表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/40

第二部 第七章 マルムーク・アサシン

第二部 第七章 マルムーク・アサシン


 戦況が動いたのは翌日だ、敵が城門を開けて打って出て来たのだ。

こちらの攻城魔法攻撃が効いている証だろう、騎兵や歩兵で混戦に持ち込み、対人戦に弱い魔術師達を攻撃するのは、この頃の戦の定石だからだ。

 当然エルベールもサンシュもその防御法は心得ている。

二つの戦線で、ほぼ同時に魔術師達が後退して、騎兵と歩兵が前進する、エルベールも馬を進めて前線に出た、脇街道の門を攻撃しているサンシュの軍の旗印を確認すると、向こうもサンシュが前線に出ている様だ。

「あいつとは良い飲み友達になりそうだな」

と考えながら、エルベールは指示を出す。

「抜剣、前進用意!」

 敵の軽装騎士と歩兵の混成部隊が突撃をしてくるが、この状況は純粋に兵の練度と数の勝負になる。

練度が同程度なら数の多い方が勝つのは自明の理だ。

「何? こちらが押されている?」

「閣下、敵は魔法攻撃を続けています、味方ごと攻撃してきます」

「なんだと?」

 エルベールの常識では味方を巻き込んで魔法攻撃をする様な将は存在しない、フランク王国の時代から騎士道は存在するのだ、誰も味方殺しの汚名を被ってまで勝利を得ようとは思わない、だがこの敵は

常識が通用しないらしい、後方の味方から攻撃されながらも突撃を敢行する部隊など有り得ない。

「全軍、後退、敵と距離を取れ、敵の魔法攻撃の射程外まで引くぞ」

エルベールの判断は早い、訓練されている彼の軍は直ぐに後退をする。

 敵兵はなお突撃をしてくるが、魔法攻撃の危険がなくなると、こちらの騎兵達の敵では無い。


 攻撃を凌いで、戦場には敵兵の死体が溢れているが、こちらも多少の被害は出ている。

「閣下、どうも敵兵の様子がおかしいのです」

「どういう事だ?」

「死を恐れぬ兵と言うのは、ヴァイキング達もそうでしたから解らぬ話では無いのですが、痛みを全く感じていない様なのです、腕を切り落とされても、脚が無くなっても前進して来ます、流石にあれは不気味で……」

「まさか、死霊兵とか言わないだろうな、そんなのは物語の中だけにして欲しいが」

「いえ、流石に首を切れば死にますし、心臓を刺しても死にますから、それは……」

と報告をした将は少しだけ呆れている。

 そこにサンシュがトゥールーズ伯と馬を飛ばしてやってきた。

「エルベール公、今の敵兵の様子に気がつかれましたか?」

「ああ、死を恐れず痛みを感じず、まるで物語の死霊兵の様だ」

「実は、私に心あたりがあります、ウマイヤ帝国と戦った東ローマ帝国のヨハネス・クルクアス将軍の戦記を読んだ事があるのですが、ウマイヤ帝国では『マルムーク』と呼ばれる奴隷だけで編成された軍があり、その中に『アサシン兵』と言う者達が居たそうです、

