そうだけど?」


 お互いに首を傾げることになった。

 認識がズレているというか、相手がなにを疑問に思っているのか俺も雫後輩もわかっていなさそうだ。


「や、切符って珍しいと思って」


 スマホを目の高さまで持ち上げると、納得したように「あぁ」と腑に落ちた声を出した。


「前、住んでたところは電車に乗る機会が少なかったんだ。ずっと切符で、こっちに来てからもそのまま」


 変かな? と、少し困ったように笑うので、俺は入れ替わるように券売機に向かう。そのまま切符を買って……買おうとして、へにゅっと眉尻を下げて助けを乞う。


「ごめん、金額どれ?」

「……あはっ」


 耐えきれないとばかりに、口に手を当てて笑われた。


 頬が熱い。

 気にする必要ないと行動で示すつもりが、己の無知を晒すだけになってしまった。とても恥ずかしい。でも、普段ICを使っていると切符を買わないから、どれかなんてわからない。


「ふふっ、うん、かわいいね?」

「羞恥で溶けるぞ」

「持ち歩くバケツがいるかな」


 液体のまま持ち歩かれそうだ。

 両手でバケツを持ち上げる仕草をされて、渋面を作る。完全にからかわれていた。


 その後、どうにか切符の買い方を教わってホームで電車を待つ。土曜日の朝だ。人はまばらで、静かだった。いるけど、休みにしてはいないなぁという。

 ゴールデンウィークが明けたばかりだから、遠出をしようとする人が少ないのかもしれない。


 5月にしては強い日差しに照らされながら待っていると、電車がホームに停まる。下りる人はなく、車内も座れる程度には空いていた。端っこに座ると、当たり前だけど隣に雫後輩が腰かける。

 腕が触れ合う距離が少しだけ気になった。


 電車が進み出し、窓の景色が変わり始めると、「いいよね、こういうの」と掴みどころのない感想を呟いた。


「こういうのって、どういうの?」

「こういうの」


 どれだ。

 眉間にシワが寄ったのを感じる。くすっと笑われた。

 よくよくからかわれてるな、俺。


「電車に乗って出かけるのが。あんまり乗らないからかな。どこか遠くに連れてってくれる気がして、なんだか冒険って感じがするんだ」

「わからないでもないけど……ずっと昔だなぁ」


 そう感じていたのは、子どもの頃。

 電車の座面に膝をついて窓の外を眺めていた無邪気な時分だ。それが何歳のときなのかすら忘れてしまったけど、記憶は薄っすらと残っている。


 でも、大人になるにつれてそうした見るものすべてに喜ぶなんて素直さは消えて、今はただ移動手段として電車に乗っている。


「羨ましいなぁ、その感性」


 素直に思う。

 琥珀の瞳がつーっと端に寄って、こっちを見てくる。


「幼稚だって?」

「しずくちゃんは素直でかわいいねー」

「さっきの仕返し? 大人気ないなぁ」


 えいっと肩に頭をぶつけられた。

 肩を上げて跳ね返すと、その勢いのまま雫後輩は立ち上がって座席に膝をついた。


「幼女だから、これくらいは許されるよね?」

「……ま、俺は許してもいいけど」


 大人だろうと窓の外の景色を観たくもなるだろう。


「残念ながら、電車は許してくれないらしい」


 途端、電車が止まってドアが開く。

 目的の駅に到着だ。


 見るからに雫後輩の機嫌が下がる。


「短いよ、冒険」

「2つ隣の駅だもの」


 乗車時間10分もない。

 やる気の削がれた顔で降りてくるのが、なんとも哀愁が漂っている。冗談でもなく、本当に窓の景色を眺めていたかったのか。


 大人な見た目なのに、中身は子どもなのがずるい。


「次はバスだから。降車ボタン押していいから」

「……子ども扱いしてほしいわけじゃないよ?」


 このあと、なんだかんだ言いつつもバスの降車ボタンを押そうとしていた雫後輩だったが、隣の席で本物の幼女がワクワクしながらボタンに指をかけているのを見て、そっと手を膝に置いて大人だなぁと思った。


  ◆◆◆


 バスを下りると、ふと木の香りが鼻を掠める。

 青々と生い茂った木々が屋根のようになって、入場ゲートを陽から隠していた。


 鳥の声に子どもたちの声が混じり、大して家から離れてないのに自然の中に来たなぁと五感で感じさせる。


「チケットある?」


 雫後輩に確認されて、財布を取り出す。


「バイトのエプロンに入れっぱなしだったら笑ってくれ」

「あははー」

「早い」


 さっくり笑われてしまったけど、ちゃんと財布にチケットが入っていた。もちろん2枚。

 それを入場ゲートで渡すと、「いってらっしゃいませ」と笑顔で見送られる。どこぞの夢の国にでも来た気分だ。


「どこか行きたい場所あるか?」


 ついでに貰った園内のパンプレットを雫後輩にも見えるように広げる。

 ユリノキ、芍薬しゃくやく、まだハナミズキも咲いているようだ。大温室もあるし、目移りしてしまう。


「そうだねー」

「……近い」


 無遠慮に頭を近づけてくるので、こっちが引くはめになる。

 木や花とは違う清涼な香りが気にかかる。


 もう少し距離感を覚えてほしいんだけど、と先輩らしく小言の1つでもしようと思ったが、パンフレットから上がった顔が近く近づいてもはや仰け反ってしまう。


「薔薇見たい」

「俺も棘つけようかな」


 パーソナルスペースを守れる棘を。


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