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第360話「閉鎖空間からの脱出」

イングラムたちが奥へ消え、戻ってこないまま2週間近くが過ぎた。

アデルバートは両目を細めて空間湾曲に触れるものの、変わらず反転してしまう。


「これほどの時間が経ってもまだ神々がここへ来ないとなると、こいつが影響を及ぼしていると見て間違いないだろうな」


ルキウスの言う通り、あれからかなりの時間が経ったはずなのに、スクルドたちからの接触はなかった。

この湾曲にどれほどの力があるのか、まるで未知数だった。


「触れてもダメ、マナを使ってもダメ……イングラムたちも帰っても来ない……となると、完全に詰んだな」


セリアの研究室には神であるアスクレピオスやケイローンもいるのだが、彼らの知識を持ってしてもどのような仕組みでこのようなことが起こっているのかわからないらしい。


「兄さん、アデル……イングラムたちが向かってきた場所を千里眼で探ってきたよ」


「戻ったか、ルシウス」


「結論から言うと、厳重になっていた扉を開けて、その先にもこの湾曲と同じようなものがあった。

どうやら彼らはそれに吸い込まれてしまったようだよ」


「そうか……その扉は今はどうなっている?」


「何の変哲もないただの空室だった……僕たちの部屋と変わらない広さだったよ」


ふむ、とアデルバートとルキウスは

顎に手を当てながら互いに視線を交える。


「湾曲に吸い込まれた……か。

それで外に出れたとしても、ここに繋がる道が湾曲に邪魔されているからな……スクルド様たちと接触していれば、何かしらのアクションが起こるはずなんだが」


「……ダメだ、ポセイドンたちにも連絡がつかない」


耳に手を添えて通信を試みていたアデルバートだが、ノイズのようなものが走っていて連絡が付かないらしい。


ギリシャでもそうなのだから、他の領域でもそうなのだろう。


「詰みか……だが、このままというわけにもいくまい。ルシウス、何か案はあるか?」


「一度、シヴァ様の破壊の力を使おうと思ったんだ。

でも、よくよく考えれば、そのエネルギーが万が一反射してしまうと兄さんたちまで巻き込むハメになってしまうし……それは避けなければならない」


3人が知恵を集め、苦悶を漏らしているその時──


「やっほー!蒼髪様、弓兵様!

そして、えーっと、お兄様!」


「な、ん、だ、と」


名を呼ばれなかったルキウスは、目を開いて狼狽えた。


ユーゼフと手を繋いで、リルルが現れた。


2人はどうやら、気分転換にここらへんを散歩していたらしい。

そんなユーゼフは、お兄様発言に真っ白になって燃え尽きている。


「……リルルか、飽きてここに来たのか?」


「うん!そんなところだよ!

それよりさ、そこの変なゆらゆらしてるそれ、まだ無くならないの?」


「あぁ、対策を練ってはいるが……

どうすることもできないのが現状だ」


「ふーん……触ってみていい?」


「まあ、何も起きないから問題ないよ。攻撃さえしなければ反転、反射してくるだけだからね」


ルシウスの言葉を理解しているのかいないのか、リルルは指先でちょんちょんと湾曲に触れた。


「なんか不思議な感じ……空間を突いたのに、自分が突かれたみたい」


「なら、このユーゼフ・コルネリウス様がビン溜めした超絶怒涛のパワーをここでばーんっと解放しよう!

チャージしてスラッシュ!」


恐ろしいことが起こるだろう。

ルキウスはリルルを抱え、はるか後方に3人で避難する。


巨大な剣斧が、蒸気を放出しながら

七色に光る。

七つの装填された瓶が、それぞれの

力を解放した究極の得物。

ユーゼフは、それを勢いよく振り下ろした!


