打ち上げ(3)
「志茂部君」
「はい」
「お化けなんて存在しないよね? 誰かの見間違いか作り話だよね?」
「はい。そう思います」
「良かった……」
ここ1分弱で水城先輩と同じやりとりを3度繰り返している。
仄暗い館内の狭い廊下。前にも後ろにも人の姿は見えない。
水城先輩の左手には呪われし剣、僕の腕には死の秘宝の入った宝箱が抱えられている。
ともに入り口にいるスタッフに渡されたもので、剣はナイフ程度、宝箱はお弁当箱程度のミニサイズだ。
「何が入ってるか分からなくて怖い」と言って、水城先輩は宝箱の方を僕に押し付けたのだが、僕も水城先輩同様に小心者なので、その気持ちはよく分かる。
もっとも、自分よりも取り乱している者がいると自然と気が引き締まるのか、僕は想像以上に冷静だった。
「志茂部君、やっぱりお化けってさ……」
「水城先輩、大丈夫です! 誰かの見間違いか作り話です!」
コースに入ってしばらく廊下を歩いても、何も仕掛けはない。「嵐の前の静けさ」を狙った演出なのだろう。
ザザーと不穏な波音は聞こえているが、海賊帽を被ったガイコツが突然驚かしてくるようなこともなかった。
「私の財宝を奪ったのはお前か!?」
「ギャアアアア!」
角を曲がったところで、ついに海賊帽を被ったガイコツが突然脅かしてきて、水城先輩の理性のタガが外れた。
水城先輩は、その場で尻餅をつき、そのままの格好で這うようにして後退りを始めた。
「水城先輩、ただの仮装したスタッフですよ!」
「ち、違う……私じゃないよ……宝箱を持ってるのは志茂部君だから……」
水城先輩は、すでにお化け屋敷の世界観に呑まれてしまっているようだった。
「水城先輩、ここで座り込んでたら、海賊に襲われますよ! 早く進みましょう!」
「……は、はい」
完全に先輩後輩の地位が逆転してしまっている。
水城先輩は、腰を抜かしていて自力では立ち上がれないようだったので、仕方なく僕が手を差し伸べる。
その様子を、海賊帽を被ったガイコツの仮装をしたスタッフも、心配そうに見守っている。
水城先輩のしなやかな指が、僕の指に絡む。
背徳感はあるが、これは不可抗力である。
「志茂部君、走ろう」
「え?」
「全速力で」
僕の介助によってなんとか立ち上がった水城先輩は、1分1秒でも早くここを立ち去ろうという執念に駆られたようだ。
「志茂部君、ついてきて」
そう言うや否や、水城先輩は走り出した。
「ついてきて」と言われたから、というよりも、あまりにも心配だったので、僕も後を追いかける。
先ほど腰を抜かした地点の次の曲がり角に、水城先輩は消えていく。
そこに至るまでに、左右には人面魚等様々な仕掛けがあったのだが、幸いにも水城先輩の視界には入らなかったようである。
「水城先輩、待ってください。足元に気を付けないと転びますよ!」
僕は、姿の見えない水城先輩に警告を発する。
おそらくもう、声も届かない場所にいるのだろうが。
水城先輩が曲がっていった角に差し掛かったその時――
「うわあっ!」
「キャアっ!」
お化けに驚かされたのではない。
なぜか逆走してきていた水城先輩と正面衝突したのである。
そして、なぜか、あろうことか、水城先輩は、そのまま僕の背中に手を回し、抱きついてきた。
「志茂部君、向こうに幽霊が……」
「……み、水城先輩、お、落ち着いてください……」
この状況では、僕も落ち着けるはずがない。
水城先輩の豊満な胸が、僕の胸のあたりに当たっている。
当たっている、どころではない。ブラジャーのワイヤーの感触まで分かるほどに密着してしまっている。
水城先輩が、よりによって今日、両肩を露出した服を着ているのも、僕の罪悪感を高める要素だ。
水城先輩の荒い息遣いが、僕の首筋に先ほどから当たり続けている。
