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第352話「愛しき人の幼姿」

「レオン、俺はこれから親父の引き継ぎに移る。それに伴い、お前にはこの家を出ていってもらう」


ハイウインド家の長兄であるレイ・ハイウインドは、三男であるレオン・ハイウインドにそう告げた。


「え……?どうして?俺、そんなに役に立たないの……?」


「ライルはお前より頭脳が優秀だったが、お前はそうじゃない。ここに居るだけで、俺の気が散るんだ」


その吐露は、まだ7歳になったばかりの少年にはあまりにも酷だった。

人の生で最も多感である時期に、兄の嫌悪を真正面から受け止めてしまい、視界がじわりと滲む。


「そんな、そんなこと……!

俺だって、レイの役に立ちたい!

もう、レイしか家族がいないんだ……!

お願い、独りにしないで!」


「ふんっ──ライルじゃなくて……お前が狂ってくれればよかったよ」


ライルの代わりに、レオンの精神がおかしくなってしまえばよかったのに。と──


小さな心に大きな亀裂が生まれる。

お前などいらないと、レイは告白した。


「泣くなら外で泣け。仕事の邪魔だ」


「わ、かった……」


煩わしそうにレイがレオンを睥睨した。


ふらり、と力なく背を向けて歩き出す。


視界は確かに玄関の扉に向かっていた。


靴音が止まり、扉が開く。

7歳のレオンは、兄に振り返ることなく外に出た。


ふわり、身体が浮かび上がるような感覚を覚えると同時に、感覚が戻ってきた。

なにかの違和感を感じて、家のあった方へ振り返る。


「ぁ……ぇ?」


家がなくなっていた。

レイは、テレポーテーション機能を使い自分と、そして家をレオンの知らない場所へと移動させたのだ。


「……っ」


目から零れそうな涙を、落ちる前に腕で拭う。


「敵、か」


四方から向けられる殺意。

ヴェロキラプトルが群れをなしてレオンを取り囲んでいた。

彼らは空腹なのか、よだれを垂らしながら獲物であるレオンを捉えている。


「喰い殺したいならかかってくればいい……俺は、簡単に肉になんてなってあげないけど」


レオンの雰囲気が一変する。

全てを射殺すような鋭い殺気を放ち、あらゆる方向を睥睨する。


群れの内の一匹が、鋭い鉤爪を突き出して吠えると、前傾姿勢で疾駆しながら突撃してくる。


「父さんに、鍛えてもらったんだ……!」


ナイフのような爪が小さな頰に到達するよりも先に、レオンの拳が心臓を打ち穿つように叩き込まれる。


何が起きたか理解するよりも前に、最初に襲ってきたヴェロキラプトルは絶命した。


木々をなぎ倒し、その身体は風に晒される。


まだやるか?


レオンは怒気を孕んで周囲の残ったヴェロキラプトルを睨みつける。

仲間を殺されて憤慨する彼らは、三方から勢いよく飛びかかった。


「閃斬──」


言葉が漏れた。

瞬時に両腕に光の刃が出現し、それと同時に交差させるように刃を振るう。


ヴェロキラプトルたちは両腕と頭部を斬り落とされ、その場に落下した。


「……誰!?」


空から気配がした。

見上げれば、星々と月の明かりが煌々と輝いていた。そして、それを背に浮かぶ女性のシルエットがゆっくりと降り立ってきた。


「まさか、君はレオン……!?」


「え……君、は?どうして俺の名前を?」


目の前に降り立ったその女性は、長く美しい銀髪を靡かせながら優しく自分の名前を呼んだ。


でも、記憶の中にこんなに綺麗な人はいない。


「私はクレイラっていうの。

遠くから、君が襲われそうな予感がしたから、急いで駆けつけたんだけど──」


周囲を見渡し、生きていた肉食恐竜たちを見遣れば、その必要はなかったみたい。と微笑んだ。


「助けようとしてくれたんだ……ありがとうねお姉ちゃん」


ぐぅ……


小さなお腹から大きな腹の虫が鳴る。


レオンは恥ずかしそうに顔を赤らめてお腹を両手で覆い隠す。

クレイラは、その様子を微笑ましく眺めながらお腹をさする。


(見間違えるはずがない……この子はレオン。そして、彼を襲ったのはヴェロキラプトルたちだった……

この時代、まだ復元蘇生は実現になっていない……)


