第369話「憧れを目前にして」
アデルバート・マクレイン──
双つの蒼き刃、蒼の髪を揺らめかせ、紅い双眸に光を宿し、その身を残影が可視化するほどの超スピードを備え、貴族たちを屠ってきたコンラの暗殺者。『蒼髪』の異名を持った男──
師であるベルフェルク・アーノルドは言っていた。
「奴ほど暗殺において右に出る人間はそういないし、暗器に対しての知恵も豊富だった。痕跡を残すにも関わらず標的を大胆に殺してみせる。
まるで、『同じことをすればお前もその末路を辿ることになる』と言っているかのようにな」
彼のその技術は、当時の私には知るよしもなかった。気になっていた。だから、しつこく問いただした。彼の人柄を知りたかった。暗殺という、人の歴史においては決して切り離すことの出来ない血なまぐさい世界────
「奴の暗殺を知ってどうするつもりだ」
手にしていたコーヒーカップを仰ぎ飲み、カタン、とデスクに置く。
そのひとときが、返答するまでの猶予だった。
「知りたいんですよベルフェルク先生……アデルバート・マクレインの最期は暗殺者に似つかわしくないものでしたが、彼の一生は、私の探求心に火をつけました」
デスクに身を乗り出した幼い私は、
先生にとっては眩しいくらいの輝きを放っていたに違いない。
タールやニコチンを含まないタバコに火を付けながら、ふぅ、と紫煙を吹きかける。有害なものが入っていないから、ただのミストを浴びたような感覚だった。
「そうか……だが、そう遠くないうちに、奴のことを知ることができるようになるさ」
じぃ……とタバコに灯った赤が先端を焼いていく。
その眉間に刻まれた表情は厳しいものだったが、友を懐かしむような優しい声色だった。
そして、今──私の目の前にはその興味の対象である暗殺者がいる。
本来、いや、私の歴史では神の力を充分発揮することなく散ってしまった彼だが、ロニお姉ちゃんと現代のベルフェルク先生と共に水面下で動いていたおかげで、邪神と対抗する為の実力を身に着けている。
「なにをニヤニヤしてやがる……」
暗殺対象に向けていた殺気を、この私にも向けてくれている。
ギリシャの神たちの力を内包し、そして、蒼龍の本来の力を取り戻そうとしている。
「先生からあなたのことを色々としつこく聞き出していたことを思い出していまして……実は、私はあなたのファンなんですよ、アデルさん」
綻んだ表情を正して、本音を吐露する。父の友人に会えたのだから、誤魔化す必要などない。
「そうか、なら光栄に思え……今からその憧れの男に、お前にノウハウを叩き込んでもらえるんだからな」
「──」
辛辣な言葉が飛んでくるものだと心構えをしていたが、彼は聞いていたよりも柔軟な人物らしい。私の周りには、女に教わるなんて恥だ、という時代錯誤も甚だしい旧い連中ばかりだった。
だから自衛もまともに出来ずに、死んでいった。
「こうすることで、レオンを助け出し、セリアを守ることが出来るなら……俺のちっぽけなプライドなんざ捨ててやる」
「セリアさん、ですか……」
アデルバートの声色が、父の名を呟いたときと同じように優しいものに変わるのを感じる。彼は彼女を想っているのだろう。
記憶を無くしていた亡国の女王が、暗殺者のそばで凄腕の医師となっているだなんて……皮肉的だが、なんともロマンチックだ。
「そっか……だからあなたは、これまで全力で戦ってこれたんですね」
「あぁ……その通りだ」
アデルバートは愉快げに笑い、レネを捉えると、身をかがめる間もなく距離を詰めて攻撃を振るった。
彼も身軽だが、レネも身軽だ。
直撃する直前にそれを躱し、水と雷のマナを練り上げた剣で鍔迫り合う。
水と水とが触れ合い、重なり、そして反発しあう。
鉄同士が火花を散らすのとは異なり、気泡を放出しながら、互いの水を拒絶している。
「……これは、どういうことだ」
〈私の“気配”を微塵も感じませんね。ということは、この水のマナはマナであってマナではない〉
