命(2)
「あなたたちは……」
澪葉さんがゆっくりと口を開く。
「あなたたちはどう思う? 望まない妊娠が分かった場合に、中絶した方が良いと思う?」
それは、当事者の口から発せられた、とても重たい質問である。
そもそも、望まない妊娠をしなければ良い、と言うのは楽であるが、あまりにも身も蓋もない。
それに、舞泉さんによれば、澪葉さんは、レイプによって、身体を蹂躙された上で、無理やりに妊娠させられたのである。
そうやって若くして子どもができてしまった場合に、子どもを産め、子どもを育てろ、と強制することはできない気がする。
とはいえ、中絶するのが正しい、とまで言って良いのだろうか――
僕らが誰も答えられずにいると、澪葉さんは、さらに質問を重ねる。
「もし中絶をするのだとすれば、それは、母親のため? それとも、子どものため?」
これも難しい質問である。
「両方ではないでしょうか」
おそるおそる回答したのは、石月さんだった。
「中絶は、もちろん母親を守るためだと思います。望まぬ妊娠から、さらに望まぬ育児をさせられ、人生を滅茶苦茶にさせられるのを防ぐためだと思います」
ただ、それだけでありません、と石月さんは言う。
「望まぬ妊娠によって生まれてしまった子も、また不幸なんです。生まれてすぐに捨てられてしまうかもしれません。育ててもらえたとしても、母親からの愛情も、父親からの経済的な支援も得られず、まともに育つことはできないかもしれません」
僕は、心の中で拍手をする。澪葉さんの質問に対する模範回答があるのだとすれば、おそらく石月さんの今の回答だろう。
「小百合ちゃん、よく考えてるね」
でも、と澪葉さんは言葉を継ぐ。
「望まぬ妊娠で生まれた子どもが不幸になるのは、その子のせいじゃない。それに、社会が変われば、その子が幸せになることだってできる」
澪葉さんの言葉に熱が入る。
「私は、孤児院でボランティアをしていた。そこで、望まぬ妊娠によって生を受けたけど、結局親が育てられずに孤児院に預けられた子ともたくさん接した」
そうだった。澪葉さんは孤児院でボランティアをしていたのである。この問題について、単に頭で考えるだけではなく、実際に現場に立っていたのだ。
「みんな、素直でとても良い子だよ。遊ぶのが大好きで、褒められるのも大好き。出自なんて、色眼鏡で見る大人たちがいなければ、子どもたちにとっては関係ないことなの。当たり前だけど、親から捨てられても、同じ人間なの。他の『普通』の子と同じように笑ったり泣いたりする」
おそらく個々の孤児を思い出しながら話しているのであろう。澪葉さんの目に、再び涙が浮かぶ。
「でも、他の『普通の』子と同じように幸せになることは難しい。うつ病になって自傷行為をしたり、非行に走ったりする子もいる。だけど、それはその子のせいじゃない」
「社会のせいなの」と澪葉さんは言う。
「だから、社会が変わらなければならない。大人たちが変わらなければならない。そういう責任を放棄して、中絶した方がその子にとって幸せ、だなんて言えないでしょ。結局、大人の都合を正当化しているだけなの。そんなのただの――」
「殺人だよ」と澪葉さんは断言する。
中絶は殺人である、というのは言われればそうなのである。
しかし、社会はそのような言葉遣いはしない。
人を殺すことは許されるか許されないのかという議論はしないくせに、中絶は許されないか許されるのかという議論をする。
それは澪葉さんによれば、「大人の都合」ということになるのだろう。
もちろん、望まぬ妊娠をさせられる側にも様々な事情があるので、中絶を選んだ者を一律に「殺人者」と非難することはできないだろうし、「社会が変わらなければならない」と言う澪葉さんも、中絶を選んだ者を非難しているわけではないと思う。
他方、レイプで授かった命も大切にする、というのが澪葉さんの確たる考え方であり、それに異論を挟むことも難しい。
そして、澪葉さんは、まさにその考え方を、自らの身で実践したというのだ。
「あなたたちがどう考えるのかは私には分からない。ただ、少なくとも、私の両親は、私と同じ考え方ではなかった」
澪葉さんの両親、というと、三枝証券のCEOの應介と、その妻の顕子である。
「私の両親は、私に孤児院でのボランティアを勧めてくれたけど、それはあくまでも、私が将来的に三枝証券において重役を務める時の『箔』を付けたかっただけなの」
たしかに、学生時代に孤児院でボランティアをやっていたことは、当人、ひいては企業のイメージの向上に役立つだろう。
「父がやっている仕事はかけがえのないものだと思うし、社会にも貢献しているんだとも思う」
ただ、と澪葉さんが続ける。
「証券会社のやっていることなんて、結局、お金稼ぎのお手伝いをして、自分たちがお金を稼ぐことでしょ?」
澪葉さんは、自らの家業を痛烈に批判する。
「私は、将来、証券会社でなんか働きたくなかったの。私は、お金持ちの人のためじゃなくて、本当に困っている人のために働きたかった。だから、両親ともよく対立していた」
週刊誌に書かれていた折り目正しき社長令嬢のイメージとは、大きくギャップのある発言である。
「私、このまま孤児院で勤務したい、って両親に言ったことがあるの。そうしたら、父も母も血相を変えて、『あそこにいる人間は、お前とは住む世界が違うからもう関わらなくて良い』って言い出して、孤児院でのボランティアを辞めるように言ってきたのよ。話にならなかった」
澪葉さんの両親は、英才教育を施していた澪葉さんが、三枝証券を継がずに、孤児院の職員になると言い出したことを看過することができず、感情的な発言をしてしまったのだろう、とは推察する。
とはいえ、澪葉さんからすると、それは両親への強い不信感を生んだ、決定的な場面だったのだろう。
「妊娠することはおろか、私は、両親から交際すら禁止されていた。そんな私から、レイプで妊娠したという話をされたら、両親は、無理やりにでも私に中絶をさせるに決まってる」
おそらくそうだろう。
澪葉さんのように期待された社長令嬢でなくても、娘が望まぬ妊娠をさせられたら、多くの親がそのような立場を取るのだと思う。
「だから、私は、『自殺』をせざるを得なかったの。三枝家と縁を切って、お腹の子を守るためにね」
旅行先で思った以上に執筆できていないのですが、目標のPV数を切りそうなので、焦ってストックを吐き出してみます。
明日は仕事で朝から大役があるので、今日はあまり飲まないようにしたいです(酒カスなので無理)




