誤解(3)
「……べ、別に、舞泉さんを避けているわけじゃ……」
いかにも言い訳らしく、声が上擦ってしまう。
「……シモベ君、正直に話してくれたまえ。一体何があったのだ?」
舞泉さんは、どこか不安げな、寂しげな表情である。
舞泉さんのことを嫌いになったわけでは決してない。それどころか、悪魔退治での勇姿を見て、惚れ直したくらいである。
しかし、舞泉さんのことが好きだからこそ、僕は舞泉さんに会うのが怖かったのである。
布瀬川校長と舞泉さんの会話から、舞泉さんは、恋愛自体が誤ったものであり、悪だと考えている、ということが分かってしまった。
それでは、僕はこれから先どうすれば良いのか。
日々膨らんでいく、舞泉さんへの恋心をどう始末すれば良いのか。
それを僕は舞泉さんに訊かなければならない。
しかし、結論が怖い。
「正直に話してくれたまえ」とせっかく舞泉さんが水を向けてくれた今だって、僕は、それを素直に訊くことはできなかった。
「……舞泉さん、いくつか訊きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「舞泉さんは、どうしてあの夜に澪葉さんが円形校舎から飛び降りようとしてるって知ってたの?」
たしかにそのことはずっと気になっていた。
しかし、僕が本当に舞泉さんに訊きたいことではない。
意気地なしの僕は、お茶を濁してしまったのである。
「ああ。それか」
僕が明らかに話を逸らしたことに舞泉さんが気付かないはずはないだろう。
しかし、舞泉さんは、僕の質問に、迷いなく回答した。
「校庭に死体を発見した時、我は『澪葉の痕跡』を見つけたのだ」
たしかに舞泉さんはそんなことを言っていた。オーブに「澪葉の痕跡」が映った、と。
「それは、澪葉が、亡くなった子に対して宛てた手紙だった」
「え?……手紙?」
「ああ。死体が埋まっている地面の真上に落ちていたのだ」
……なんだ。そういうことだったのか。舞泉さんは、スーパーナチュラルなパワーによって死体が埋まっている場所を当てたのではなかった。単に、校庭に落ちていた手紙を見つけただけだったのだ。
そういえば、舞泉さんは、ダウジングの際に、「オーブではなく地面を見ている」というようなことを言っていたような……
「その手紙には、こう書かれていた。『私はまた大事な人を殺してしまった。今夜、私はその人と同じ苦しみを味わった後、あなたに会いに行きます』」
それって――
「……澪葉さんの遺書?」
「まあ、そうとも捉えられるな。いずれにせよ、その手紙の文面から、地面に死体が埋まってることも、澪葉が、その夜、時雨と同じ死に方で自殺しようとしていることも分かったのだ」
タネを聞いてしまえば、拍子抜けするほどに単純な話である。
舞泉さんが、「澪葉の痕跡」などという独特な表現を使うから、訳が分からなかっただけなのだ。
「舞泉さん、他にも訊きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「実は、舞泉さんにはまだ話してなかったんだけど……」
僕は、舞泉さんに、東海林先輩から聞いた、「円形校舎の幽霊」の話をする。
怪談には含まれていなかった、東海林先輩が積川先輩を引き連れて、窓から円形校舎内に侵入したものの、校舎内には誰もいなかった、という話である。
一通り説明した上で、僕は舞泉さんに疑問をぶつける。
「『円形校舎の幽霊』の正体は澪葉さんで、実際に澪葉さんは円形校舎の中に暮らしてたんだよね? どうしてあの時、東海林先輩は澪葉さんを見つけられなかったのかな?」
「シモベ君、簡単な話だよ。澪葉は、地下1階に隠れていたのだ」
そうか。円形校舎には秘密の階段があるのだ。しかし――
「舞泉さん、東海林先輩は、どうして秘密の階段に気付かなかったのかな?」
「それは澪葉の作戦勝ちだろう。その東海林という者の侵入に気付いた澪葉は、東海林が上の階を調べている間に、秘密の階段に蓋をしたのだ」
「……蓋?」
