黒夜(1)
あまりにも壮絶な話に、頭がクラクラする。
舞泉さんが言うようなことが、まさかこんなにも身近に起きていただなんて、信じられない思いである。
「次の話に移ろうか」
と、舞泉さんが切り出す。
舞泉さんが知っている布瀬川校長の悪事は、これにとどまらないらしい。
「次は、ある意味では澪葉以上に悪魔によって人生を乱された被害者――水城時雨についてだ」
え!? 水城先輩も、布瀬川校長の魔の手に堕ちていただなんて――
「舞泉さん、本当!? 水城先輩も、その、布瀬川校長に……」
「そうだ。時雨も、澪葉と同じく、飛んで火に入る夏の虫だったのだ」
ということは、つまり――
「校長室に呼び出されて指導を受けていたということ?」
「そうだ。なぜなら、時雨は、シャンゼリアのレジのお金に手を出した張本人だからな」
――そんな。レジのお金を盗んだのは、澪葉さんではなく、水城先輩だったのか。
たしかに、梓沙の報告によれば、澪葉さんがシャンゼリアでバイトしていた時期に、水城先輩もシャンゼリアでバイトをしていた。
シャンゼリアのレジに触れられるポジションにあった以上、水城先輩が「真犯人」だ、というのはあり得ない話ではない。
しかし――
「舞泉さん、どうして水城先輩がレジのお金に手を出さなきゃいけなかったの!? 水城先輩みたいに、気品があって、美しい人が……」
「シモベ君、随分と時雨を買い被ってるのだな。簡単な話だ。時雨はお金に困っていたのだ」
え!? そんなの初耳である。
「我は生前の時雨のことはよく知らぬが、レジのお金、しかも、云十万というお金に手を出す理由はほかにないだろう? 生前の時雨を知っているシモベ君には、何か心当たりはないか?」
「そんな心当たりなんて……」
――いや、待てよ。たしか――
「思い出した。ポップソング部の打ち上げでスパークルパークに行った時、水城先輩は、1人だけ軽食を買いに行かなかったんだ」
あれはダイエットのためだと思っていたが、節約のためだったのか。
「いずれにせよ、時雨が貧乏だった、というのが、我の推理には欠かせない要素なのだ。時雨は貧乏であったがゆえに、レジのお金に手を出した」
「……でも、それは澪葉さんのせい、ということになったんだよね?」
「そのとおりだ。学校の噂によれば、その責任を取り、澪葉は学校を退学になり、そのショックで入水自殺をした、となったとされているのだから。時雨は、強い罪悪感に苛まれたことだろう」
時雨先輩は、優しい人である。それはおそらく耐え難いことだったに違いない。
「しかも、怪談話によれば、澪葉の霊は、音楽室を睨みつけていたのだ。時雨は、それは、無実の罪を被せた時雨を澪葉の霊が憎み、復讐をしようとしているものだと考えた」
それが、水城先輩の解釈するところの怪談の意味だったのか。
水城先輩が震え上がったであろうことは、容易に想像できる。
「ゆえに、あまりの罪悪感に耐えられなくなった時雨は、最悪の選択をしてしまう」
「最悪の選択?」
「あろうことか、校長室に自ら赴き、悪魔に対して、シャンゼリアのレジのお金を盗んだのは自分である、と懺悔してしまったのだ」
それは、たしかに最悪の選択である。
それにより、水城先輩が、悪魔の次の標的にされてしまったのだから。
「時雨は、千翔高校屈指の美女だから、時雨が罠に飛び込んで来たことで、悪魔は感激したことだろう。しかし、1つ問題があった」
「問題?」
「女学生徒を襲うためのベッドがないのだ。そのための円形校舎が澪葉によって使われてしまってるからな」
それは「問題」といえば、問題なのかもしれない。
「ゆえに、悪魔はまず、校長室にソファーベッドを新調したのだ」
「……よく知ってるな」
そう口を挟んだのは、布瀬川校長だった。
「前回校長室に呼ばれた際に確認したのだ」
たしかに舞泉さんは、あの時、ソファーを指で押して感触を試していた。
「あの時、新しいソファーは、広げることでベッドとしても使えるソファーベッドだと我は確認した」
「舞泉君、そんな余計なことまで確認をしていたのか……」
「確認したのはそれだけではない」と、舞泉さんはニヤリと笑う。
「あの時、我は悪魔に質問した。『校長の執務は、家に帰れないほどに忙しいのか?』と。それに対して、悪魔は、『毎晩家には帰れている』と返答した」
たしかにそのようなやりとりがあった。
当時の僕には、サッパリ意味の分からなかったやりとりである。
「我はその時に、悪魔が良からぬ目的でソファーベッドを新調した可能性に気付いたのだ。わざわざソファーベッドを買ったのは、自分が寝るのに使うわけではない、と悪魔は自白したわけだからな」
なるほど。舞泉さんの質問は、そのことを確かめるためだったのか。
「小学生の職業インタビューみたい」などと勘違いしてしまった自分が恥ずかしくなる。




