構造(2)
「そんなことより、舞泉さん、水城先輩の事件については何か分かった?」
我ながら露骨過ぎる話題展開だったが、舞泉さんとしても歓迎する話題だったのだろう。
舞泉さんは、「ああ。多少は新たな情報がある」と言って、ブレザーのポケットを探り、僕に4つ折りのルーズリーフを手渡した。
そういえば、図書室でも同じようにルーズリーフを渡されて、「SAEGUSA MIOHA」の暗号について説明を受けたのである。
開いたルーズリーフに書かれていたのは、前回とは一転して、字はほとんどなく、図がメインだった。
「昨夜、祥子に電話をして訊いた情報を基に作成したのだ」
それを聞いた僕は、一旦注意が図から逸れて、「舞泉さんって祥子さんとは電話をするんだ」と神妙な気持ちになった。
「本当は、臨時休校の日のビデオ通話の時に聞きたかった情報なのだが、あの日は、なんというか、そういう空気ではなかったからな」
舞泉さんは、水城先輩の訃報にショックを受けていた僕に気遣い、事件のことはあえて深掘りしなかったとのことである。
僕は小声で「ありがとう」と言った後、ルーズリーフに視線を落とす。
「新しい情報というのは、水城先輩の死体の位置かな?」
「左様」
水城先輩は、円形校舎の真ん前で亡くなっていたとは聞いていたものの、円形校舎は、文字どおり円の形をしているため、どこが「真ん前」なのか、今まで分かっていなかった。
まるで水城先輩の死が最初から無かったかのように、円形校舎の周りのコンクリートの血痕が完全に消されていたので、尚更である。
舞泉さんが書いた図によると、水城先輩の死体は、南側、出入り口からは90度ズレた位置にあったということらしい。
「それから、円形校舎の周りに、『マット』って書かれてるけど……」
舞泉さんが書いた図の上の方、すなわち北側に、四角いものと、「マット」という文字が記載されている。
「それも祥子から仕入れた新情報だ。図の位置にマットが置かれていたらしい」
「マットって……」
「どうやら体操用のマットらしい。体育倉庫に置かれている」
「……ああ」
大体イメージはついた。でんぐり返しなどの運動で使う、1畳ほどのサイズで、耳がついていて、5cmほどの厚みのあるマットだろう。
「このマットが事件とどのような関係が……?」
「分からぬ。血痕も付いていなかったらしいから、一切関係ないのかもしれんな」
現場近くに敷かれていたマット――本当に事件と関係がないのだろうか。
言うまでもなく、普段は円形校舎の周りにそんなものは存在していない。
それが、事件の時にだけ存在していたのは、偶然だというのか。
真相は少しも分からなかったが、強い違和感を覚える。
「水城先輩の死体の腹は引き裂かれて、内臓は抜き取られていた、ということで間違いないんだよね?」
「ああ、間違いない。祥子の飛ばしたドローンは、死体の姿こそ目撃していないが、凄まじい範囲の血痕は目撃したようだ。それに、現場の複数の警察官が、『こんなグロテスクな光景は初めて見た』と口を揃えていたらしい」
その話を聞くだけで、僕は吐き気がしたが、こんなことで音を上げているようでは、真相解明は務まらない。
僕は、胃から込み上げてきた酸っぱいものをなんとか飲み込み、話を続ける。
「……抜き取られた内臓はどこに行ったの?」
「それは分からぬ」
「分からないということは、現場には無かったということだよね?」
「そういうことだ」
すると、抜き取られた内臓は、犯人が持ち去った、となろう。
犯人は、水城先輩の内臓が欲しくて、そのために水城先輩を殺した、というのだろうか。
果たして、それは人間の所業なのだろうか。
犯人は、本当に「悪魔」なのではないだろうか。
「まあ、抜き取られたのは、胃や腸など、あくまでも内臓の一部で、肝臓はそもそも抜き取られていなかったらしいが」
それに、と舞泉さんは続ける。
「抜き取り方も、決して綺麗なものではなかったらしい。むしろ、それは荒々しいものだったと」
なりふり構わず内臓を抜き取った、ということだろうか。
一体何が目的なのか。
完全に人智を超えている。
「念のため聞くけど、水城先輩の臓器が特殊だった、ということはないよね?」
「どういう意味だ?」
「たとえば、以前手術をした経験があって、その時に、高価な金属でできた器具を移植されたとか……」
舞泉さんが、ハハハと珍しく声を出して笑う。
「シモベ君、なかなか想像力たくましいな。無論、そのような事実はないぞ。簡単な検死も行われたが、腹を割かれる前の時雨の身体には、何も変わったことはなかったとのことだ。シモベ君の言うような特殊な金属も入ってなければ、新たな命を宿していたということもない」
新たな命を宿していたということもない、というのは、妊娠をしていなかったということだろう。
水城先輩のお腹に膨らみなどなかったことは、死の前日、水嶋先輩に抱きつかれた僕が一番分かっている。
それに、水城先輩は、まだ高校生で、これから大学受験を控えていたのである。当然、妊娠などしているはずがない。
「ところで、事件を通報したのは誰なの?」
事件が起きたのは、生徒も、教師も帰宅しているであろう夜遅くだったと聞いている。
それにも関わらず、千翔高校に、パトカーと救急車が来ていたとのことである。
誰かが学内の事件の存在を知り、夜明け前に通報したということだ。
しかし、それは一体誰なのか。
通報しうる人物がいるとしたら、それは犯人以外にいないのではないだろうか。
「22時頃に通報はあった。しかし、通報したのが誰かは分からぬ。その者は、電話口で名乗らなかったらしいからな」
氏名不詳の通報者――怪しい。
やはりその者が犯人ではないのだろうか。
「通報者の声に特徴はなかったのかな?」
「震えた女性の声だったという」
震えた女性の声、というのは僕にとって予期せぬ回答であった。
水城先輩の臓器を欲しがった「悪魔」の正体が女性であるというのも意外であるし、その声が震えていたというのも意外である。
具体的な犯人像が描けていたわけではないが、「震えた声の女性」は、少なくとも、犯人像からは大きく外れている。
「舞泉さん、その女性は、電話口で何を話したのかな?」
「千翔高校の円形校舎前という場所と、急患がいる、ということ以外には何も言わず、電話を切ったらしい」
「急患」ということは……
「110番じゃなくて、119番通報ということ?」
「そのとおりだ」
てっきり、警察に110番通報をしたのだと思っていた。
通報者が犯人だとすれば、必ずそうするだろうし、通報者が犯人じゃないとしても、内臓が抜き取られた死体を見れば、もう助からないことは自明ではないか。
何から何まで常識外れで、意味不明な事件である。
そもそも、これは現実に起きた事件なのだろうか。
祥子さんの証言を疑うつもりはないが、僕には、水城先輩の事件も、一種の「怪談」の類にしか思えなかった。




