責任
「なあ、俺にはよく分からないんだが……」
そう切り出した貴矢が、極めて真っ当な疑問を口にする。
「澪葉ちゃんが子どものことを大事にしてるのはよく分かったよ。でも、さっき、澪葉ちゃんは、その子どもを殺した、って言ってなかったか?」
「……うん。そうだよ」
「そんな大事なのに、どうして殺しちゃったんだ? 俺には全然意味が分からないよ……」
貴矢の言うとおりである。
子どもを殺してしまったという澪葉さんの懺悔は、今まで語られた澪葉さんの信条と、真っ向から矛盾しているのだ。
澪葉さんは、家族を捨ててまで、お腹の中の子を守る道を選んだのだ。
それなのに、どうして――
どうして、その子どもを殺してしまわなければならなかったのか?
そもそも――
「……澪葉さん、本当に子どもを殺したの?」
澪葉さんは、俯きながら、
「うん。私が殺したの」
と答える。
「どうして!? 澪葉さん、一体何があったの!?」
そこには、必ずやむにやまれぬ事情があるはずだ。
しかし、澪葉さんは、俯いたまま、黙り込んでしまった。
月夜の下、しばしの静寂が訪れる。
もしかすると、僕のしてしまった質問は、とんでもなく無神経なもので、澪葉さんは閉口してしまった、ということなのかもしれない。
沈黙を作ってしまった責任をどう取ろうか悩んでいると、舞泉さんが、僕に代わって静寂を破ってくれた。
「澪葉、早産だったのだろう?」
早産――出産予定日よりも早く、お腹の中の子どもが未成熟なままで生まれてしまう現象。
言われてみると、校庭に埋まっていた子どもの死体は、とても小さいものだった。人間ではなく、猿や犬の赤ちゃん程度の大きさに見えた。人間の出生児の平均体重は分からないものの、おそらく、平均を大きく下回っていたものと思う。
舞泉さんは、棺の中の死体を見て、切迫早産の可能性に気が付いたのだ。僕と同じものを見ているはずなのに、舞泉さんの思考は、常に、僕の何歩も先を行っているのである。
「……私の責任なの」
澪葉さんは、舞泉さんの指摘が正しいことを、暗に認めた。
「我はそう思わぬ。澪葉は何も悪くない」
「そんなわけないじゃない! 全部、私が悪いの!」
澪葉さんが、金切り声を上げる。
「私が殺したの! 私が、健康的な生活を送らずに、お腹の中に赤ちゃんにちゃんと栄養を与えられなかったんだよ!」
少なくとも、今の澪葉さんを見る限り、健康的であるようには到底見えない。赤ちゃんに栄養を与えるどころか、澪葉さん自身が、栄養失調なのではないかと疑わしいほどに、痩せ細っているのである。
「それは澪葉のせいではない。誰でもこんな建物にずっと閉じ籠っていればそうなるだろう」
舞泉さんの指摘はごもっともなように思える。
しかし、澪葉さんは、大きく首を横に振った後で、「それだけじゃないの」と言う。
「生まれた時はまだ、あの子は生きていた! 陣痛が始まった時、私がすぐに救急車を呼ぶべきだったの! そうすれば、あの子の命は助かったかもしれないのに!」
でも、と澪葉さんは続ける。
「私は、救急車を呼べなかった。そんなことしたら、私が生きていて、この校舎に住んでいることがバレてしまうと思って、躊躇してしまったの」
「それも澪葉のせいではないだろう」
「そんなことない! 仮に見つかって、両親にもバレてしまったとしても、あの子が生きていれば良かったの! 私自身では育てられなくなるとしても、それこそ孤児院に育ててもらえば良い! 私は、とんでもなく愚かな選択をしてしまったの……」
澪葉さんが再び俯く。
僕は、言葉を失う。
澪葉さんの言うとおり、澪葉さんが救急車を呼べば赤ちゃんが助かったのだとすれば、澪葉さんの判断ミスは、取り返しのつかないものである。
澪葉さんは、重い十字架を、一生背負わなければならないだろう。
しかし、舞泉さんは、もう1度、「澪葉のせいではない」と言う。
つっけんどんな態度がどうしても目立ってしまうが、舞泉さんもまた、優しい人なのである。
昨日は19時から飲んでしまいました。。
今日こそは飲まずに執筆します。。




