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正体(2)

 拍子抜けする思いだったが、普通はそうだろう。

 定期的に図書室に通う目的なんて、静謐な環境で勉強をすることくらいである。


 実際に、僕は、舞泉さんに声を掛ける前は、舞泉さんから離れた席で、テキストを広げ、宿題などをやっていたのである。それは、舞泉さんの姿を眺めるという目的を隠すためのカモフラージュに過ぎなかったのだが。



「定期試験の勉強? そんなわけないじゃん」


「本当だね? 僕は遼のこと信じてるからね」


 勉強をしていると白い目で見られるというのは、学生の本分を考えると不思議なのだが、中学時代からずっとそうだった。

 受験期を例外として、真面目に勉強しているということはオカシなことで、カッコ悪いことだという、悪しき通念が広まっているのだ。



「それより、詠一、もう1曲やるって、一体何の曲をやるんだ?」


 よくぞ訊いてくれた、と言わんばかりに詠一の表情が明るくなる。



「スキマスイッチの『奏』さ」


「それは名曲だね」


 スピッツの「チェリー」同様に、僕や詠一が生まれる前に発売された曲であるが、僕らの世代も含め、誰もが知っている名曲である。



「でも、『奏』をギターでやるの? あの曲はどう考えてもピアノがメインでしょ?」


「もちろん、ピアノ付きだよ。2人でやるんだ」


「誰と?」


「水城先輩と」


「……マジかよ」


 なるほど。だから詠一はこんなにもドヤ顔なのか。


 言われてみると、先ほど水城先輩が「奏」のイントロを弾いていた気がする。

 力強くも、どこか悲しげなフレーズ。



「羨ましいだろ?」


「別に」


 詠一はギターを抱えたまましゃがみ込むと、うっとりした表情で水城先輩を見つめ始めた。


 僕も水城先輩が演奏する様子をマジマジと観察する。


 今は水城先輩は、一転して、疾走感溢れるフレーズを演奏している。aikoの「キラキラ」だ。


 演奏というのは、音を出すだけではない。

 

 水城先輩は、表情でも曲を「演奏」している。明るい曲を弾いているときには、生き生きとした表情で、時折笑顔なども見せるのだ。



「羨ましいだろ?」


「しつこいな」



 同学年の詠一が、追いコンで水城先輩とデュオを組んだところで、僕には得るものも失うものもない。


 とはいえ、心境は複雑である。羨ましくないと言えば嘘になるし、悔しさもある。



「ねえ。そこの新入生2人、水城先輩に見惚れてる場合じゃないでしょ!」


 ポンっ、ポンッという軽快な音と、わずかな衝撃が頭に残る。


 東海林しょうじ那央なお先輩が、丸めた楽譜で、僕と詠一の頭を叩いたのだ。



 東海林先輩は、僕らの1学年上の2年生であり、3年生がいなくなった後にポップソング部の部長になることが内定している。


 ピッタリと切り揃えられた前髪同様に、几帳面な性格であり、わずか2ヶ月一緒にいただけだが、人選が正しいことに疑いはない。



「東海林先輩、遼はともかく、僕は見惚れてなんていません」


「詠一、抜け駆けするなよ!」


「志茂部君!」


 東海林先輩が睨みつけているのは僕である。

 丸っこい童顔なのだが、こうも目が吊り上がってるとさすがに怖い。



「東海林先輩、詠一の言葉なんか信じないでください!」


「そうじゃない! 私が志茂部君を怒ってるのは、志茂部君の方が練習不足だからだよ! 粕屋君はもう『チェリー』が弾けるんだから!」


 そういう理由ならば、もうぐうの音も出ない。

 自らの惰性を呪うしかないのだ。



「私も2人の気持ちは分かるよ。水城先輩は綺麗だから」


 そう言って、東海林先輩も、詠一の隣にしゃがみ込む。



「本当に綺麗……」


 東海林先輩も、詠一同様、うっとりとした表情を見せる。


 まるで、僕と詠一と東海林先輩の3人で、ストリートミュージシャン水城時雨を見守るかのような構図だ。


 とはいえ、7メートルほどの距離があるのと、水城先輩は音楽の世界に入り込んでいるため、水城先輩は観客の存在に気付いていない。


 おそらく、先ほど来からの客席の声も聞こえていない。



「綺麗なだけじゃなく、水城先輩は完璧なの。ピアノの腕前はもちろん、勉強もできるし、スポーツもできるし、優しいし」


「ですよね」


 僕と詠一が同時に相槌を打つ。



「まさに全校生徒の憧れの的ね。私、生まれ変わるなら水城先輩になりたい」


 でも、と東海林先輩が続ける。



「実は、そんな水城先輩にも1つ欠点があるの」


「え? そうなんですか?」


「志茂部君、知らないでしょ」


「僕も知らないです。教えてください」


 水城先輩に欠点があるだなんて、にわかには信じられない話である。



「教えてあげるよ。新入生たち、見てなさい」


 東海林先輩はおもむろに立ち上がると、水城先輩の方にそろりと近づいて行った。

 


 演奏に夢中になっている水城先輩は、それに気付く様子はない。



 東海林先輩は、さらにゆっくりと水城先輩の背後に回り込むと、覆い被さるように腕を回し、


「わっ!」


と声を上げた。



「キャアアア!」


 音楽室に響いたのは、一瞬何の音がしたのか分からなかったほどに、普段の地声とは違う、水城先輩の悲鳴。


 同時に、水城先輩は、椅子ごと後ろにつんのめった。東海林先輩が抱きかかえていなければ、床に後頭部を強打していたに違いない。


 東海林先輩に背中を預けながら、水城先輩は、カクカクと震えていた。顔は真っ青だ。



「……だ、誰……?」


「お前を攫いに来た」


「ギャアアア!」


 東海林先輩のくだらない冗談にも、水城先輩は震え上がっている。



 水城先輩の、異様としか言いようのない姿に、僕は唖然とした。隣を見ると、詠一もあんぐり口を開けている。



「1年生たち、分かったかな? これが水城先輩の『正体』なの。水城先輩は、極度の怖がりなのよ」


 今日は家族でドラえもんの映画を見に行きます。

 影響されやすいタイプなので、この作品にも「秘密道具」が出てくるかもしれません(出てきません)


 作品内に出てくる楽曲から世代がバレそうですね。。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完璧超人にも、欠点なくちゃ可愛くないよね( ´∀` )
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