幽霊(3)
「窓から円形校舎に入った私は、まず、外にいる積川君に、窓と出入り口を見張ってるように言ったの。イタズラ野郎を逃さないためにね」
「……でも、円形校舎の窓は四方にありますよね?」
「だから、積川君には、円形校舎の周りを絶えずグルグル回るように指示したの」
絶対に逃したくない、という、東海林先輩の強い信念を感じる。
「それから私は、円形校舎内の探索を始めた。まずは3階から」
僕自身、入ったことのない場所であるが、舞泉さんのYouTubeの動画を見せてもらっていたこともあり、部屋の中の様子は大体イメージできる。
「部屋をぐるりと回ったけど、誰も人はいなかったの。机の下ももちろん見たけど、そこにも誰も隠れてなかった。他に人が隠れられるような場所もないから、私は階段を上って、4階に行った」
場面がイメージできるだけに、僕は、徐々に緊張してくる。
「4階も、人が隠れられそうな場所はすべて見たけど、誰もいなかったの。5階、さらには最上階の6階も同様だった」
とすると、残されたのは、2階と1階となる。
「階段を一気に降りて2階へ行った私は、ある『異常』を感じた」
「異常?」
一体何だろうか?
「3階から6階と違って、2階は少し散らかっていたのよ」
「少し散らかってた?」
「うん。机に掛けられてたクロスが落ちてたり、本棚から出された本がページの開いたまま落ちてたりしたの」
「3階から6階までは綺麗だったんですか?」
「そうね。少なくとも、そこにある物は整理整頓されてたよ」
円形校舎は、すでに役目を終えた廃墟であるはずだ。
その意味では整理整頓されていようが散らかっていようが、いずれにせよ構わないのだと思うが、ある部屋は綺麗で、ある部屋は物が散乱しているというのは、たしかに違和感を覚える。
「ただ、散らかっているだけで、2階には誰もいなかった。人の隠れられそうなスペースは全部確認したんだけどね」
最後に残されたのは1階のみである。
僕の緊張は最高潮を迎える。
「階段で1階に降りたの。そうしたら、私はビックリしたわ」
「東海林先輩、何があったんですか?」
「……めちゃくちゃ散らかってたのよ。2階以上にね」
ビックリした。まさか幽霊がいたのかと思った。
「まるで、強盗に侵入されて、散々に荒らされた後みたいだったの。いや、それ以上ね。まるで、嵐に遭った後みたいだった」
「嵐……ですか?」
「うん。本は2階以上にバラバラに散らかってたし、小さな棚なんかは倒されてたし、中央の机なんか逆さまにひっくり返されてたんだから」
逆さまに机がひっくり返っているというのは、あまりにも異様である。
まさに嵐に襲われた後の光景だといえる。
でも、と東海林先輩が声を落とす。
「残念ながら、1階にも誰もいなかった。散らかってる本を跨ぎながら、人が入れそうな場所を隈なくチェックしたんだけどね。念のためもう1度すべての階をチェックしたけど、やっぱり誰もいなかった。積川君の方も誰も見つけられなかったみたい。結局、円形校舎の中には誰もいなかったの」
東海林先輩が、「イタズラ野郎」をとっ捕まえられなかった当時の悔しさを思い出して歯を食いしばる。
しかし、僕は全く違う感情で支配されていた――
恐怖である。
やはり、円形校舎の幽霊は実在するのだ。
仮に人間によるイタズラだとしたら、円形校舎の中に誰かがいるはずなのだ。
幽霊に化けた人間が、東海林先輩と積川先輩が円形校舎に向かう前に、円形校舎から逃げ出した可能性は――
――ないだろう。
東海林先輩の言うような見た目の人物が学校の敷地内を彷徨いていたら、別の生徒の目に入るに違いない。
そして、そもそも、その人物が慌てて円形校舎から逃げ出す理由がない。
東海林先輩が窓から入ってきたことは、その人物にとって想定外だったはずである。
もしも、東海林先輩が窓から入ってくる可能性を想定したのだとすれば、逃げ出さずに、窓を閉めれば良いだけなのだから。
畢竟、東海林先輩が見たのが、生身の人間であったということは考えられない。
それは、やはり幽霊なのである。
「私は諦めて、3階の窓から円形校舎を出たの。この時も積川君には助けてもらったんだ」
「それで、音楽室に戻って、C香さんに相談したんですよね?」
「C香……ああ! 丹後先輩のことね!」
当然ながら、C香の正体も、僕にとって身近な人物だった。
「丹後先輩は、それは入水自殺をした三枝澪葉の幽霊に違いない、って言ったのよ。多分、面白半分でね」
光景がハッキリと目に浮かぶ。丹後先輩は、そうやって後輩を怯えさせるが好きそうである。
「それで、丹後先輩は、三枝澪葉の死体が見つからない話なんかを私にしてくれた」
それからね、と東海林先輩はパチンと手を叩く。
「丹後先輩は、昔、三枝澪葉と同じクラスだったらしくて、スマホに三枝澪葉の画像が入ってたの」
「見せてもらったんですか?」
「ええ」
「どうでした?」
「似ていたと思う。私が目撃した『幽霊』とね」
やはり、東海林先輩が見たのは、澪葉さんの幽霊だったのだ。
そして、水城先輩を殺したのも、澪葉さんの幽霊に違いない。
あ、そういえば、と東海林先輩が付け加える。
「志茂部君、私が円形校舎に侵入したことは誰にも言わないでね。校則に違反するかもしれないから。私、志茂部君のことを信頼してるから、特別に本当のことを話したんだからね!」
「……はい。分かりました。誰にも言いません」
円形校舎の中に入ったことは、東海林先輩の秘密なのである。
ゆえに、怪談話にこのくだりがなかったのだ。
東海林先輩の語ってくれた怪談の裏側を聞いた僕は、さらに頭がボーッとする。
事実を聞くことで、怪異は解き明かされるどころか、さらに深まってしまったのだ。
ピコン――
LINEの通知音だ。
ぼんやりとした頭のまま、僕はポケットからスマホを取り出し、メッセージを確認する。
送り主は舞泉さんである。
メッセージの内容は、さらに僕の思考を混沌へと陥れるものであった。
「志茂部君、今すぐ校庭に来てくれ! ついに死体が埋まっている場所が分かったぞ!」
通信制限にかかっていて、Twitterでの宣伝ができないので、PV数を稼ぐために1日に何話もアップするしかないのです。。
次話が第3章のラストです。




