救世主
「シモベ君、今から会えないか? 相談したいことがあるんだ」
舞泉さんが待ち合わせ場所に指定したのは、千翔高校の西側すぐにある公立図書館だった。
舞泉さんは、帰宅部で、放課後は基本的に学校の図書室にいる。
そして、臨時休校となっている今日も、図書館で会いたいと言うのだ。
よほど本が好きなのだろうか。それとも、静かな環境に身を置きたいということだろうか。
いずれにせよ、緊急ミーティングの直後、舞泉さんから招集のLINEが来たのは、僕にとって、二重の意味で嬉しかった。
まず嬉しかったのは、誰かと一緒に過ごせる用事ができたことである。
水城先輩の死を知ってしまった僕は、1人きりの家で過ごすことが耐えられる状況ではなかった。
1人でいると、否が応でも水城先輩のことを考えてしまう。優雅にピアノを弾く水城先輩、僕に気を遣ってくれる水城先輩、お化け屋敷で怖がる水城先輩、そして――
お腹を切り裂かれ、内臓を抜き取られた水城先輩の最期の姿。
水城先輩の死体の映像は、僕の中の想像である。
「ドローンを学校に送り込んだ頃には、もう死体は片付けられていた」
と、ビデオ通話中に祥子さんが言っていた。
祥子さんも水城先輩の死体は見ていない。
ただ、ドローンに付いたマイクによって、警察の会話を盗み聞きしただけだという。
それは不幸中の幸いだったと思う。
水城先輩のそんな姿、僕は絶対に見たくないし、祥子さんだってそうに違いない。
頭の中で思い描くだけで苦痛なのである。しかし、どうしても頭に浮かんでしまう。
白目を剥く顔、血塗れの全身、お腹の中は――
想像するたびに胸が苦しくなる。あんなに美しかった水城先輩がどうして――
水城先輩のことを考えずに済むためには、どうしても外出が必要だった。そして、一緒にいてくれる誰かが必要だった。
このタイミングで図書館に誘ってくれた舞泉さんは、まさに「救世主」だったのだ。
嬉しかったのはそれだけではない。
舞泉さんから早速LINEで連絡が来た、という事実が、僕の心の処方箋だった。
ようやく舞泉さんとLINEでやりとりできる関係になれたのである。それは大きな前進に思えた。
「シモベ君、この度はご愁傷様」
図書館のロビーで立って僕を待っていた舞泉さんは、深くお辞儀をした。
今回の件に関しては、やはり気を遣ってくれているらしい。
「舞泉さん、ビデオ通話はここでしてたの?」
開口一番に僕がそう質問をしたのは、舞泉さんの格好が、先ほどの緊急ミーティングの時と同じだったからである。
すなわち、寝間着と区別のつかない、上下黒のスウェット姿なのだ。
「ああ、そうだ。そこのベンチで座ってやっていた」
舞泉さんが指差した方を見ると、たしかに見覚えのある壁に沿ってベンチが並んでいる。先ほどのビデオ通話で背景となっていた木壁だ。
舞泉さんは、少なくとも昼過ぎから、ずっとこの図書館にいたらしい。
「舞泉さん、相談したいことって?」
内心、用事なんてどうでも良かった。
舞泉さんと会えただけで、僕の今日の目的は達している。
とはいえ、舞泉さんの方はそういうわけにはいかないだろう。
図書館には、小さな喫茶店が併設されているが、とりあえずそこでお茶をしましょう、という展開には、舞泉さんの場合にはならないのである。
案の定、舞泉さんは、左手に持っていた雑誌を僕の方に突き出して見せる。
それは、駅の売店やコンビニでよく見かける週刊誌だった。
「数日かけて取り寄せたバックナンバーだ。シモベ君、まずはこれを読んでくれ」
「……何が書いてあるの?」
「三枝澪葉の自殺に関する記事があるのだ」
まさか昨夜の水城先輩についての記事が過去の週刊誌に載っているはずはないのだが、少し身構えてしまっていた僕は、内心ホッとした。
千翔高校の生徒で、同期生で、ともに亡くなってしまっているという点では共通しているが、憧れの先輩と、会ったこともない人物とでは、僕の中での位置付けは異次元である。
澪葉さんの件には、僕は他人事として関わることができる。
「我には、この記事に矛盾があるように思うのだ」
「矛盾? どういう?」
「とりあえず読んでくれたまえ」
その前に、と舞泉さんが再度ベンチを指差す。
「そこのベンチに一緒に座ろうではないか。雑誌の立ち読みは良くないと聞いたことがあるからな」
最近、ブックマークや評価を下さる方が増えてとても嬉しいです。
仕事は今週が山場ですが、読んでくださってる方の存在を励みに頑張ります。




