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第38話「故郷の唄声、迫る者」

「ねぇ、みんな大丈夫かしら……」


ふと、旧核シェルターの中で、一人の年配の女性が呟いた。


「私の息子は怪我なんてしないわよね……!?」


「そんなこと言ったら、私の子だって……!」


その言葉を歯切りに、避難していたほとんどの人が不安の言葉を漏らし始める。

このコンラという国は、移動しているおかげで他国の侵攻が起こることはずっと起こらなかった。


それはこの国が誕生して、今の今までずっとそうだった。アデルバートが来るまでは、戦闘経験を持つ人間なんてひとりもいなかったのだ。


「お前ら、自分を、家族を守れるようになりたいなら武器を取れ。やり方は俺が教える」


2年ほど前。過剰すぎる国税を支払うことが出来ず、貴族が馬に跨り、貧民たちの両足を縛り付け毎日のように引きずり続けていた貴族たちの前にアデルバートが現れたのは————


「ここもかよ」


そう呟いた刹那、馬に跨っていた小太りの貴族の首が人形のようにポロリと落ちて

命を落とした。それから、当時の王は急死し王族貴族制度は廃止された。


今の王制度は、決して同じ過ちを繰り返すな。という脅迫恐喝の元に新たに成り立った仮の物だった。


初めは皆歓喜した。救いの手が現実になって差し伸べてくれたのだと。彼の元王族や貴族に対する罰全ては民たちが無理やり課せられていた物全てを彼らが負担するというものだった。


それに納得せず、反発した貴族たちは大勢いたが、それはアデルバートの手によって一夜にして姿を消した。今では仮の王族制度のみが機能し民たちの生活を支えているのだった。


しかし、その件と今回の戦争の件は別件だ。彼女たちは成長した我が子たちを戦場に引き出されている。それも初めての実戦という形で、不慣れなことばかりで戸惑うことばかりのはずだ。


その点だけを見てしまえば、息子たちを戦場に駆り出した“死神”として、アデルバートは認知されてしまった。


「あの蒼髪、最初は私達のためにと思っていたのに、突然戦争に息子を駆り出すなんて……!とんでもないわよ!」


「そうよ、そうよ!あいつも根本的には貴族となんら変わりないんだわ!」


「そうか、わかったわよみんな!あいつは貴族を殺して、息子達と今の王を殺して自分が支配権を握るつもりなのよ!」


その一言に、周囲の女達が次々に賛同し

挙げ句の果てにはこの戦場で暗殺されないか、という言葉まで出てきた。


全部アデルバートのせい


アデルバートが恐ろしい


アデルバートは死んで詫びて欲しい


様々な罵詈雑言が、彼の見えないところで

吐き出されていく。セリアにとって、これほど屈辱的なものはなかった。


「セリアお姉ちゃん……この人達、怖い。

私の国を襲った人達とおんなじだよ……」


「……リルル様」


セリアは止まない罵詈雑言をそのまま聞き流せるほど優しくはない。そして何より、幼い少女や他の子供達がこんなにも震えているのだ。自分のことしか頭にない連中を見ていたセリアの中で、初めて込み上げてくる感情が、言葉となって口から出ようとしたその時、頭の中が急に真っ白になって————


“どうしようも無くなった時はね?私が教えた唄を歌いなさい"


遠く古ぼけた記憶の隅から懐かしく、優しい母親の言葉が聞こえてきた。大切な人がもし死んでしまったら、そう感じて不安になってしまうのは自分だけではない。だからあんな風に感情的になってしまうのだ。でもそんな時、母親が唄って教えてくれた故郷の歌、その歌詞がふと浮かぶ。セリアは呼吸を整えて腕に抱いているリルルを見る。込み上げてきた悪い感情が、母親のおかげで掻き消されていく。


