誤解(2)
木陰の下だと、風が涼しく感じられる。
週末の公園らしい、野鳥のさえずりと、子どもの明るい声が自由に響く。
遠くから声は聞こえるものの、周りに人の姿は見えない。
人が集まる広場には近接しているのかもしれないが、ベンチが設置されているのは、脇道沿いなのだろう。
開放的なスペースに、ベンチに座った2人だけがポツンと取り残されているようですらある。
木の葉が擦れる音ともに、また涼しい風が吹く。
舞泉さんと2人きりになるのは、悪魔退治をした夜以来だ。
2人はクラスが異なり、教室も離れている。
夏休みに入ってしまうと、なおさら会うのに口実が必要なのである。
悪魔退治の前、教室で、
「言うまでもないが、悪魔退治が終わっても、シモベ君との関係は続くぞ」
という舞泉さんの言質は取れたものの、かといって、何も用事がないのにLINEをするわけにもいかなかった。
何も用事がない――本当にそうだろうか。
むしろ、舞泉さんからのLINEは何度か来ていたが、それを無視するか、適当に軽く流していたのは僕の方である。
それに――
僕には、舞泉さんにどうしても訊かなければならないことがあった。
しかし、僕はそれを訊くのが怖かったのだ。
ゆえに、舞泉さんと会うのを、今日まで先延ばししてしまったのだ。
日陰に入ったからか、舞泉さんが被っていたフードを外す。
今日はポニーテールに結んでいないようで、舞泉さんの艶やかな黒髪が、風で軽やかに広がる。
芝生の青い匂いに、舞泉さんの香水のムスクの匂いが混じる。
「シモベ君」
舞泉さんの色素の薄い目が、触れられるほどの近距離から僕を捉える。
舞泉さんの美貌には、今でも相変わらず緊張する。
見つめられるのも久しぶりなので、なおさらだ。
「良かったな」
「……良かったって?」
「澪葉のことだ。そろそろ退院して、家に帰れる見込みらしい」
僕らが円形校舎から救い出した囚われの姫は、石月さんの別邸に向かう途中の道端で、気を失った。
精神も肉体も、ともに限界を超えていたのだ。
そこで、救急車を呼び、石月さんと貴矢が同乗する形で、大学の附属病院に運ばれ、しばらく入院することになったのだ。
「舞泉さん、さすが事情通だね」
「昨日、お見舞いに行ったのだ」
それは知らなかった。
――いや、もしかすると、舞泉さんは、LINEで言っていたかもしれない。
それどころか、一緒に行こうと僕を誘ってくれていたような気もする。
「澪葉には、我らが会った時の面影はなかったぞ。良い意味でな。見た目もそうだし、精神的にもだ」
「精神的にも、というと……」
「もちろん完全に立ち直れているわけではないが、自殺願望のようなものはなさそうだった」
それに、と舞泉さんが続ける。
「悪魔のマインドコントロールも解けているようだった。両親は、忙しい中、ほぼ毎日お見舞いに来ているらしい」
それはとてもホッとする報告である。
澪葉さんを救えたことは、悪魔退治の最大の収穫だと言って良いだろう。
「というか、シモベ君は澪葉のお見舞いに行きたくないのか?」
「え?……あ、別に行きたくないわけじゃないけど」
澪葉さんは、上級生だし、異性だし、お嬢様だし、気軽にお見舞いになど行って良いものなのか、という迷いもあるものの、行けるなら行きたいとは思う。
「澪葉は、シモベ君にも会いたそうにしていたぞ。命の恩人の1人だって」
僕にはあまりにもったいないような気もするが、そう言われるともちろん悪い気はしない。
「小百合と貴矢も何回かお見舞いに行ってるらしいし、退院前に1度、みんなでお見舞いに行こうではないか」
「……そうだね。分かった」
断る理由はなかった。
むしろ今まで1度もお見舞いに行っていない自分が、なんだか冷たい人間のようにも思えた。
「ちなみに、澪葉は、退院後に家に来て欲しいとも言っていたぞ。一家で我らをもてなしたい、とのことだ」
あの日本屈指の名家である三枝家にもてなされるというのは、さらに僕の身に余るものである。もちろん、悪い気はしない。
「……うん。そうだね」
「シモベ君、なんだか様子がおかしくないか?」
――ヤバい。
「……どういうこと? 僕の様子がおかしいって……」
「シモベ君、悪魔退治以降、我のことを避けていないか?」
――やはり舞泉さんには全てお見通しだった。




