悩み(2)
「え?……あ、えーっと……え?」
石月さんからの予期せぬ質問に、僕は狼狽する。
放課後の教室に2人きりで、向かい合わせに座っているというシチュエーションも、焦りをさらに高める。
そして、石月さんは、清楚なお嬢様で、クラスのマドンナである。
加えて、今まさに僕の目の前にある、ワイシャツがピンと張るほどの、発育の良い胸もある。
「そういう目」で見ようと思えば、いくらでも見れてしまう女性なのである。
――いや、待て。今の僕は、あまりにも冷静さを失ってしまっている。
石月さんの言葉を、「そういう風」に解釈するにはまだ早い。
「……石月さん、『好き』って、どういう意味?」
「どういう意味って?」
「なんというか……恋愛的な意味ではないよね?」
「……他にどういう意味があるんですか?」
――これは本当にマズい。
「いや……その……」
僕の目はあちこちに泳いでいるが、石月さんは僕の顔から目を離そうとしない。
「どうですか? 志茂部君、私のことは好きですか?」
今更再確認するまでもなく、石月さんは、愛らしいルックスである。性格をとっても、家柄をとっても、どこをとっても、男として、決して逃すわけにはいかない魚だ。
――ダメだ。「そういう目」で見てはいけない。
だって――
「石月さん、貴矢のことはどうしたの?」
――そうだ。石月さんには、貴矢がいるのだ。
石月さんと貴矢とは、「結婚を前提とした友達付き合い」をしているのだ。僕が割り込む余地などない。
僕が貴矢の名前を出した途端、石月さんの表情が曇る。
「志茂部君、私は今そのことですごく悩んでいるのです」
そういえばそうだ。
石月さんが、僕に放課後に残るように言ったのは、悩みを相談するため、だったのである。決して、僕に告白するためでも、僕に告白を迫るためでもない。
そのことを思い出し、僕の心拍数も少し落ち着く。
「野々原君は、本当は私のことなどどうでも良いんです」
石月さんが声を落とす。
石月さんの悩みは、ありていに言うと、恋人と上手くいっていない、ということになろうか。2人が恋人同士なのかどうかはよく分からないけれども。
「そんなことないと思うけど」
慰めではなく、本心である。
貴矢は、石月さんのことが好きだと思う。たしかに他の女の子にもちょっかいを出しているが、それは石月さんに冷めているからではなく、貴矢の、生まれつきの甲斐性の問題なのである。
「貴矢の本命は、石月さんだと思う」
「でも……」と、石月さんが消え入るような声で言う。
「……野々原君には、梓沙さんがいるじゃないですか」
なるほど。
それで石月さんは悩んでいたのか。
ありていに言うと、恋のライバル出現、という感じか。僕には全然しっくり来ないが。
「石月さんは勘違いしてるよ。貴矢と梓沙とは犬猿の仲なんだ。お互いに嫌い合ってて、お互いに好きとは正反対の感情を抱いていて……」
「私には、そうは見えませんでした。野々原君と梓沙さんは本当にお似合いです」
この点では、石月さんと意見が食い違ってしまう。
石月さんが、天然で、勘違いをしているのか。それとも、僕が「乙女心」を理解できていないだけなのか――
ここで議論をしても仕方がないのかもしれない。実際がどうであれ、石月さんが思い悩んでることは事実なのである。
「私、きっと野々原君に捨てられます」
「そんなわけないでしょ」
「絶対に捨てられます」
そんなことは絶対にないと思うが……
「……そうしたら、志茂部君、私のことを拾ってくれますか?」
もう1度質問と、クリクリした目の矛先が僕に向けられる。
また心拍数が急上昇する。
「志茂部君は、私のことを好きにはなれませんか?」
「……いや、その、別にそういうわけじゃないんだけど……」
「それとも、志茂部君は――」
石月さんが、無邪気に、僕の最大の弱点を突く。
「私ではなく、美都さんのことが好きなのですか?」




