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第375話「概念へのリベンジ、そして報告」

「さて、感動の邂逅は堪能できたか?」


「……あぁ?」


神殿の奥へと消えたクレイラ親子と

入れ替わりに、力強い靴音を奏でながら、ベルフェルクが堂々とした歩みでやってくる。


アデルバートは最初、概念の気配と

目の前の彼の外見とが一致せずに

思わず目が細まってしまった。


「お前……老けたな」


「誤魔化すのが下手だなアデル……

素直にわからなかったと言えんのか?」


彼の声で、それが容姿に対する疑惑のものであると見抜き、ベルフェルクは鼻を鳴らし、嘲笑うように煽った。


「無理もないだろう。長年ここにいるが、お前ぐらいだよ、姿が変化しているのは」


アデルバートを庇うように、イングラムが語気を強めた。


しかしベルフェルクはそれすらも嗤う。


「フッ、まあいい……俺の姿が変容したのはつまるところ、異なる空間で全盛期の土の概念……過去の茶亀を制御していたからに他ならない」


「制止した空間であるソラリスに、そんなところがあるというのかい?ベルフェルク」


「そうだと言っているだろうが……」


「そこに行けば俺たちも、概念を制御できる、ってことでいいのかい?」


ルシウスにルークに、自分たちの状況がまるで理解できていない。


いくら本能的な力を自在に活用できるとはいえ、今の彼らがあの場所に行くのは時間の無駄でしかなかった。


「──いや、今の俺たちにはベルフェルクと違い、全盛期の概念がまだ内包されていない。今そこへ向かうのは得策ではないだろうな」


「過去に飛んだんじゃなかったのか?」


確か、ロニとレネの話では特訓前に各々クロノスの能力で肉体ごと過去に飛び、接触したはずだった。


「それが、俺たち全員拒否されてしまってな」


〈過去の私たち、かなり自分勝手だから、あっとう間にここに弾かれちゃったのよ〉


紫狐がイングラムの言葉に続く。

なるほど、だから彼らから1つの力しか感じられなかったのかと、ベルフェルクは理解した。


〈やはり、4箇所同時に時空間を展開する、というのはクロノス的にも無理があったのでしょうね。そうでなければ知恵で勝る今の我々が弾き出されるはずがありませんから〉


蒼龍が長居できなかった原因を述べる。碧虎や紅獅子も、彼の言に異議はないようで、納得している様子だった。


「2つまでなら、なんとかなりそうだ」


〈ふん、クロノスか……失敗を取り返しに来たか?〉


紅獅子の嫌味に、クロノスは舌打ちする。


「ったりめえだろ!

神といえど、人間と同じで食う寝る遊ぶってやらねえと力が貯まんねえんだよ!それに、複数展開すんのはかなり集中するんだ!4つ開けただけでも見事なもんなんだぜ?」


三位一体となったスクルドたちの作り出した1つの時空間に比べて、クロノスの作り出した時空間は容易く越えていた。


彼女たちの場合は、邪神のせいで神性が削られていることも加わっているのだろうが。


「時間がねえのも事実だし……今から2つ時空間を作り出してやる。お前らどっちか2人、そこに入ってけよ」


「そういうことなら、次は俺が行かせてもらおう。鍛えられた力を示せるいい機会だ」


「奇遇だねイングラム、俺もそう思っていたんだよ」


ルシウスも名乗りを上げる。

ルークとアデルバートは、次のお呼ばれまでお留守番だ。


よし、とクロノスは両手を後ろに突き出して、そこへ時空間を出現させる。


クレイラやノアたちがでてきた穴と同じ穴が、そこへできた。


「よぉし、さっさと突っ込め!

維持すんの疲れんだよなぁ、これ!」


とんっ、とクロノスに背中を押され、その高笑いもイングラムと共に時空間に吸い込まれていく。


「……それじゃあ俺も行くか。

必ず紅獅子の力をものにしてみせよう」


〈──〉


低い沈黙を漏らしながら、紅獅子は

最後まで語ることはなかった。


──と


「ルシウス、行くのなら我も同行する。この維持の力、お前が力を得るまでの一時であれば役に立つであろうよ」


「あなたは……まさか、インドのヴィシュヌ様!?」


〈なるほどな、宇宙を維持する貴様のことだ、空間1つ、片手を添えずとも容易に留めておけるというわけか。考えたな〉


「紅獅子殿、そしてルシウスよ!

お主たちの力添えをする為に参った次第だ。

お前たちについて行くぞ」


「ご厚意痛み入ります。ヴィシュヌ様。あなたのご加護があれば、クロノス様の負担も軽くなるでしょう」


ヴィシュヌはルシウスの肩をポンポンと叩き、大いに、豪快に笑った。


「はっはっは!そうであればよいがな!」


ルシウスの周囲をくるりと回り、

にやりとほくそ笑む。


「しかしルシウス、同行するのにはもう1つ理由があるのだ。シヴァが認めたお主の実力、我もこの目に焼き付けたいと思うておったのだ……構わぬな?」


「もちろんです。皆さまからお借りした力と、鍛え上げた技術で必ず概念の力を回帰させてみせます」


〈無論、我々でな〉


ルシウスの言葉に嬉々として、ヴィシュヌは豪快に笑った。

それは天空に広がり、ソラリス中に響き渡る。


「はっはっは!良い!

