幽霊(2)
僕は呆気に取られる。
まさか怪談の登場人物が、こんなにも身近にいただなんて――
よくよく考えると、怪談の舞台はこのポップソング部で、時間軸としても1年以内の話なので、それは意外でもなんでもない。
しかし、僕は、D美の正体が三枝澪葉であることを知れたことで満足し、他の登場人物には、これまで意を払っていなかったのである。
「……東海林先輩が、A子だということは、東海林先輩が、澪葉さんの幽霊を窓から目撃したということですか?」
「もちろんよ。あの時は震え上がったよ。誰も人のいるはずのない円形校舎に誰かがいて、しかも、それは明らかに生きた人間じゃなかったからね……」
東海林先輩が声を震わせる。
当事者談は、祥子さんのしてくれた怪談話とはまた違った臨場感がある。
「……明らかに生きた人間じゃなかった、っていうのは?」
「一目瞭然よ。顔を見れば分かるわ。肌は真っ青で、頬は痩せこけていて、目も虚ろだったんだから。服装も、如何にもお化けって感じの、白くてブカブカした薄い生地の服だった」
「遠くからでも見えたんですか?」
「志茂部君、私の視力をなめないで! 右目2.0、左目2.2なんだから!」
それは知らなかった。
両目の視力が2以上だなんて、サバンナに住む狩猟民族並みではないか。
「そんな私でもさすがに目を疑ったんだけど、幽霊は1度ならず2度も見えたの。だから、私はまずイタズラを疑った」
「イタズラ?」
「ええ。この学校の誰が特殊メイクをして幽霊に変装して、私を怖がらせようとしてるのだと思ったのよ」
「はあ……」
「そこで私は、男子を引き連れて、円形校舎に向かった」
男子というと、怪談話で言うところの――
「B助ですか?」
「ええ。そうね」
「B助の正体って誰なんですか?」
「当ててみて」
ムチャブリだなとは思ったものの、僕は考えてみることにする。
B助は、同じポップソング部で、たしかA子――東海林先輩と同学年だった。
すると、現2年生の男子ということになる。
「冬月先輩ですか?」
「違う」
「麻倉先輩ですか?」
「違う」
「……他にいましたっけ?」
「いるだろう。失礼な後輩だな。なんなら今、この音楽室にいるぞ」
僕は音楽室を見渡す。
3年生が卒業してしまい、部員は全部で9人しかいない。そのうち、今音楽室にいるのは、僕含めて6人……
……いや、違う。7人だ。
部屋の隅で、ジャンベを黙々と叩いている先輩がいる。
あれは、パーカッション職人の――
「積川先輩ですね!」
「そうよ。積川君は根暗で影が薄いからって、存在を忘れてしまうだなんて、あまりにも失礼でしょ」
たしかに反省しなければならない。
ただ、僕が忘れたことと同じくらい、東海林先輩の発言も失礼に当たる気がする。
「私は、まず積川君に、円形校舎の窓に何か見えるか訊いてみたの」
「どうして積川先輩だったんですか?」
「だって、なんというか……積川君はそういうのが視えそうじゃない?」
「……たしかに」
失礼を承知ながら、僕は激しく首肯する。
もっといえば、積川先輩自身が幽霊である可能性すらある。
「ただ、積川君は『何も見えない』と言った」
怪談のB助も、A子にそう言っていた。
「そこで、私は積川君を無理やり連れて、円形校舎まで向かったんだ。イタズラを疑った、というのはさっき話した通りだね」
ここは少し怪談と違っている。
怪談では、A子が1人で円形校舎に向かったことになっていた。
「円形校舎に着いた私は、まず、円形校舎の、黒いテープで目張りされたガラス戸を押したり引いたり叩いたりしたけど、ビクともしなかった」
「鍵が掛かってたんですね」
「そうね」
この行動は、概ね怪談のA子と一致している。
「それで、改めて幽霊が見えた3階の窓を見上げて、観察してみたのね。そうしたら、あることに気が付いたんだよ」
「あること?」
「カーテンは閉まってたんだけど、窓の鍵は開いていたの」
これは怪談話には一切存在しない設定だ。いや、怪談話の方が「設定」で、今東海林先輩が話している方がリアルなのか。
「私、その時、絶対誰かのイタズラだと思って頭に来てたんだよね。イタズラした人間を懲らしめてやらないと気が済まなかったの」
……え? ということは、まさか――
「だから私、窓から円形校舎の中に入ることを決意したの」
そのまさかであった。リアルのA子は、怪談話のヒロインに似つかわしくないほどに、気が強かったのである。
「窓があったのは3階だったけど、積川君にも協力してもらって肩車をしてもらって、配管なんかを伝って、なんとか窓から侵入することができた」
「……それで、どうなったんですか?」
「志茂部君、そう結論を焦らないでよ」
とは言われても、結論が気になってしまう。
幽霊騒ぎが単なるイタズラであれば、澪葉さんの幽霊が水城先輩を殺害した、という仮説は成り立ち得ないことになる。
果たして、それは単なるイタズラか、それとも、本物の幽霊の仕業だったのか――




