幽霊(1)
――果たして今日、僕は何をしに音楽室に来たのだろうか。
ポップソング部の活動日である火曜日だから、渋々部室に来た、というわけではない。
音楽室に来るまでは、僕はギターの練習をする気があったのである。
次のコンサートまでは期間が空くが、この期間に上達しなければ、詠一に水をあけられてしまう。
夏休みを目前とした、試験勉強にも苛まれていない今こそ、練習に打ち込まねばならぬのだ。
しかし、僕は、音楽室に着いてから、ギターを取り出すこともなく、ただぼんやりと椅子に座っている。
他の部員はみな、それぞれの楽器で音を奏でているというのに、僕だけは何もしていないのである。
僕が無意識に視線を遣ってしまうのは、窓の外に見える円形校舎である。
梓沙の話を聞いた僕の中に、ある「仮説」が生じていた。
それは、水城先輩は、澪葉さんの幽霊に呪い殺されたのではないか、というものである。
そんなことを真顔で言えば、霊魂の存在を否定している舞泉さんでなくても、鼻で笑うだろう。
しかし、この仮説こそ、最も辻褄が合うような気がするのである。
澪葉さんがシャンゼリアのレジの金に手を付けたのかどうかは分からない。それは事実かもしれないし、濡れ衣かもしれない。
ただ、いずれにせよ、そのことを店長に伝え、澪葉さんを休学に追い込んだのは、水城先輩なのではないか。
水城先輩は、澪葉さんと仲が悪かったのである。ゆえに、澪葉さんをハメようとしたのだ。
水城先輩の罠にかかった澪葉さんは、結果として、自らの命を絶った。
しかし、水城先輩への恨みゆえに成仏せず、円形校舎の幽霊になってしまったのである。
怪談話の中で、C香は、
「これは噂だが、D美の万引きがバレたのは、私たちの部活の誰かが、D美の悪事をチクったからという話がある。だから、D美は、そいつが憎くて、死んでもなおそいつを睨み続けているのではないか」
と言っていた。
この噂話は真実であり、澪葉さんの霊は、円形校舎の窓から、音楽室にいる水城先輩のことを睨んでいたのである。
そして、澪葉さんの霊は、ついに水城先輩を殺害するに至った。
その情念の凄まじさが、水城先輩の死体に表れている。
澪葉さんの霊は、水城先輩の内臓を抉り取り、抜き取ったそれを「戦利品」としてあの世に持ち帰ったのだ。
「ねえ、志茂部君」
「うわぁっ!」
「相変わらず大袈裟な反応ね」
僕の意識の外から、僕に声を掛けたのは、東海林先輩だった。
「志茂部君の反応を見ていると、水城先輩を思い出すよ。水城先輩は……はあ」
東海林先輩は大きなため息をつく。
水城先輩の訃報を聞いてから、東海林先輩のみならず、ポップソング部員が全員こんな感じで、ため息ばかりである。
会話も減ったし、雰囲気もズンと沈んだままだ。
そして、誰一人としてピアノを弾きたがらなかった。
まるで水城先輩が現れるのを待ち続けているかのように、ピアノの椅子はずっと空けられたままなのである。
水城先輩も幽霊になって現れてくれれば良いのに――
「……東海林先輩、僕に何か用ですか?」
僕は、腑抜けた声で尋ねる。
「僕に何か用ですか?……ではない! 志茂部の方こそ、一体どうしたんだ!? 先ほどから楽器も弾かず、見るからに元気がないじゃないか!?」
東海林先輩は、僕のことを心配して、わざわざ声を掛けてくれたのだ。
東海林先輩には、新部長としての責任感と、生来のお節介焼きがちゃんと備わっている。
「……別に。僕は大丈夫です……」
「全然大丈夫に見えない!」
それに、と東海林先輩は続ける。
「先ほどから、志茂部君は窓の外をずっと見ているね。窓の外に何かあるの?」
もう一度「……別に」と答えようかとも思ったが、それだと、せっかく心配してくれている東海林先輩に失礼だろう。
僕は少し悩んだ末、正直に事情を打ち明けることにした。
「東海林先輩、円形校舎の幽霊のことはご存知でしょうか?」
「円形校舎の幽霊、というと、この学校に広まってる怪談話のことだよね?」
「はい」
「音楽室の窓から、三枝澪葉の幽霊が見えたという」
「……え? 東海林先輩、そこまで知ってるんですか?」
「当たり前でしょ。その怪談話の主人公であるA子は私なんだから」