無論、抱きしめ返すわけにはいかず、かと言って突き飛ばすわけにもいかない。
僕は、硬直して仁王立ちしたまま、理性を保つよう自分に言い聞かせる。
絶対に許されざるシチュエーションだ。
――舞泉さん、ごめん。でも、決して僕が悪いわけではなくて――
「……志茂部君、お願い」
「……何ですか?」
「私と手を繋いで」
これも本来は許されないのだろう――しかし、この状況下ではやむを得ない。
僕が水城先輩の手を引き、エスコートしない限り、お化け屋敷は攻略できず、さらに「被害」が拡大するおそれがあるのだから。
僕は、水城先輩が差し出した手を、力強く握りしめる。
そして、そのままゴールに向かって闊歩する。
お化け屋敷が怖い、という感覚は僕にはもうない。
水城先輩は目をつぶり、僕の案内に委ねている。
途中からは、手を繋ぐよりもそちらの方が安心すると思ったのだろうか、腕を絡め、身体も僕に委ねていた。
水城先輩の身体は肉付きが良いわけではないのだが、それでも脳が蕩けそうなくらいに柔らかい。
そして、温かい。
舞泉さん、ごめん。本当に僕のせいではなくて――
ゴールに辿り着き、場面が明るくなると、僕は水城先輩の腕を優しく振り解く。
心の中で何度舞泉さんに謝っただろうか。
冷静になってみると、舞泉さんは僕のカノジョではないので、舞泉さんからすると、「シモベ君、なぜ我に謝るのだ?」という感じだろう。
「クリアおめでとうございます! ここで呪われし剣と死の秘宝の入った宝箱を返却してください!」
出口でスタッフに声を掛けられて、僕と水城先輩は初めて気がつく。
剣も宝箱も手元にない。おそらく、曲がり角でぶつかった時に落としてしまったのだ。
「……無くしちゃったみたいね」
「水城先輩は、呪われた剣を無くしてしまったので……呪われます」
「ギャアア!」
水城先輩が、また僕に抱きつく。
舞泉さん、ごめん。僕は悪くない
――とは言えないかもしれない。今回に関しては。
この日感じた水城先輩の体温は、僕にとって一生忘れられないものになった。
水城先輩は僕にとって憧れの存在だったし、僕は女性経験に乏しかった。それは紛れもない事実だ。
――ただ、忘れられなくなってしまった理由は他にあった。
水城先輩の体温は、僕に移され、その後、すぐに失われてしまったのである。
僕とお化け屋敷に入った翌日、水城先輩は亡くなった。
何者かに無惨に殺され、彼女は、一生体温を奪われてしまったのである。
はい。これで第2章「消えた自殺者」も終了です。
ペースとしては理想どおりで、GW中に第2章を終えられたので、おそらく当初の目標どおり5月中に完結できると思います。40日で15万字弱書ければ上等ですよね。多分。
そして、ようやく人を殺せました(苦笑)
できれば冒頭、おそくとも最初の4分の1でメインの殺人を起こす、というのが僕のミステリー哲学なので、本作は完全にそれに反していますが、キャラ小説感を出すためにやむを得なかったかな、と。
殺人は第2章の終わりでしたが、それまでに「校庭に埋められた死体」とか「消えた自殺者」とか、それなりの謎は提示していたと思うので許してください。
人を殺せたことの安堵感が半端ないです(苦笑)
これでようやくミステリー小説を名乗れるので、宣伝等、読者様を集める工夫も少しずつ始めていきます。
それでは、第3章「切り裂き殺人」もよろしくお願いします。
ブックマーク下さってる方々、ブックマークは付けられないけれども連載を追ってくださってる方々、本当にありがとうございます。とても励みになります。
今作は自信と信念を持って書いているつもりですが、読者様がいないと心が折れかねないので、引き続きご支援のほどよろしくお願いします。




