第337話「名誉の負傷」
深緑の風の剣士、ルーク・アーノルドは日の昇り始めている神殿の中央に顔を出し、大きく腕を伸ばして深呼吸した。
ふわりと柔らかく吹く風が戦士の傷を癒す。
「いやぁ、朝早く起きるってのもたまにはいいもんだ」
ふわっと小さく欠伸をして、ラジオ体操なんかもやってみる。
剣を振るい、マナを出す以外の運動なんて随分とやっていなかった。
そのせいもあるのか、頭の中の映像と、自分の動きとが微妙にズレている。
「……起きていたのか」
屈伸運動を始めようとしたルークを、背後の声が止めた。
「アデルくんか、どうしたんだい?」
「セリアから聞いた……お前の左腕は自分を庇って欠損してしまったせいとな」
「あぁ、なんだそんなこと?」
くるり、と踵を返して自分の左腕を見遣る。
彼の左腕は手のひらから肘までが綺麗に欠損していた。それを眺めつつもくすりと笑う。
「なあに、1人の命と1本の腕、どちらが大切かなんて比べるまでもないだろう?」
腕が再生する見込みは0だ。
アスクレピオスやケイローン、そしてセリアの3人が揃ってそう診断したらしいのだ。無理もないとルークは思う。
同調の為に腐乱していたイザナミに触れ、治す間もなく敵陣に切り込み、そして失った。もしかすれば、完治させていればあるいは、元に戻ったのかもしれないとも思う。
けれど、それはもしもの話だ。
だから仕方がないと、ルークは受け入れる。
「ありがとう」
「よしてよ、君のお礼はなんだかこそばゆい」
「だとしてもだ、礼を言わなきゃ腹の虫が悪いだろうが」
アデルバートにとっては、初めての感情で、初めての想いを向けた相手がセリアだった。
彼女を失いでもすれば、彼は自分を顧みずに敵を討ちに行ったに違いなかった。そうなれば重傷は免れない。
「そっか、じゃあ、受け取っておくよ。
どういたしまして」
自分の腕が完全に消し飛んだわけじゃない。それに、そのおかげでセリアは無傷のままで済んだ。
瘴気を中和させる
薬の投与、そのタイミング、量も実に的確だった。不幸か、それは彼らが帰還してからのものになったが。
「今、日本領域の神々がお前の為に義腕を作ってくれているらしい。そんな話を耳にした」
「へぇ!なんかかっこいいなぁ!
どんな見た目?メタリックな感じぃ?」
「知るかよ……」
制作先導しているのは、あのイザナミらしい。自分を説得する為に左腕を犠牲にしたのだ。
その上で失ったのだから、彼女なりに堪えたのだろう。アデルバートから聞いても、理解できる行動だった。
「そんなに気になるなら見で来りゃいいじゃねえか」
「えー、そういうのってさ、開けてからのお楽しみ、みたいなところない?
朝起きたクリスマスプレゼントみたいな感じでさぁ!」
「ったく、お前は……腕が飛んだのに呑気な奴だよ」
「はっはっは!そこが俺の良いところさ!いつまでもグチグチしてられないからね!」
「調子狂うな……」
だがそこが、彼の良いところだ。
どれほどの苦境に立たされようと、どれほどの激痛に苛まれようと、ルークは最後まで弱音を吐くことは無かった。
ベルフェルクたちと合流するまで、襲いかかってきた使い魔たちをルシウスやソフィアと共に返り討ちにしてセリアを無傷のまま連れてきたのだという。
「楽しみだなぁ、腕!」
父親が遠いところのお土産を買ってきてくれる子どものような調子で言うものだから、アデルバートの調子も狂う。
底無しに明るくて天然だが、思う時は一途でひたむきだ。そこに不純はない。と思う。
「痛みはどうだ、まだあるのか?」
ルークはまるで失っていないかのように左腕をいつも通りに動かすものだから、視線がついその腕に向かってしまう。
ふと気になって、そんな質問まで投げてしまった。
「全然問題なし!セリアさんの治療と看病のおかげでね、でも、多少の違和感はやっぱりあるかな」
やはり、2日程度では違和感は消えないらしい。
「無意識に左手で物を取ろうとすることもあるんだよね。いやぁ、無いって理解してるんだけど、身体がまだ慣れてないって感じがして」
「だろうな……」
さぞ不便だろうと思う。しかしルークはそんなことを微塵も感じさせない。相変わらず飄々というか、重傷者とは思えないほどの豪胆ぷりだ。
「ルーク様!お待たせいたしました!」
アデルバートがセリアの声に振り返るよりも速く、ルークがくるくると旋回しながら紳士じみた一礼を見せる。
「待っていませんとも、むしろ最初に見れた人があなたでよかった。今日も美しいですね!はっはっはっ!」
普段のアデルバートなら、手を出すなりして引き剥がすなりしただろうが、今回、それをすることはしなかった。
セリアを守り抜いたのは事実だったからだ。
だから、今回だけは黙認する。
「それで、お待たせしたというのは……例の義腕のことですかね?」
「はい、こちらです。
日本の神である皆様がルーク様の為にと作り上げてくださいました」
「セリアさんが最終確認をしてくれるんですね」
「仰る通りです。元の左腕と同じ感覚になるように、微妙な調整も私が行います」
「わーい」
彼女の両腕に抱えられているのは、ルークの左腕を詳細にスキャンして作り出された科学と神秘の結晶だった。
ほのかに淡い緑色と、銀色に光る光沢感が重量感を思わせる。
「ルーク様の右腕の皮膚を採取して、義腕に人工皮膚を被せることもできますが、とう致しますか?」
「もちろんこのままで!」
「わ、わかりました。そう仰るのであれば、その様に致します。それでは、電子媒体の起動をお願いできますでしょうか?」
失礼します。とセリアは差し出された左腕へと、その義腕とルークの電子媒体をリングさせた。右腕の感覚を左腕に記憶させ、ゆっくりと欠損した部位を覆うように装着していく。
「────」
かちり、凹凸が噛み合った時のような金属質の音が確かに聞こえた。
「失礼致しますね」
新たな左腕と、ルークの電子媒体とを交互に見遣る。
腕の重量は重くはないか、動作は問題なく行えるか、グー、チョキ、パーなどの細かな動きはできるか。
セリアは視線をルークに向けながら聞いていく。
ルークもまた、彼女の本心を汲み取り、感じた違和感や動作の感覚などを子細に伝えていった。
そして──
「完成しましたね」
「えぇ、ありがとうございますセリアさん。マナの放出も問題なく行えます。
じゃんけんもやれますよ。試しにやってみませんか?」
「いいですよ。最初はグー!」
「じゃんけんