ダウジング(1)
「シモベ君、もう少し左に移動できないか? あと3歩」
「了解」
舞泉さんが、体の向きを保ったまま、カニ歩きのような格好で、左、すなわち僕のいる方へ動き出す。
その動作に合わせて、舞泉さんの体に触れぬよう、かといって、舞泉さんから遠ざかり過ぎぬように、僕は同じようにカニ歩きをする。
先週末から天気が崩れており、週明け月曜日である今日も、朝から冷たい雨が降り続いている。
本格的に梅雨が到来したのだ。
僕の役目は、右手に開いたビニール傘を持ち、舞泉さんが濡れないようにガードすることである。
相合傘――という表現が適切かは分からない。2人は歩いているわけではないからだ。
それに僕の方はともかく、舞泉さんは、2人の距離の近さに胸を高鳴らせることもない。
舞泉さんは、自分の「作業」に集中しており、黒子役としてを超えては、僕の存在を意識していないのである。
舞泉さんの両手には、「不思議な装置」が握られている。
トンファーのように持ち手のある木の棒。その先端から糸が下がっており、もう一端には色のない透明なビー玉が付いている。
舞泉さんは、そのようには呼称しなかったが、それは間違いなく「ダウジング装置」である。
「ここでもないな……」
舞泉さんが眉をひそめる。先ほどからずっとこんな調子である。
空色同様、今日の舞泉さんの顔色は冴えない。
舞泉さんと僕は、校庭の花壇にいて、「ダウジング」を試みているのである。
捜索しているものは、言うまでもなく、死体である。
舞泉さんが見つけた図書館の本の落書きにあった「死体」を探しているのだ。
先週、舞泉さんと図書室で落書きについて話している時には、舞泉さんは、落書きの真偽--すなわち、実際に校庭に死体が埋まってるかどうかについては「分からない」という立場だったように思う。
「魂は生者のものだ。死者の霊などというものは単なるまやかしだ」とか言っていた。
死者には魂が存在しない以上、舞泉さんが死者と交信することもできず、埋まっている死体の有無も分からないということなのだろう。
しかし、舞泉さんには、死者と交信する「超能力」はなくとも、埋まっている死体の位置を明らかにする「超能力」はあるらしい。
その「超能力」のために用いる装置が、今舞泉さんの手に握られている「ダウジング装置」ということのようだ。
舞泉さん曰く、土日を費やして製作したとのことだ。その割には、なんというか、チャチい気もするが。
「舞泉さん、ちょっと訊いても良いかな?」
「なんだ?」
「そのビー玉のことなんだけど」
「ダウジング装置」の先端についているガラス玉のことである。
「ビー玉?……ああ、これのことか。これはビー玉ではない」
「じゃあ、何?」
「『オーブ』だ」
「オーブ」という単語は聞いたことがある。あれはアニメだったかRPGゲームだったか、いずれにせよ現実世界のことではない。
「オーブ」と聞いて、「ああ、なるほど」とは決してならないが、浮世離れしたパワーを持っているものだ、と舞泉さんが言いたいということは分かった。
「このオーブを見ると、死体の位置が分かるの?」
先ほどから、舞泉さんは、立ち位置を少しずつ変えては、2つのオーブをじっと観察していたのである。
そして、「違う」「ここでもない」「もっと向こうか」などと呟いていた。
少なくとも僕の目には、糸に吊されたオーブが一定方向に動いているようにも、透明なオーブに何かが映っているようにも見えなかったので、舞泉さんが何を見ているのか、ずっと疑問だったのである。
「シモベ君、我はオーブを見ているわけではない」
「何を見てるの?」
「地面だ」
舞泉さんは、堂々とそう言ったが、何とも間抜けな格好である。
地面を見て、死体が埋められている痕跡があるかどうかを判断するのであれば、「ダウジング装置」など不要ではないか。
「じゃあ、オーブには意味はないの?」
「もちろんあるぞ。球体というのは、無駄のない、完璧な形なんだ。理想の形ともいえる。真理は球体に宿るのだ」
意味不明である。そのことと死体捜索には一体何の関係があるというのか。
「ともあれ、花壇には死体は埋まっていないことは分かった。シモベ君、移動するぞ」
「次はどこを探すの?」
「怪しいのは……」
舞泉さんがオーブを見つめる。やはりオーブを見ているではないか。
「テニスコートの方だ」
「……了解」
雨が降り続けていることで、外の気温はだいぶ冷え込んでいる。普段からブレザーを脱がない舞泉さんだけでなく、今日は僕もブレザーを羽織っている。
舞泉さんとお揃い……と強調するほどでもないか。
外が寒いのは死体捜索にとって阻害要因に違いなかったが、雨によって運動部が活動ができないことは好都合だった。
いつもならば野球部やらサッカー部やらテニス部やらで騒ついている放課後の校庭に、僕と舞泉さん以外、誰もいないのである。
メリットは、捜索範囲が限定されない、ということだけではない。
誰にも見られないで済む、というのが最大のメリットだ。
舞泉さんのような美少女と一緒にいるところはむしろ見せびらかしたいのだが、「ダウジング装置」を使っているところは見られたくない。
僕まで「変な奴」だと思われてしまう。
「行くぞ!」
舞泉さんがテニスコートの方に向けて、駆け出したので、舞泉さんが雨に濡れないように、傘を持った僕も慌てて駆け出す。
「舞泉さん、待って……わあっ!」
僕は、泥に足を取られて滑り、尻餅をつく。
舞泉さんが急に止まったからである。
制服のズボンが泥まみれだ。舞泉さんの脚やスカートにも泥が飛び散ってしまった。
「舞泉さん、たしかに僕は『待って』って言ったけど、急に立ち止まられても……」
「シモベ君、そうではない。誰かいるんだ」
「誰かいる?」
「何者かが我々を尾けている」




