誤解(1)
炎天下のもと、僕らは今、危機を迎えていた。
「小百合ちゃん、こっちの方角で合ってるんだよな?」
「はい。野々原君、大丈夫……だと思います。地図によれば、この分かれ道を……右……いや、左……かもしれません」
「石月さん、本当に大丈夫?」
県立の総合運動公園にまでたどり着いたのは良かったものの、公園内には、野球場、テニスコート、サッカーのグラウンド、アスレチック広場、さらには雑木林まである。
目的地の体育館がどこにあるのか、僕らにはさっぱり分からず、先ほどから公園内をぐるぐると彷徨ってしまっているのである。
「クソ……なんでこんな日に限って電車が遅延するんだよ……」
「貴矢、お前の女難の呪いのせいだろうな」
こんな真夏日でも相変わらず厚着で、ダボダボのフードを被っている舞泉さんが、辛辣な言葉を吐く。
「きっとそうですね! 野々原君は、女の人と関われば関わるほど幸せを吸い取られていくんでしょうね!」
「小百合ちゃんまで、変なこと言わないでくれよ……」
石月さんは、暗に貴矢の浮気性を諌めているのではないかな、と僕はぼんやり考える。
夏休み第1週目の土曜日である今日は、いつか梓沙に行くことを約束した、新体操の大会の日だった。
僕は、約束どおりに、貴矢を会場に連れて来ようとしたのだが、送電線トラブル、もしくは、貴矢にかけられた「女難の呪い」によって、在来線がストップしてしまった。
なんとか体育館がある総合運動公園にたどり着いたものの、あと数分もすれば、梓沙の演技が始まってしまう時間である。
「あっ! 分かりました!」
パステルピンクの涼しげなワンピース姿の、石月さんがスマホで地図を見ながら声を上げる。
「右でも左でもなく、回れ右です!」
「それって、今まで来てた道が間違ってたってこと?」
「志茂部君、細かいことは気にしないでください! 回れ右したら、走ってあと2分くらいで着きます!」
すると、梓沙の出番にはギリギリ間に合いそうである。
しかし――
「小百合、言っておくが我は走る気はないからな」
舞泉さんが、悪びれる様子もなく言う。
先ほどからそうなのだ。僕と貴矢と石月さんは焦っているのに、舞泉さんは平然としていて、歩速も一向に変えようとしなかった。あくまでもマイペースなのである。
「おい、ミト様、そんなこと言ってると置いて行くぞ」
「構わぬ」
「構わぬって……梓沙に恩があるって言ってたじゃないか」
貴矢が指摘した「恩」とは、澪葉さんに関する情報提供に対するものである。梓沙の懸命なリサーチは、悪魔退治に相当に役に立った。
「恩はある。しかし、我が梓沙の演技を見ても、あまり意味がないだろう」
「どういう意味だ?」
「貴矢、お前が梓沙の演技を見ることに意味があるのだ」
舞泉さんの言うとおりである。梓沙にとっては、貴矢以外は、単なる取り巻きに過ぎない。
「取り巻き君」とまで呼ばれているのは僕だけかもしれないが。
「貴矢、お前だけ走って体育館に行って来い」
「ミト様、寂しいこと言わないでよ」
「貴矢、ここで我と議論している場合か。このままだとせっかくの信頼回復の機会を失うぞ」
今回も梓沙との約束を破ったら、信頼回復の機会どころか、命さえも失いかねない。
「……やむなしだな。じゃあな」
貴矢は、回れ右をして、スタートを切る。
「野々原君、道はちゃんと分かってますか!?」
スマホを持った石月さんが、貴矢の後を追いかけて走る。たしかに道案内役は必要だろう。
僕も2人を追いたいところだったが、舞泉さんだけ置いていくというのは、あまりに不自然だろう。
僕は2人の背中を追わず、その場に残ることにした。
2人の姿が完全に見えなくなったところで、舞泉さんは、歩道沿いの芝生の方を指差す。
「シモベ君、あそこで少し休もう」
舞泉さんの人差し指の先にあったのは、古い木のベンチである。
欅の大木の下にあり、日陰になっている。
「暑いのは苦手でな」
必要以上に厚着をしているからに違いないが、それは舞泉さんの宗教上の振る舞いだと分かっているので、そんな野暮な指摘はしない。
ベンチに座るということは、舞泉さんとゆっくりと話し込むということだ。
僕は悩んだものの、
「そうだね。少し休もう」
と、下僕らしく、舞泉さんの提案に素直に従った。