ベルフェルクがレオンを手に掛けるとは、天地がひっくり返っても起こることはない。


ということは、あの部屋と同じように、時空に繋がる穴がヴェロキラプトルたちの生息域と繋がり、無理やりここに連れてこられたと考えるべきだろう。


「ねえ、レオン?こんな出会い方であれだけどさ、私とお友達にならない?」


腰を折って、目線を少年のレオンと同じくする。


「友達……?友達って、なあに?」


「一緒に勉強したり、ご飯を食べたり、遊んだりするんだよ。どう?楽しそうでしょ?」


クレイラは難しい言葉を使わずに、イメージしやすいように手を重ねてビジョンを共有した。


イングラムとリルルが楽しそうに肩車をしていたり、ルークとレベッカが顔を赤らめたり、アデルバートがセリアと何かに打ち込んでいたり、ルシウスとエルフィーネが本を読んで感想を言い合ったり──


「友達って、なんだかすごく楽しそうだね。

これ、お姉ちゃんと友達になれば全部できるの?」


純粋無垢な疑問を投げかけるレオンに、思わず微笑んだ。


「うん、もちろんだよ」


優しく頭を撫でて、クレイラは立ち上がった。ヴェロキラプトルの後始末は彼の見えないところでやるとして、今は空腹を満たすことを優先することにした。


「レオン、お腹空いたでしょう?

何が食べたいものはある?」


「……お母さんの、手料理」


「お母さんの料理かぁ……ちょっと調べさせて?頭に手を置いてもいいかな?」


レオンに許可を取りつつ、クレイラはもう一度頭に手を置く。彼の記憶の中にある母の料理はどのようなものだろうか


(カレーライスに餃子にラーメンに……レオンのお母さんは色々なレパートリーを持ってるなぁ)


和洋折衷様々な料理が頭の中に入り込んでくる。ほぼ網羅した。


「オーケーオーケー、それじゃあお母さんの手料理の中でどれが食べたい?」


「えとね、それじゃあカレーライス!」


「わかった。待っててね」


テキパキとカレーライスを作ると

皿に盛り付けてレオンに手渡した。


「わぁ……!美味しそう!」


「さ、召し上がれ?」


パクパク、と無我夢中でがっつく。

美味しそうに食べる彼の表情に、クレイラも満足げだ。


「ごちそうさまでした」


口の周りを綺麗に拭き取り、微笑みを見せる。


「ありがとう、なにもかもやってくれて……」


「どういたしまして。君を守るって決めてるからね。これくらい朝飯前だよ」


守る。という言葉にぴくりと反応するレオン。じっとクレイラを見上げて、潤んだ瞳を浮かべる。


「本当?俺を独りにしない?」


「うん、私だけは何があっても君の味方だよ。約束する」


暖かな抱擁が冷え込んだ身体を優しく包み込む。


心音に耳を澄ませるように、彼は小さく、静かに目を閉じた。


「大丈夫、大丈夫だよ……」


すうすうと寝息を立てるレオンを抱き抱えて、安全な場所へと移動する。


「可愛いなぁ……」


自分の胸の中で眠るレオンを、片手で優しく撫でる。

身内に虐げられた反動が、今になって襲ってきたのだろう。しかし、その表情は穏やかだった。


「元の時代に戻るまで、この子は私が強くしないと」


あの時空間がどこへ現れるかの皆目見当もつかず、ノアやイングラム、ソフィアたちがどこにいるのかもわからない今、クレイラにやれることは、幼いレオンを鍛え上げることしかない。


「私の身体は、邪神を倒すまでは持つはず。だから、問題はない」


慈しむ瞳から、強い瞳へと切り替わる。


レオンの目が覚めたら、早速基礎から鍛え上げることにしようと彼女は決意した。


とりあえず、キャンプを用意して中に入る。夜空が見える仕様のキャンプに2人で入り込み、レオンを片腕で寄せながら、空を眺める。


「起きたらお風呂にも入れなくちゃね」


「ん──」


腕にピッタリとひっついて、離さないようにしっかりと抱いている。


「おやすみレオン。また明日話そうね」


レオンの記憶が、また頭の中に入ってくる。眠りにつくクレイラの世界は黒に覆われていたが、そこに二つの影が現れた。その一つはゆっくりと歩いてくる。


「あなたたちは──?」


大人マッシュで前髪をおろしたニュアンスパーマ。黒色は艶がかっていて色気を感じさせる。衣服の上からでもわかる筋肉の盛り上がりが、雄々しさを醸し出している。


「まさに天命、というべきだろう。

俺はレーヴェ・ハイウインドという」


「じゃあ、あなたがレオンの父親?

どうして……どうやって私の夢の中に?」


「妻の魔術によりこうすることでしか干渉できないんだ。許してくれ」


レーヴェはぺこりと頭を下げた。

そして、彼のあとに続いて歩いてくるのは、プラチナブロンドの長髪と、青と黒の色彩が特徴のとんがり帽子をしている。


「あなたは、まさか──」


「こんばんは、レオンのこと、面倒を見てくれてありがとう。私はレーヴェの妻、リディア・ハイウインドよ」

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