「リルル様、私の声を聞いていてくださいね?」


口元に人差し指を立てながらセリアは笑顔を浮かべてウィンクをし、両手を胸に当てて目を閉じ、静かに唄い始める。


天使の羽で優しく包み込まれる様な穏やかな唄声が、殺伐としていたシェルターを静かに、ゆっくりと浄化していく。


「……あら、この唄は?」


「不思議と、落ち着くわね……」


さっきまでの勢いが嘘の様に静まり返り、

みなは瞳を閉じてその唄を聴き始める。

子守唄を歌ってもらっている幼子の様に

みんなが身体をゆっくりと揺らしはじめた。


みんなの不安が、恐怖が、苛立ちが悪い感情が朝露の様に消えていく。子供たちは穏やかな表情を浮かべて、眠り始める子も出てきた。


朧げな記憶の中に残る僅かな母親の面影を思い浮かべながら、セリアは感謝の念を伝える。


(お姉ちゃん、泣いてるの……?)


リルルはセリアの瞳から一筋の涙が伝っているのを見逃さなかった。自分のポケットからハンカチを出して、優しく拭いてあげる。


「リルル様……あれ?私はいつの間に泣いて……」


「お姉ちゃん、大丈夫だよ!騎士様も蒼髪さまも、剣士様も!この国の人みんな!大丈夫!だからね!元気出して!」


セリアの手をギュッと握ってそう言ってくれた。少女の精一杯の笑顔に、なんだか心が穏やかになる。周りの人々も、リルルの言葉に気付かされたのか、うちの子は大丈夫!と自信を持ちはじめていた。



〈ほぉ、それは面白い。それほど自信がおありならば、私の相手をしていただけますかな?〉


灯の灯らないシェルターの中央に黙々と出現するのは、あの黒い炎。禍々しい仮面を被った魔術師だった。


「──!」


周囲の人々は悲鳴をあげて、壁際に後退する。しかしセリアはリルルを後ろへ下がらせて強い意志を持って相手を睥睨する。


「あなたは、何者なんですか!あの紅い軍団に加担して、何がしたいんです!?」


「今ここで死ぬお前たちに教えたところで

無駄なのだよ、理解してるだろ?」


「————っ!」


ジロリと周囲を舐め回す様に見渡して

クククと笑いを溢す。


「おっと、やめておいた方がいいぞ御年配。残り少ない寿命を無駄にする気か?」


鞄を持った女性を威圧的に制止する。

そっと忍び寄って頭に一撃を加える算段だったのだろうが、魔術師にはお見通しだったようだ。彼女は萎縮する様に震え出す。


「ククク、そうだ、大人しくしていろ。

お前達は私の愉しみなのだからな。

……ん?」


仮面の魔術師はセリアの足元に隠れているリルルを睥睨する。


「貴様、ソルヴィアの生き残りのガキか!