「ああ。今、シモベ君は、まるで嵐の後のように、1階の机がひっくり返っていたと言っていただろう? 澪葉は、机の天板によって、秘密の階段に至る穴を塞いでいたのだ」
――なるほど。
たしかに机の天板によって、秘密の階段は隠せるだろう。
「それが不自然に見えないように、澪葉は、1階と、それから2階も散らかして、カモフラージュをしたのだ」
澪葉さんも、舞泉さん同様、とても賢い人なのだ。
「なるほどね……でも、もう1つ疑問があるんだけど」
「なんだ?」
「澪葉さんは、どうして3階の窓の鍵を開けっ放しにしていたのかな?」
そのことが、東海林先輩の侵入を招いてしまったのである。鍵を開けていなければ、そもそも、慌てて地下に隠れる必要もなかったのだ。
「それはもちろん、鍵を閉め忘れたからだろう」
「いや、まあ、そうなんだとは思うんだけど、そもそも、澪葉さんは3階の窓を開ける必要があったのかな?」
東海林先輩が侵入する直前、澪葉さんは、窓から音楽室を見ていた。
それは、自らに無実の罪を被せた水城先輩を睨みつけるため……なのだろうか。今ではよく分からなくなってしまっている。
ただ、いずれにせよ、音楽室の中の様子を窺うためであれば、カーテンは開ける必要はあったとしても、窓まで開ける必要はないのである。
そうすれば、当然、鍵を掛け忘れることもないのだ。
「シモベ君、君は鈍感なのだな」
「……え!?」
どういう意味だろうか。
僕は、普通の人ならば当然に気付けることが気付けていないということか。
「澪葉は、時雨のことを『大事な人』と呼んでいるだろう。澪葉は、時雨に片想いをしていたのだ」
――そんな可能性、少しも考えなかった。
言われてみると、水城先輩は、同性からもモテるタイプである。
他方、澪葉さんは、親から、異性交際を禁じられていた。
澪葉さんが、同性である水城先輩に恋をしていた、ということは、あり得ない話ではないのである。
「澪葉は、バイト先で時雨と知り合った。一目惚れだったのかは分からぬが、いずれにせよ、時雨に恋愛感情を抱くようになる。ゆえに、澪葉は、時雨とは、緊張して上手く話せなかったのだろう」
梓沙は、澪葉と水城先輩が2人で話している場面はほとんど見なかった、と言っていた。それは、仲が悪かったわけからではなく、むしろ、その逆だった、ということになる。
「そして、時雨が、シャンゼリアのレジのお金に手をつけた時、その真相をいち早く知った澪葉は、時雨を庇うべく、自首をしたのだ」
澪葉さんの冤罪の真相も、僕が思っていたものとは、だいぶ違っていた。澪葉さんは、自ら、水城先輩の罪を肩代わりしたのである。
自首がされてしまえば、主観的にも客観的にも澪葉さんの犯行可能性が低かったとしても、店は澪葉さんを犯人として扱わざるを得ないだろう。
「それじゃあ、澪葉さんが、円形校舎の窓から音楽室を見ていたのは……」
「時雨がピアノを弾いている姿を眺めるためだ」
――僕と一緒ではないか。
「そして、澪葉は、時雨の姿を見るだけでなく、時雨のピアノの音も聴きたかったのだ。ゆえに、少しでも音が入ってくるように、窓を僅かに開けていたのだ」
――そういうことだったのか。たしかにそれで全ての辻褄が合う。
「そうしていたところ、音楽室にいた東海林と目が合ったことに気付いた。澪葉は、慌ててカーテンを閉め、地下に逃げ出したのだ。その際に、窓の鍵を閉めることを忘れてしまったのだろう」
不思議なことなど何もなかったのである。舞泉さんの言うとおり、僕が鈍感だっただけなのだ。
澪葉さんが、水城先輩のことが好きだったのだとすると、もう1つ、腑に落ちることがある。
「澪葉さんが、水城先輩のお腹の子を欲しがったのは、それが水城先輩の子どもだったから、ということなんだね」
「そういうことだ」
女性同士のカップルで、2人の間で子どもが作れないため、第三者から精子の提供を受て、パートナーの一方を妊娠させ、産まれた子を2人で育てる、という事例は聞いたことがある。
澪葉さんも、もしかするとそのような感覚で、水城先輩の子を欲しがったのかもしれない。




