贖罪(2)
「おいおい、俺が謝る必要ないだろ? 遼もミト様も見てただろ? あの爆弾女の導火線は一体どこについてるんだかよく分からないよな!?」
「ゴチャゴチャ言わずにとにかく謝れ。下賤の者」
「ミト様!?」
舞泉さんの言うとおりだ。とにかく謝れば良いのだ。
貴矢と梓沙、どちらの言い分が正しいのかなんて、ハッキリ言って、今はどうでも良い。
今大事なのは、梓沙の機嫌を取ること、ただそれだけなのである。
「とにかく謝れって言われても、何を謝って良いんだ? 遼、分かるか?」
「何でも良いよ。例えば、浮気してごめんなさいとか」
「俺は浮気なんかしてない!」
貴矢はそう言い張るが、単に自覚がないだけだろう。
現に、本命のはずの石月さんの前で、舞泉さんが可愛いとか、水城先輩が可愛いとか、果てには実姉である祥子さんが可愛いだとか、そんなことを言いまくっているのを僕は目撃している。
「のほほん系お嬢様」の石月さんだから笑って見逃してくれているが、あの言動は、少なくとも広い意味では、浮気だと思う。
「浮気した自覚がないなら、とりあえず、梓沙の心を傷付けてごめんなさい、で良いんじゃないかな?」
「俺がいつ梓沙の心を傷付けたんだ?」
ここまで無自覚だと、逆に羨ましくなる。
僕にも同じメンタルが備わっていれば、日常の悩みのほとんどが霧消するだろう。
「とりあえず、生きていてごめんなさいで良いのではないか?」
「ミト様!?」
舞泉さんの言葉はあまりにも辛辣である。
冗談であることを祈りたいが、僕は、舞泉さんが冗談を言っている場面に一度も出会したことはない。
「……このままでは埒が明かぬな。我が今から梓沙をここに連れ戻して来る」
「ミト様、あの癇癪女を連れ戻してどうするんだ?」
「我は何もせぬ。貴矢は土下座をしろ」
「いやいや、ミト様、待ってくれ。おい、ちょっと、待ってってば」
舞泉さんは、道場破りかのように体育館の扉を開け放つと、スタスタと体育館の中へと消えて行った。
一度決めたら何があっても貫き通すのが舞泉さんだ。このメンタルも是非欲しい。
とはいえ、梓沙を呼び戻したところで、このままの貴矢の態度では、梓沙をさらに怒らせるだけだろう。
この場を切り抜けるための手がかりは――
「貴矢、2年前の5月3日に何があったんだ?」
「何もない。みどりの日だっけ?」
「憲法記念日だ。この日、梓沙が嫌がることを何かしたんじゃないのか?」
梓沙は、2年前の5月3日の出来事を貴矢が忘れていることにヘソを曲げたのだ。
貴矢がそれを思い出せば、梓沙の機嫌を取れるはずだ。
「何もしてない」
「何も覚えてないのか?」
「何も覚えてない」
「梓沙と付き合ってた期間って、たったの1ヶ月だよね? 印象的な出来事くらい思い出させるよね?」
「ちょうどその1ヶ月の記憶がないんだ……」
――ダメだ。このままでは梓沙に合わせる顔がない。
しかし、舞泉さんに手を引かれた梓沙が、ついに我々の前へと現れる。
舞泉さんは仕事が早い。
早過ぎるくらいに。
「貴矢、私に謝りたいことがあるらしいじゃない?」
これは舞泉さんのナイスアシストである。貴矢が謝るざるをえない土俵をすでに設定していたのだ。
「別に何も謝ることは……痛っ!」
せっかくのアシストを棒に振ろうとするサッカー部員の右足を、僕は思いっきり踏みつける。
そして、貴矢に耳打ちする。
「貴矢、とりあえず土下座しろ」
「土下座しろって言われても……」
貴矢が囁き声で抗議する。
「……ここだけの話、舞泉さん、今日は勝負下着だって」
「え!? マジ!?」
舞泉さんのスカートを覗き込むために貴矢がしゃがみ込んだところで、僕は貴矢の頭を床に押さえ付け、無理やり土下座の格好を取らせる。
舞泉さんを犠牲にするのは心苦しかったが、これもゆくゆくは舞泉さんのためになるのだ。お許し願いたい。
「おい、遼、一瞬見えたけど、舞泉さんのパ……痛っ!」
僕は、貴矢の頭を床に打ちつける。これ以上は言ってくれるな。色んな意味で。
「ほお、貴矢が土下座するとは珍しいわね。ようやく罪を償う気になったのね」
腕を組み、脚をクロスさせながら、梓沙はご満悦な様子である。
これで作戦成功……と思いきや、まだ最大のハードルが残されていた。
「それじゃあ、懺悔してもらおうかしら。5月3日、アンタが一体何をしでかしたのかを」