ちょうどいい。手始めに貴様を殺してやるか!」


「やめてください!リルル様に手を出さないでくださっ————」


仮面の魔術師はリルルを庇おうとしたセリアの口元を押さえて壁に叩きつける。聞き手を瞬時に判断して、それも手で壁に押さえつけた。


「いいだろう……その耳障りな声を出す喉を先に潰してやるか」


力み過ぎた左手をぐっと握りしめて第三関節から鋭利な黒剣を出現させて、セリアの腹部を躊躇いなく貫いた。


「————っ!!!!!」


抑えられている口元から漏れる苦悶の声。

腹から滲み出る血が、床に滴り落ちる。

そして、必死に抵抗を続けていた両腕も

だらりと垂れ下がった。それを眺める魔術師は、セリアの口元から手を離した。


壁からの拘束が解かれてへたり込むセリア。それを見て、クククと笑う。


「おっといけない、喉のつもりが腹を貫いてしまったようだ。失敬失敬。」


「ぁ、リ……ルル様……に、逃げて————」


魔術師は再びセリアの口元を塞ぐ。

今度は外さないように、喉元に黒剣を近づけていく。


「お、お姉ちゃん!」


「クソガキ、あとで貴様もこの女の後を追わせてやる。だが先ずは————」


意識が朦朧としかけて、瞳が虚になりかけているセリアの衣服に手をかけていく。


「その身体、愉しませてもらおうかな」


パチン、と指を鳴らすと

リルルとセリア以外の女性と子どもたちの首が弾けた。


「————!!」


血の匂いが広くなってしまったシェルター内に充満していく。


「邪魔者は排除した。お楽しみ中に騒がれては興醒めだからな」


抵抗する力すら残っていないセリアに忍び寄る手が怪しくしなるように動いていく。


「お願い……誰か助けて!」


「無駄だ、ここは防音式のシェルター。ましてや貴様のようなか細い声が外に聞こえるはずもない」


と、吐き捨てて服を破り捨てようと————


激しい地響きが、このシェルターに向かって進撃してくる。何かがここに来る。


「な、なんだ!?こんな馬鹿なことがあるか!」


「……誰でもいい————!お姉ちゃんだけでも誰か助けて!」


リルルの必死の叫び声に応えるかのように

地面からそれは姿を現した。


「至って普通のキィィィックゥゥゥゥ!!!」


美しい角度で再現されたスライディングキックが魔術師の顔面に直撃した。


「ぐはぁっ!!」


死体の山に激突し、そこから砂塵が巻き上がる。


「あなたは……だあれ?」


イングラムでもなければ、ルークでもないしアデルバートですらない。見たことのない戦士が、セリアをリルルの後ろへと下ろしていた。


「え?俺?小さい女の子の味方!

ユーゼフ・コルネリウス様だっっっ!!!

気安くお兄ちゃんと呼んでくれっ!」


龍と蟹を最強にカッコよく混ぜ混ぜした

サファイアの如き煌めきを放つ鎧を身にまとい。その手には得意の戦斧を引っ提げて

仮面の魔術師を睨みつけた。


「ぐっ、き、貴様!カーボネイト凍結の刑に処されたのではなかったのか!?」


カーボネイト凍結の刑とはコンラ独自の最終刑。気温を最大値にまで下げた場所へ移動させられ、水風呂に無理やり入れられて冷凍させられる刑だ。死ぬまで氷は決して溶けることはなく、また内側からの力は吸収されて出ることはできないようになっている。はずだったのだが————


「そんなもん、この子の声で出る気になったわバーカカース!」


「ばーかかーす?」


「あー!君はこんな言葉覚えなくていいよん!とにかくそのお姉さんから離れないでね?お兄ちゃんとのお約束だぞっ!」


振り返らずにユーゼフはサムズアップ。

口元がキラリと星のように光った気がした。


「うん!ありがとうおじさん!」


思わぬ敵に驚きを隠せぬ魔術師。


「想定外だ……だがこの広さだ。貴様の攻撃範囲ではその後ろの奴らもまとめて死ぬぞ!」


「んなことさせっかアーホマヌーケ

俺は!幼女と美人なお姉さんを!

傷つけさせは!しないっ!そぉい!」


フラフラと立ち上がる魔術師を自分の肩の上に相手を仰向けに乗せ、顎と腿を掴み、自分の首を支点とし相手の背中を弓なりに反らせて持ち上げるユーゼフ。


「ねえねえ名前聞いてなかったねぇ?お兄ちゃんに教えて?」


「え?えーとね、リルルって言うの!」


「うおお離せぇぇぇぇ!!!」


頭上でジタバタしている魔術師を

さらに反らせていく。


「ぐぁぁぁぁぁ!!!!」


「そっかぁ!リルルちゃんか!よし!お兄ちゃんが勝ったら助けに来てくれた御礼に頭を!撫で撫で!して欲しいな!」


ポキポキと骨の折れる音が聞こえてくるが

リルルとユーゼフはそんなの無視して会話を続ける。


「うん!助けに来てくれたから!いいよ!」


「よぉぉぉし!!」


膝を屈めて高く飛ぶ。天井を打ち破って、すぐ近くの足場に降り立って魔術師を投げ飛ばす。


「ぐええっ!?」


「てめえ、覚悟はできてんだろうなぁ?

ロリっ子を怖がらせた罪は重いぞぉ!?」


意外な救世主が現れ、リルルとセリアの境地を救ったのだった。

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