悪魔(1)
布瀬川校長が、照明のスイッチを押す。
白熱電球が円形の室内を照らし、絶望的な構図が、よりハッキリと浮き上がる。
布瀬川校長は、舞泉さんの背後に周り、右腕を舞泉さんの右肩に回している。
そして、布瀬川校長の右手には、銀色のバタフライナイフが握られており、その刃先は、舞泉さんの首筋に向けられている。
その状態で、布瀬川校長は、窓側に何歩か後退りする。
カーテンが開けられた窓から差し込む月明かりが、真後ろから、銀色の刃に光沢を与える。
僕は、用を果たせなかった手錠を握り締め、直立したまま、布瀬川校長に後ろから抱えられた舞泉さんの姿を、歯を食いしばって見ているだけだった。
「シモベ君、我のことなど気にするな!」
舞泉さんは啖呵を切るが、もちろんそういうわけにはいかない。
ヘタな動きをしてしまえば、舞泉さんの頸動脈が切られてしまう。
「たしか君は志茂部君だったかな?」
布瀬川校長は、僕の名前を覚えているようだ。
「君が引いたのは英断だったと思うよ。このナイフは海外からの特注品でね。コンパクトな割に切れ味は抜群なんだ」
布瀬川校長は、嫌味なまでに真っ白な義歯を見せながら、ニタリと笑う。
「……校長、どうしてそんなものを持ってるんですか……?」
「常に持ち歩いているんだ。護身用にね」
布瀬川校長の言葉に、舞泉さんが噛み付く。
「嘘を言うな。護身用ではない。それは、生徒を脅して、服従させるためのものだ」
布瀬川校長は、アハハと高らかに笑う。
「舞泉君、君は生意気だね。それから、余計なことを色々なことを知っているようだ。アハハ」
海外からの特注品のナイフの刃先が、舞泉さんの首筋にさらに近付けられる。ほとんど触れそうな距離に。
「舞泉君、まず、君には知っていることを、ありのまま正直に答えてもらおう。君らへの『処分』は、それを聞いて決めようと思う」
ここで布瀬川校長が言う「処分」には、退学処分よりも過酷なものが含まれているに違いない。
布瀬川校長が、最初の質問を投げかける。
「舞泉君、はじめに教えてくれ。どうして秘密のエレベーターの存在を知っているんだ?」
秘密のエレベーター。
それは間違いなく、僕が先ほど地下室で見つけた黒い扉のことだろう。
布瀬川校長の表情から、笑顔は一切消えている。
舞泉さんがとぼけた回答をすれば、血飛沫が飛びかねない。
とはいえ、こんな危機的な状況であっても、良くも悪くも、舞泉さんは舞泉さんのままである。
舞泉さんは、嘘や冗談を決して言わない。
布瀬川校長の尋問に、舞泉さんは素直に回答し始めた。
「我は校舎を探索してて気が付いたのだ。この校舎には不自然な扇形の膨らみがあることを」
不自然な扇形の膨らみ――それは、舞泉さんが、いつか僕に話してくれたデッドスペースのことだろう。
「扇形は、円形校舎の1階から最上階まで縦に連なって存在しているものの、1階から6階まで廊下において、その半径2mほどの扇形は、一切使われておらず、あたかも存在していないかのようだった」
そうだった。その部分の廊下は、全て直角に曲がっており、内観上は、扇形の膨らみなどなかったのである。
「それから最上階においては、扇形と接しているのは校長室だ。校長室に呼ばれた際に、確認をしたが、やはり膨らみは使用されていなかった」
「ほお、舞泉君、君は校長室でそのような余計な詮索をしていたのかね?」
「先に『不純な動機』で我を校長室に呼び付けたのはお前の方だろう?」
「……舞泉君、これ以上口が過ぎると、私の手元が狂いかねないぞ」
「我は知っていることを正直に述べているまでだ」
舞泉さんは本当に強い。
ナイフで脅されている状況で、この学校の最高権力者に対して、盾付くことができるのである。
「我が確認したところ、校長室においては、膨らみと接している部分に本棚が置かれていた。我はこの本棚に少し違和感を覚えた」
「違和感? なんだそれは?」
「並べられたいずれの本も、ケースに入っていたのだ」
ケースというと、図鑑などの分厚い本につけられているケースか。
「無論、ケースに入っている本もこの世に存在するが、全ての本がケースに入っているのは異常だ。もっとも、その場ではその理由は分からなかった」
ただ、と舞泉さんは続ける。
「しばらくして気付いた。その本棚はカモフラージュのための『飾り』だったのだと」
カモフラージュのための「飾り」――
「実際は、ケースの中には本は入っておらず、本棚は可能な限り軽量化されていた。そして、床に埋め込まれていたレールによって、簡単にスライドできるようになっていたのだ」
まさか、校長室にそんな仕掛けがあったなんて――
「そして、本棚の裏、すなわち扇形の中に、秘密のエレベーターが隠されていた」
つまり、扇形のデッドスペースは、エレベーターが昇降するためのスペースだったということなのか。
そして、校長室にエレベーターの出入り口があるということは――
「秘密のエレベーターは、校長室と円形校舎を繋ぐものなのだ。悪魔、お前はそうやって閉鎖された円形校舎を私物化し、良いように使っていたんだろう?」




