合わせ練習
ポロロロン――
Fコードは、不安定ながらも鳴るようになった。
しかし、今日もまた気は漫ろである。
祥子さんがしてくれた怪談話は、違った意味で、僕にえも言われぬ恐怖を与えていた。
あの怪談の舞台は、間違いなく、僕らが通う千翔高校、そして、僕が今いる音楽室なのである。
その何よりの証拠が円形校舎だ。
千翔高校には、怪談話のとおり、円形校舎たる古い塔状の建物があり、そして、それは、音楽室と隣接しているのである。
怪談の舞台がこの音楽室だとすると、登場人物のA子、B助、C香は、いずれもポップソング部の部員ということになる。
この音楽室を使用している部活は、僕たちポップソング部だけではなく、ポップソング部の練習がない日には吹奏楽部も使っている。
しかし、怪談話のA子はアコースティックギターを弾いていた。
この音楽室でアコースティックギターを扱っている部活は、ポップソング部だけなのである。
僕は今、怪談話の延長線上の世界にいる。
ふいに窓の外を見遣る。
円形校舎には誰もいない。
というか、円形校舎の窓にはカーテンが閉まっており、中の様子を知ることはできない。
ただ、少なくとも、白い服を着た女性がこちらを見ているということはない。
それでも、僕は落ち着くことができなかった。
怪談話はあくまでも怪談話であり、所詮は作り話なのだろう。
しかし、もしもあの怪談話の中に一定の真実が含まれているのだとすれば――
「おい、遼」
「うわあっ!」
いきなり背後から声を掛けられたので、僕は座っていた椅子から飛び上がって声を上げる。
僕に声を掛けたのは、ギターを抱えた詠一である。
「随分大袈裟に驚くんだね。もしかして、水城先輩に影響されたの?」
「……違うよ。詠一が声を掛けるタイミングが悪いんだよ」
「どういう意味?」
「鬼の間」で聞いた怪談話について、詠一に話すつもりはない。
僕は、「それよりも何か用?」とあからさまに話を逸らす。
「用……というか、追い出しコンサートも迫ってるでしょ? 『チェリー』の合わせ練習がしたいな、って思って」
「たしかにやった方が良いね」
「じゃあ、丹後先輩にも声を掛けるね」
詠一は、窓際の席で楽譜を眺めていた丹後知華先輩に、小走りで近づいて行く。
丹後知華先輩は、女子バスケ部とポップソング部を兼部する、パワフルな3年生である。
バスケ部の練習がない日か、コンサートの直前にだけポップソング部に現れる。
楽器は弾けない、というか、一切練習していないのだが、歌が上手く、ボーカル要員として重宝されているのだ。
丹後先輩は、ショートカットで、八重歯が特徴的で、猫っぽい顔つきをしている。
「おお、新入生、ギターはもうパーフェクトなんだね?」
おそらくは冷やかしなのだろうが、そんなことを言いながら、丹後先輩は僕のところへ来る。
「パーフェクトではないです。ただ、なんとか一応形にはなってるかと……」
「志茂部君、もっと自信を持ちなさい! ギターを弾けるというのはすごいことなんだから!」
丹後先輩は、僕の肩を力任せにバシッと叩く。
「いててて……」
なんというか、体育会系の人である。
「じゃあ、早速合わせ練習といこう! 新入生たち準備をして!」
「はい!」
詠一が元気よく返事をする。そして、僕の隣に丸椅子を置くと、ギターを構えて座る。
僕もピックを握り直す。
本番ではなく練習だとはいえ、緊張で手汗が出てくる。
僕らに背を向ける格好で、丹後先輩が仁王立ちする。ふうと深呼吸する音が聞こえる。
「それじゃあ、遼、行くよ」
「OK!」
詠一が、トントントントンとギターのボディを4回叩く。それを合図に、僕は、最初のCコードを鳴らす。
初めての合わせ練習に、よくも悪くも頭の中は真っ白である。
自分がちゃんとリズムが刻めているのかは不安だったが、無意識のうちに手は動いてくれた。練習の成果だろう。
イントロの後、丹後先輩が、元気いっぱいに歌い出す。まっすぐで力強い声が、体全体から発せられる。
丹後先輩の声量に、思い思いに自分の楽器の練習をしていた部員たちの手が止まる。
新入生の最初の合わせ練習を一目見ようと、彼らは、僕らのところへ集まってくる。
僕は演奏に必死で、手元から目が離せなかったのだが、僕らに視線が集まっていることは、なんとなく雰囲気で分かる。
僕は無我夢中で弦を押さえる。
後半は若干力尽きて、とりわけFコードはカスカスだったが、気にしていられない。
とにかく、最後までやり切らねば。
大サビの前の間奏は、丹後先輩の歌がないので、一層緊張する。
弦を押さえる左手は、ほとんど麻痺して感覚がない。
最後のコードを鳴らしたところで、僕はようやく顔を上げる。
「ブラボー!」
7名ほどの聴衆から拍手が巻き起こる。
驚くことに、水城先輩もピアノの演奏を中断し、僕らの演奏を見てくれていたようだ。
微笑みながら、僕らに拍手を送ってくれている。
もちろん「新入生にしてはよくやった」というレベルの、温情ゆえの拍手なのだが、それでも僕は誇らしかった。隣の詠一も満更でもない顔をしている。
――待てよ。
僕は、聴衆の中に、本来いてはならない人物がいることに気が付く。
「シモベ君、すごいじゃないか! そんな隠し芸を持ってるなんて、我は知らなかったぞ」
1人だけブレザーを羽織っている女子生徒――舞泉さんである。
他の部員に混じって、乾いた音の拍手をしている。
「舞泉さん、ここで何してるの!?」
「シモベ君の方こそ、ここで何してるのだ?」
たしかにポップソング部のことは舞泉さんには話していなかった。
隠していたわけではないが、話す機会がなかった。
「遼、もしかしてカノジョ?」
「違う!」
僕は、詠一の勘違いをすかさずに糾す。
「志茂部君、もしかして入部希望者かな?」
「違います」
僕は、東海林先輩の期待も即座に退けた。
次の話は図(着手未了)を入れなければいけないので、毎日投稿が滞るピンチですが、最悪徹夜します……