「おう、それで?」

「このアサシン兵達は特殊な錬金薬を与えられており、死を恐れず、痛みを感じず、指示されれば無謀な突撃でも敢行すると言う兵達だ記されていました」

「なるほど、それは先程の兵達とほぼ同じ様だな、それでその将軍はどうやって対処したんだ?」

「戦わずに逃げろと……薬の効果が切れると、アサシン兵達は屍の様になってしまうとの事で」

「それはまた、大胆な戦法だな……」

「こうなると、我らに取れる戦法は二つか、攻撃を加えて敵が出てきたら後退、そしてまた前進して攻撃、後退を繰り返して敵を徐々に追い詰めるか」

「あるいは、こちらも相当な被害が出るでしょうが、全軍で突撃を敢行して一気に城壁と城門を落とすか」

「辺境侯、流石にそれは……」

「トゥールーズ伯、私だって理解している、こんな無能な将の見本の様な作戦を行ったらエリジウムの父上に顔向けができないからな、だが……」

「そうだな、ここで足止めをされて皇帝陛下に遅れをとるか、無能な将として後世に汚名を残すか、不名誉な二択だな」

 三人が悩んでいる所に、ポーの街を開放したアンリ達の軍が合流する。

「エルベール公、辺境候、浮かない顔をされてどうかしたのですか?」

「父上、お疲れの様でしたら私が指揮を変わりましょうか?」

「馬鹿者、黙っておれ!」

 流石にエルベールは機嫌が悪いが、直ぐに気を取り直して、アンリ達に状況を説明した。

「なるほど、嫌な敵ですね、しかし……」

「そうですね兄……公爵殿」

 三人の若者は顔を見合わせた、そしてアンリが

「その突撃我々にお任せいただけまか? 突破口を開いてご覧にいれます」

「いや、貴公さっきの話を聞いていないのか?」

「大丈夫です、そうだなアミアン伯、ヴェルマンドワ伯」

「はい、父上我らにお任せください」

 エルベールと辺境侯、トゥールーズ伯の三人が顔を見合わせ、トゥールーズ伯が諦めた様に顔を横にふる。将来有望な若者をこんな戦場で使い潰してしまう事への自責の表情だ。

「ポワトゥー公、すまんな頼めるか?」

エルベールも苦渋の決断を下した、アンリだけでは無く自分の息子がこの作戦に参加すると言う事で、少しは気が休まるが、それはまた息子の将来と言う別の苦悩を呼ぶ

「では私が、辺境侯の方を、アミアン伯、ヴェルマンドワ伯はエルベール公とでよろしいですね、二人共合図はいつもと同じだ」

「了解」

 この時エルベール公も辺境候サンシュも、まだ新鋭の魔法騎士団の本当の実力を知らないかった、皇帝ユーグと同じ戦場に立っていたエルベールは皇帝の魔法の威力は十分に知っていたが、自分の息子達が

それと同等の魔法を使えるなど夢にも思っていなかったのだ。そして彼らの麾下の魔法騎士達の魔法力はそれよりほんの少し劣るだけと言う事も知らない。


 アンリは自分を先頭にした五人の楔型の陣形を取る。この陣形では両脇の兵は防御魔法、残りは前方への攻撃魔法と言う事で、敵からの攻撃を受けずにこちらは攻撃をする事ができる。

 この編成で全軍が1500の楔となり、これで密集陣形で敵を攻撃する。

エルベール公の陣から雷鳴が上がると、アンリも同じく雷鳴で返した

「突撃!」

 魔法騎兵達は、速歩で馬を進めて城壁に向かって進んで行く。

「バカな、無防備に馬を進めるなど……」

エルベール公には自分の息子達の部隊が、何の防御もしないで敵の城壁に近づいて行く様に見えた、

だが、敵の炎の魔法攻撃も弩級も、全く効果を挙げていない。

「どう言う事だ、馬上で移動しながら防御魔法を発動しているとでも言うのか、そんな事が可能なのか?」

と驚愕する、エルベール公の幕僚達や魔術師達も

「まさか、そんな話は聞いた事がありません」

と驚きの声をあげる、今までの常識だと防御魔法は、魔術師が精神を集中し、詠唱を行なって発動する物だ、移動する馬上では絶対に不可能だと誰もが思っていたからだ。

 そして、エルベール公は更に驚愕する事になる、魔法騎士達は速度を挙げて、今度は攻撃魔法を放ったのだ、しかもその威力は、一瞬で大門と城壁を消滅させて行く。

「これは一体どういう事だ」

と唖然としていると、先に我に返った辺境侯の軍から、

「全軍突撃」

の号令と鬨の声が響いてくる、エルベール公も少し遅れて

「全軍突撃!」

と指示をして、自らも剣を抜いて城壁を失ったバイヨンヌの街に馬を走らせる。


 バイヨンヌ市街では、イブン・アル=カースィム将軍麾下の将兵達が一方的に蹂躙されていく

自慢の炎の魔術師達は、立ち止まって詠唱をしている間に、魔法騎士達の攻撃魔法で倒され、接近戦になれば逃げる間も与えられずに剣で斬られ無力化されて行く、頼みのマルムーク・アサシン部隊はこの状況化では全く役に立たず……錬金薬のせいで理性を失っている彼らは、眼前の兵を敵味方関係無く襲うからだ……。それでもイブン・アル=カースィム将軍は本営として占拠したバイヨンヌ魔法大聖堂に籠って部下達を叱咤していた、そこに聖堂のドアを破壊して、騎乗のままのアンリとその兵達が雪崩れ込む。

「貴様が敵の将か、随分と薄汚い戦法を使う奴だな、この卑怯者め」

アンリは馬を進めると、逃げようとする将軍の首をあっさりと刎ねた。

それを見た本営の敵の将兵は全員その場で武器を捨てて降伏し、バイヨンヌの戦いは、魔聖ローマ帝国軍の圧勝と言う形で終了した。

「あれ?、兄貴殺しちゃんたんですか?」

 遅れて聖堂に入って来たアミアン伯ウードはアンリに問いかけた、こういう場合は敵の司令官は捕虜にすると言うのが、当時の戦争の定石だからだ。

「あ、つい、味方を殺す様な将軍など許せないと思ってな、まずいかな?」

「まぁ捕られようとしたら抵抗したから切り捨てたって事にしときましょう、皆そうだな」

「はい、その通りです」

とアンリの部下の魔法騎士達が声を揃えた。

 アンリとウード、アルベールの指揮する魔法騎士達はここ数日、一緒に行動してお互いを信頼できる友軍と認めている。軍の編成が同じなので、戦い易いのだ。

 

