鬼の間(2)
「着きました! ここです!」
石月さんが指し示した目的地は、「普通」の日本家屋であった。
僕が住んでいる一軒家よりは大きいかもしれないが、そこまで変わりはない。
頑強な門があるわけでなければ、広い庭がついているわけでもない。敷地面積100平米くらいの、2階建の古びた木造住宅だ。
正直、僕は拍子抜けしていた。
石月さんの両親は経済界の大物で、大金持ちだと聞いていたので、てっきり、石月さんの家は豪邸だと思っていたのである。
「……ここが石月さんの家?」
「はい。粗末な別邸で申し訳ないのですが」
「別邸!?」
「はい。本邸はもう少し高校に近いところにありまして、これは別邸です。ちなみに、石月家の別邸は全国に12箇所あります」
驚愕して、顎が外れるかと思った。
住居を13軒も所有している人なんて聞いたことがない。やはり石月さんの家族は、桁違いの大金持ちである。
「鍵を探すので待っていてください」
玄関ドアの前に立つと、石月さんは、カバンの中から、リングでまとめられた鍵の束を取り出す。
そして、ジャラジャラと選別を始める。13軒分の鍵が付いているのだろう。
「いきなりおうちデートなんて、小百合ちゃんは大胆だなあ」
貴矢はまだそんなことを言っている。
舞泉さんはというと、フードを深く被ったまま、貴矢との間に必ず僕を置くようにしつつ、ここまでついてきていた。
「みなさん、この部屋で少し休んでいてください!」
石月さんが3人を案内したのは、狭い木の階段で2階に上がったところにある広間だった。
畳張りで、襖によって仕切られている和室である。そこに予め座布団が4枚敷かれていた。高級そうな、分厚い座布団である。
「小百合ちゃん、この座布団使って良いの?」
「もちろんです。私は準備があるので、一旦外しますね」
そう言って、石月さんは、襖の向こうへと消えていった。お茶菓子の準備でもしてくれるのだろうか。
早速貴矢が座布団に胡座をかく。
僕もそれに倣う。
舞泉さんは、すでに敷かれている座布団を持ち運び、貴矢と十分に距離を取った上で、座布団敷き直し、その上に正座をした。
「ミト様、そこまで俺のことを嫌うことないんじゃないか?」
「別に嫌ってはいない」
「じゃあ、仲良くお話ししようぜ」
「それはできない」
雪解けの気配は今のところない。
これから先、2人が和解することはあるのだろうか。
石月さんが襖の向こうに消えてから、10分ほどが経った。
お茶菓子の準備にしては、だいぶ時間がかかり過ぎている。
「石月さん、遅いね」
「もしかすると小百合ちゃんは俺のために手作り料理を作ってるのかもしれないぜ」
「ありえないでしょ」
仮に石月さんが別邸に着いてから長々と料理を始めるのだとすれば、その前に飲み物くらいは寄越してくれるように思う。
この和室はクーラーが効いているが、外は夏の陽気で、喉はカラカラだった。
石月さんを待つ間、僕には気になって仕方ないことが2つあった。
1つ目は、和室にステージのようなものがあることである。
まるで旅館の宴会場のように、部屋の1辺に木の段があるのだ。
もう1つは、その対辺にある襖の向こうから、何やら機械音のようなものがすることである。
部屋に入った時はそのような音は聞こえなかったが、つい3分ほど前から、何か大型の機械を立ち上げるような音が聞こえる。
「シモベ君、襖の向こうから何か聞こえるよな?」
舞泉さんも機械音が気になっているようだ。
「そうだね。開けて確認してみようか?」
「シモベ君、頼む」
僕が座布団から立ち上がろうとしたところ、突然、部屋の明かりが消えた。
「うわあっ!」
びっくりして悲鳴を上げたのは僕である。
襖は全て閉じており、外から陽光は入って来ないため、部屋は真っ暗である。
「停電か!?」
貴矢が声を上げる。
「いや、違う。クーラーはついたままだ」
たしかに舞泉さんの指摘どおり、クーラーは変わらず稼働している。明かりだけが消えてしまったのだ。
バリバリバリ――
「うわあっ!」
僕はまた悲鳴を上げる。閃光とともに、轟音がする。
雷である。
「おい。遼、なんで室内に雷が落ちるんだ?」
「僕に聞かれても……」
「おそらく演出だ」
舞泉さんが冷静に指摘する。
今度は「ドコドコドコ」と太鼓の音がする。
それとともに、「ステージ」の背後の壁に桜吹雪が舞う。
暗闇に桜吹雪――明らかに演出である。
おそらくプロジェクションマッピングを用いて、壁に映像を映しているのだ。
突然、部屋の明かりが戻った。
「うわあっ!」
僕が3度目の悲鳴を上げたのは、明るくなった部屋の、「ステージ」の上に鬼がいたからである。
――否、鬼ではない。
赤鬼の能面を被った、赤黒の唐松模様の着物を纏った女性が、「ステージ」の上に立っているのだ。
おそらく、暗闇に乗じて、この部屋に入ってきたのだろう。
「お前、何者だ!?」
舞泉さんが立ち上がり、鬼の能面を睨みつける。鬼の能面も舞泉さんを睨み返す――というか、元々そのような形相である。
「ようこそ。『鬼の間』へ。今からお前らは、身の毛もよだつような戦慄を味わうことになる」
鬼の能面を被った着物の女性は、フフフと不気味に笑う。声は石月さんのものではない。
「誰だ!? 名前を名乗れ!」
「良かろう。私の名は……」
着物の女性が、パッと能面を放り投げる。
能面の下は、目のクリクリした色白の美少女だった。
「私の名前は、石月祥子。小百合の姉だ!」




