乙女心(1)
「ミト様、この店をよく見つけたよな。今まで何度も前を通ってたのに、俺はちっとも看板に気付かなかったよ」
「貴矢は道行く女子ばかり見てるからだろ」
「ミト様には全てお見通しなんだな。あはは」
セルフサービスで持ってきた水を啜りながら、僕は2人のやりとりを微笑ましく見つめていた。
舞泉さんは、相変わらず貴矢には厳しいが、少なくとも、会話をするようになっている。
それに、呼び方も「下賤の者」から「貴矢」に変わった。
目覚ましい進歩である。
「ミト様はいつも姿勢正しく、胸張って、前を見て歩いてるもんな……胸はないけど」
「黙れ。下賤の者」
……また下賤の者に戻ってしまった。
「うふふ。私も何度も通ってますが、看板には気付きませんでした。穴場のファミレスですね」
貴矢と石月さんに同じく、僕も、千翔高校のすぐそばにあるこのファミレスの存在に、今日まで気付いていなかった。
フランスの家庭料理が驚きの価格帯で提供される大手ファミリーレストランの「シャンゼリア」。
今まで何店舗も使ったことがあるが、ここまで地味な立地で、看板の位置もサイズも控えめな「シャンゼリア」は初めて見た。
平日の夕方に、僕らのグループを含めて、4組しか客はいない。
高校の正門から徒歩8分ほどなのに、千翔高校の制服を着ているのは我々だけだ。
店舗奥の壁が一面鏡張りになっており、それに写ることで客数は2倍に見えるのだが、それでも寂しさは否めない。
石月さんの言うとおり、「穴場」なのである。
「これでゆっくり期末試験の勉強ができますね」
「そうだな。助かるよ」
そう言って、石月さんと貴矢は、カバンから各々の勉強道具を取り出す。
石月さんは数学A、貴矢は古典の参考書をそれぞれ広げる。
今日は金曜日。
僕が、結局買わざるを得なかったアコースティックギターで、近隣からクレームが来ないように気を付けつつ、連日深夜まで練習して備えた追い出しコンサートは、昨日終わった。
無事に終わった――と言っていいだろう。
ミスもたくさんあったし、初心者に毛が生えた者に過ぎない演奏だったが、丹後先輩のパワフルな歌声によって誤魔化せたこともあり、なんとか形にはなった。
部活を卒業する3年生の先輩は褒めてくれたし、中には、後進の育成が上手くいっている、と涙を流す先輩もいた。
僕も、大トリで、3年生が演奏したHYの「モノクロ」には胸にグッと来るものがあり、目に熱いものが込み上げた。
追い出しコンサートが終わって一息かというと、イマドキの高校生はそんなに暇ではない。
その翌日から試験1週間前となり、試験勉強で再び徹夜を強いられる日々が始まったのだ。
千翔高校では、試験1週間前から全ての部活動が停止されるので、平日は毎日練習があるサッカー部と陸上部も、当然お休みになる。
ゆえに、今日は貴矢と石月さんも放課後に合流することができたのである。
「なんでコイツら、日本人なのに日本語喋らないのかな?」
「野々原君、古典は日本語ですよ」
「ああ。そうか」
貴矢と石月さんもだいぶ息が合ってきたように見える。
この4人組での行動は、人付き合いがそれほど上手くはない貴矢にとっても、心地の良いものとなってきただろう。
ちなみに、今日「シャンゼリア」に4人が集まった名目は、試験勉強をするためである。
貴矢と石月さんは、本当に試験勉強をするためにここに来ている。
僕だって、今日は英語の授業の復習をするつもりで、これまでのノートを全て持参した。
しかし、舞泉さんの目的が違う点にあることは明らかだった。
舞泉さんは、偶然「シャンゼリア」の看板を見つけ、この店の存在に気付いたわけではない。
海の家での祥子さんの話にあった「高校のそばのファミレス」を、なんとかして探し当てたのである。
ここは、生前の澪葉さんのバイト先で、澪葉さんが横領行為を働いたファミレスなのだ。
舞泉さんは、勉強道具をテーブルに出さず、先ほどからキョロキョロと店内を見渡している。
澪葉さんについての何か手掛かりがないかを探しているのだ。
僕は、向かいの席の舞泉さんに話しかける。
「店長さんに事情を訊くのはどうかな?」
「我もそれを考えていた。しかし、店長の姿が見当たらないのだ」
店長どころか、少なくとも現在においては、ホールには1人も店員がいない。
僕は、テーブルの隅に置かれている呼び鈴を指差す。
「とりあえずこれでお店の人を呼んでみない? そもそも、何も注文しないで居座るわけにもいかないだろうし」
「そうだな」
「じゃあ、まずメニューを見て何を頼むか決め……」
ピンポーン――
僕がメニュー表に手を掛ける前に、舞泉さんは素早く呼び鈴を鳴らした。
決めたら即実行、が舞泉さんのモットーである。
ピンポーン――
ピンポーンピンポーン――
ピンポーンピンポーンピンポーン――
「ちょっと舞泉さん! そんなに何回も呼び鈴を鳴らさないでよ! 迷惑客だと思われるじゃん!」
「だって、誰も来ぬから」
「店員さんも、瞬間移動でもしない限り、そんなすぐには来れないでしょ!」
「……え? シモベ君、瞬間移動のやり方を知っているのか!? どうやってやるんだ!? 我に教えてくれ!!」
「え?……いや、そうじゃなくて、僕はただの例えで……」
「お客様、大変長らくお待たせしました」
舞泉さんと実りのない口論をしているうちに、店員さんが急いで来てくれたようだ。
とりあえず呼び鈴を連続して鳴らしてしまったことを謝らなければなるまい。
「申し訳ありません。呼び鈴が壊れてるのかと勘違い……え!?」
店員の顔を見た時、僕はとんでもないことに気が付いてしまった。
――最悪だ。呼び鈴によって、僕らは修羅場を呼び出してしまったのである。
シャンゼリアの青と白の制服を着て立っている三つ編みの少女は、中学校の同級生――嶺岸梓沙だった。
遭遇しなかった期間はまだ半年もないので、見た目は当時と何も変わらない。西洋人のようにハッキリとした目鼻のパーツ、ちょっぴりセクシーな厚めの唇、それらのパーツとはギャップのあるあどけない卵型の輪郭。
梓沙は、呼び鈴を連打した舞泉さんのことも、謝罪の言葉を述べようとした僕のことも一瞥すらしない。
そうではなく、まっすぐに、奥の席の天敵――貴矢のことを睨んでいる。
梓沙が、金切り声でヒステリックに叫ぶ。
「貴矢! また私につきまとって来たのね! この変態ストーカー!」