 教会前の広場には、エルベール公、辺境候サンシュ、トゥールーズ伯が警護の兵数名とと佇んでいる。

アンリはその三人の前に切り落とした敵将の首を持って行くと

「申し訳ありません、これが敵将イブン・アル=カースィムです、捕虜にしようとしたのですが抵抗されやむなく……」

と頭を下げた。

「そうか、敵の内情を知りたかったが仕方が無いな、投降した物の中に士官はいるか?」

「はい、何人か」

「では、その者達を尋問するとしよう、辺境候、トゥールーズ伯、街の方はお任せしても構いませんか?」

 街を解放した功績はアンリにあり、全軍の指揮官としての功績はエルベール公の物となる。

通常の貴族であれば、その功績でこの街の権益を何か要求するのが普通だが、エルベールもアンリも違っている、長年皇帝ユーグの麾下にいた二人は、ユーグがその様な行為を好まないと知っているからだ、

だから、この後の街の支配権をあっさりと辺境候サンシュに返したのだ。

 何しろ二人にとっては、この後の敵の領地に侵攻する方がずっと大事な事だからだ。

エルベール公は帝都の皇后宛に、国境の街の解放と侵攻軍の撃破と言う事実と、この後敵領に逆侵攻する

と言う旨だけを書いた、簡単な報告書を早馬に託した。

 辺境候の方はボルドーに避難していた、街の住人の帰還と、被害を受けた街の再建と言う領主としての任務がある、だが辺境候はその任務を全てをトゥールーズ伯に一任して、解放された二つの街の領主の地位を任そう考えている。

 そうすれば、今は独立した隣の領主であるトゥールーズ伯を辺境候の権限で、侯爵に任命して自分の麾下に置く事ができる、実務能力に優れ博識な伯の様な人材を一介の小領主にして置くのは勿体無いと思ったからだ。

 二人は魔法大聖堂の会議室で、解放した二つの街の再建についての打ち合わせをしている。

時々、どこかで誰かの悲鳴が聞こえるがそれは気にしない様にしていた。

「聞いた話によりますと、新帝都ユーグウルブスには城壁が無いそうですが、今日の戦いを見て合点が行きました、最早城壁は無用の長物となったのですね、時代が変わったと言う事でしょうね」

「私もその話は聞いています、最初は何かの冗談かと思ったのですが、本当なのですね、そうなると

街の再建で、城壁を修復するのは辞めた方がよろしいかもしれません、むしろ壁を取り壊してその廃材を

有効活用する事で、再建のスピードを上げた方が良いと思われますね」

「流石、トゥールーズ伯見事な見識ですね、その見識を見込んでお願いがあるのですが?」

「なんでしょう?街の再建の件ならば、隣人としてできる限りの協力をするつもりですが」

「私は、この後エルベール公に従って遠征に参加するつもりです、なのでトゥールーズ伯、バイヨンヌとポーの街の面倒を領主としてお願いできますか?」

「なんですと、私を領主に?ですが、この二つの街は辺境侯の御領地では無いですか」

トゥールーズ伯はそう言ってから、自分の領地の現状を良く考えた。

 伯爵領はそれなりに栄えてはいるが、所詮は国境の一地方だ、そして肝心の自分の後継者の息子は

病弱で従軍どころか、将来領地の運営すら任せられる状況では無い、自分が動けなくなれば、辺境侯に泣ついで庇護下に入り、孫の成長と後見を頼むしか無いと思っていた。だが、その辺境侯の方から自分の領地の面倒を見て欲しいと頼んできたのだ。これは千載一遇のチャンスかもしれない。

「この老骨をそこまで評価していただくとはありがたい事です、公爵が遠征から無事に戻られるまで

粉骨砕身して街の再建をさせていただきます」

と立ち上がり、頭を下げた。

「良かった、これで私も安心して敵と戦えます、よろしくお願いいたします」

 辺境候サンシュも立ち上がって、トゥールーズ伯の手を取った。


「おう、ここにおいでか、街の再建案は固まりましたかな、今後の方針について軍議を開きたいので

お二方も参加していただけますか?」

と良いタイミングでエルベール公が会議室に入って来た。

「それもそうですが、先に兵達に飯を食わせてやりたいのですが、構いませんか、我らもついでに飯の時間にしませんか?」

「ああ、そう言えば、今日は朝食を食べただけでしたね、早速全軍に触れをだしましょう、辺境候、兵達にワインやエールを振る舞っても構いませんな?」

「もちろんです」

こうして、解放されたバイヨンヌの街では将兵に質素だが充分な食事が提供されて、明日以降に備える事になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