「お前のように概念の力で発露したものでは無い……ということか」
異なる水同士の衝撃が、まるで拒絶反応のように拡散する。その余波で後退せざるを得なくなった両戦士は、再び構え直す。
〈まさか……人工のマナ?〉
「そうか、それならありえる。あいつの師は未来のベルフェルクだ。この程度のマナ、造るのも造作もねぇんだろうさ」
未来の技術が、アデルバートたちのいる現代と比べてどれほど発達しているのかは未知数だが、彼女らが過去へ来れるレベルにまで達しているのは確かだ。
次元移動ができるその世界で、人工的なマナが広がっていると考えれば、何も不思議ではない。
「アデルさん、少なくとも……こうやってマナを使えるのは、私たち姉妹だけです」
「なに……?」
「先生は、悪用されるのを防ぐために私たちにしかそのマナを施しませんでした。そして、同時に研究施設を破壊して、平行世界へと逃亡したんですよ」
「なぜそんなことを……俺たちが死んだからか?」
「いえ、私たちの未来でも、父は終末の元凶として嫌悪の対象となっていました。すべての人間が、そのことに何の疑惑も持たずヒステリックのように罵詈雑言をこぼしていった……」
そんな連中に嫌気が差して、ベルフェルクは未来の地球を見限った。
助け出したかった恩人のレオンは死に、そのレオンが愛したクレイラも、後を追うかのように消滅した。
邪神たちに抵抗する勢力はもはや無く、何の能力もない人間たちはシーガル家が流した偽りの情報に縋りながら、レオンを悪と罵り続けて、人類は姉妹と1人の師と技術者とを残して滅亡した。
「ふん、1つの噂をあたかも真実味を帯びさせて民衆を巻き込む……連中のやりそうな手口だ」
「悲しいことに、その傾向がこの時代でもみられます。私たちはそれをどうにかして止めたいんです。その為にも、アデルさんやイングラムさんには私を乗り越えてもらわないと」
悲しみや怒りに憂いたように呟くと、レネは真っ直ぐに歩み寄ってきた。
一歩一歩、アデルバートに接近する
度に、その闘志はこの場の空気を呑み込んでいく──
「──!」
彼女の手の甲を、分厚い装甲のような蒼が揺らめく。
虎の強靭な前脚を彷彿とさせる水のマナを纏った両手を振るう。
アデルバートも負けじと、蒼い双刃を以てレネの連撃を迎え撃つ。
防ぎ、攻めるための双刃に強い反動が飛んでくる。
水から出てくることはない火花が、紅い眼に映る。
これは、人工的なマナの欠陥などではなく、蒼き装甲を纏った拳の一撃があまりにも強すぎる破壊力を持っているせいで起こる現象なのだろう。
(これを肉体に喰らえば、部位を抉り飛ばされるのは確実か──)
ならば、直撃は避けねばならない。
レネは本気を出して向かってきている。こちらも出し惜しみをすれば、
負けることは必定。
逆手持ちしていた片方の刀を順手にくるりと持ち替え、刃同士を交差させて第二波を防いだ。
水の刃が打ち震え、攻撃の衝撃が身体に余波として拡散する。
第二次防御としてアデルバートは水のマナを膜として展開していた。
だが、レネはそれすらも容易く貫通し、蒼き戦士の身体へと影響を与えていた。
〈しかし“私”ではないにしろ、水を用いたなかなか殺意高めの攻撃をしてきますね。彼女〉
デザイナーベイビー法は理想の子を胎児の段階から意図的に作り上げる技術の名称だ。レオンとクレイラの優秀な遺伝子を分け与えられて産まれ、ベルフェルクという優秀な師に師事した彼女らは、苛酷な特訓下で実力を付けてきた。
父の名誉を護るために、2人で戦い続けてきたからこそ、攻撃の重さが身に染みる。
「ちぃっ!」
5度の打ち合い、刀と拳がまたもぶつかり合う。
水を纏った刀は水の拳を削り、水を纏った拳は水の刀を湾曲させていく。
どちらも一進一退が続く。
身体を旋回させ、双つの刃が振り下ろされる。
繰り上げられる蒼の拳と接触し、その衝撃が二人を吹き飛ばした。
「らちが明かねえな……仕方ねえ!」
アデルバートは、リスクを冒して
神性をその身から解放するのだった。