我はお主を気に入ったぞルシウス!

存分に我らの力を振るい、そして叩きのめしてくるがいい!」


〈ふん、貴様の努力の成果……

私の目にも焼き付けさせてもらうとしようか、行くぞ!〉


ルシウスが穴へと入り、ヴィシュヌが続いていく。


「皆様……!」


2人が飛び込んだその直後、セリアが

駆け寄ってきた。


「セリア……それは、まさか中和剤か!」


遅れてアスクレピオスとケイローンがやってくる。

彼らの手にも、例の中和剤があった。


「はい、無事に完成致しました。

副作用の心配もありません……!」


セリアは呼吸しながら、その結果を伝えた。


「量産の体制も整っています。

これを散布できれば、地上の人々は

邪神たちの攻撃で精神を脅かされることは無くなることでしょう」


「流石はセリアさんと言ったところです……目処が立った矢先に、執刀するような勢いで創り上げていったのですから」


ケイローンがその効果を伝え、アスクレピオスは彼女の実力を評価した。


「ルーク様、アデル様……先にお渡ししておきますね。いざという時は、自動的に服用されるように改良しましたので、飲む過程を省略出来ますよ」


「過程を省略……ですか?」


「そこは俺も一枚噛ませてもらった。彼女の腕は確かだ。見ていて驚いてしまうほどにな」


ベルフェルクが腕を組みながらセリアを横目で見遣る。

あの研究室へ彼も足を運んでいたのだ。


「戦っている最中に、敵が飲む隙を晒すわけがないからな。それを想定して組み込ませてもらった」


そんなことが可能なのか、とルークは疑ったが、その疑惑はすぐに思い違いだと知る。


ベルフェルクの作り上げたマイクロナノマシンは、人体に取り込まれたとしても胃酸で消化される。


電子媒体の合図1つで、目に見えない消化可能な機械が薬として無意識のうちに取り込まれるのだ。


流石の邪神でも、戦いの最中にそれを破壊するのは難しいだろう。


さらに、ベルフェルクは予備として

もう1つの手を打っていた。


「それと……注射型も用意してある。

今から投与すれば、奴らと対峙した時点でその効果が付与される仕組みだ……便利だろ?」


この注射も、副作用は一切無いのだと言う。セリアが繰り返し自分を被験者にしていたおかげで、余計なことを考える必要が無くなるのは非常に大きかった。


「お2人に、注射を打ってもよろしいでしょうか?」


「あぁ、頼む……」


「俺もお願いします!」


アデルバートとルークは腕を捲りあげて、素肌を晒す。


「ふむ、では……ルークさんは私が注射しましょうか」


「えっ──」


「あぁ、心配は無用ですよルーク。

アスクレピオスはギリシャの中で最も医療に精通している者ですから」


違う、そうじゃない。

アデルバートにはセリアが注射をする。そのあとに自分も注射をしてくれるのではないのか?


なぜアスクレピオスとかいう男が

自分に針を向けているのかがわからない。


「チクッとしますよ。アデル様」


「ふっ、身体の毒を除去した時に比べりゃ赤ちゃんレベルだ」


「チクッとしますよアデル様……?」


小声でセリアの言葉を復唱する。

そして、2人を捉える。

なんとも仲睦まじい表情をしている

のだろう。


ああそうか、やはりあの輪の中に自分は入ってはいけないのだ。


あの場所は、切り取られた2人だけの聖域。無闇に足を踏み入れていい

場所ではないのだ。


(そうか……そうだな。俺にはレベッカがいる。セリアさんに眼差しを送る理由はないもんなぁ)


「刺します。痛みますが男なら耐えられますよね?」


「えっ……」


痛むの?と疑問が浮かぶ。

自分の生腕は1本しかない。針の先から液体がピュッピュと飛び出る。

よくドラマやアニメで見るピストンを軽く押す行為が、まさか目の前で行われるとは思わなかった。


ズブリッ


「ピギャああああああ!」


ルークの絶叫が響き渡る。

予想以上に痛むのだ。

薬が血管を貫いて浸透していくのが身体で感じられる


「おしまいです。お疲れ様でした」


「ふ、流石の腕だな。蚊に刺された時のほうが分かりやすいまであるぜ」


「終わりです、お疲れ様です」


「めっちゃ痛かったんですが!?

本当に同じ成分で、同じ注射器なんですかこれ!?」


アスクレピオスは不気味に口角を歪める。それが、かの医神の答えだった。

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