「ウルトラサンダー!メガトンギガトン!ミラクルスペシャル!ハイパードラゴン蟹スラァァァァッシュゥゥゥゥ!!!」


接触した。

空間は七色に光り輝き、そしてそれはその高い威力をそのままユーゼフに反射した。


「オギャバブエエェェ!!!」


アデルバートとルシウスが水と炎の

シールドを張って、その衝撃波を

食い止めた。


「藁にも縋る思いだったんだがな」


「彼ならやってくれると思ってたんだけど」


「期待し過ぎたか」


「カッコ悪〜い」


シールドに拒絶され、勝手に期待を押し付けられたユーゼフにトドメを刺したのはリルルの一言だった。

少女の無垢で、純粋な感想は、戦士のメンタルをぐちゃぐちゃの絹豆腐のように崩れ去ったのだった。


「あんぎゃぁぁぁぁぁ!!!!」


木霊する咆哮。

それを遮ったのは、退屈から逃れようと顕現したナイアーラトテップだった。


「2週間もご苦労……人間たちよ」


「ナイアーラトテップ……何をしに出てきやがった」


「なぁに、私もリルルと似たようなもの……この空間も少々飽きたのでね。力を使おうかと思っているのだよ」


ナイアーラトテップは空間湾曲の前に立ち、そっと掌をかざした。


「ふむ……どうやらこの時代にはない

技術が使われているようだ」


「ケイローンでもわからなかったことが、なぜお前に分かる?」


「ふっ、地球の神とは出来が違う。

とでも言っておこうか……しばし時を貰おう、これを解析したいのでね。

君たちはその間に、お友達を呼んでくるといい」


外なる神の一柱であるナイアーラトテップなら、確かに何かしらの解決策を模索してくれるかもしれない。

他に手立てが浮かばない今、彼らはその指示に従う他なかった。


◇◇◇


そして、広場には数分足らずで件の4人とセリア以外の全員が集まった。

何か進展はあったのか、アデルバートは歩み寄る。


「ククク……ハハハハハハハ!!!」


突然の狂気を孕んだ哄笑に、全員が警戒心を顕にする。


「いやはや、これは君たちがどうこう出来る代物ではないことがわかったよ」


「ほぉ?説明してもらおうか」


「この空間湾曲は、未来の技術による"隔たり"だ。触れた瞬間に、触れていないという事実に置き換わる──」


「未来の技術者だと……?

ソラリスに侵入して、俺たちをここから出さないようにするメリットが一体どこにある?」


「それがその技術者にはあるのだろう。

それが一生なのか、はたまた一時のものであるのかはわからんがね」


ナイアーラトテップは顎下を指先でいじりながら、そう結論付けた。


「わかりやすく言えば、電車で座っていたのに、気づいたら立っていた、という現象だ」


「つまり、自分たちが立ったという自覚すらないまま、状況が変わっている……そういうことか」


「しかし、それがわかったとして

どうするべきだというんだ?

何もしなければ何もしないという結果が残るだろう?」


「技術には技術で対抗するのが最もな方法だが、ルシウスはベルフェルクほど達者ではあるまい……ゆえに今回は、この私が特別に隔たりを解消してやろう」


「……信頼するぞ、ナイアーラトテップ」


ルキウスの言葉を聞き流しつつ、

彼女はその隔たり、空間湾曲へと

手を伸ばした。


「これが知覚させない隔たりであるのなら、この隔たり自体に知覚させればいい。

そうすることでこれは根底から存在が瓦解し、やがて消滅するに至るだろう」


「物資と反物質をぶつけるようなものか、現実には考えたくないことだが、目の前で起きているんだから、受け入れざるを得ないだろう」


そんな地球規模な攻撃が起これば、この星の生命も、大陸も海も空も、何もかもが変わり果ててしまうだろう。


あり得るかもしれない未来に、ルキウスは身震いしつつも、知覚させていくナイアーラトテップを監視する他なかった。


現象と現象とがぶつかり合った。


空気が震え、耳を劈くような高周波が響く。強力な収縮反応が起こり、眩い光が視界を奪った。


やがて静寂が訪れ、空間湾曲は音もなく対消滅を起こして消え去った。


「よかったな諸君……これで対消滅は成り、君たちは晴れてこの空間という名の牢獄から抜け出せることだろう……喜びを享受するがいい。

少年少女たちよ……ククク」


「ありがたく享受させてもらおう、

リルルの人格を引きずり出したあとでな」


ナイアーラトテップはなおも不敵な笑みを浮かべつつ、ルキウスに向き直った。


「彼女自ら進んで、一時的に肉体を貸し与えてくれたのだぞ?

それに加え、私は脱出できるように

苦悩する君たちに手を貸したのだ。

恩人に対し、あまりにも無礼とは思わないかね、ルキウス・オリヴェイラくん……?」


「…………」


「邪神を信頼する。

それは、非常に難しいことだろう。

だがリルルの、私の最初の友人の気持ちを無下にすることだけは、しないでいただきたいものだな?」


無理やりリルルの人格を引きずり出してしまえば、彼女の意思を否定することになる。


そうすれば、怪訝の目がルキウスに向けられるだろう。


共に戦うと決めた間柄だ。

いらない隔たりを作るわけにもいかない。


(……邪神を信じるのか、俺は……?)


ルキウスの心に暗雲が立ち込める。しかし、リルルの意思を尊重するなら──


「…………」


彼は唇を噛み、静観することを選んだ。


「ようやく出てきたか……待ちくたびれたぞ」


やれやれと悪態をつきながら、ベルフェルクは片方の口角を上げてルークたちを見つめていた。

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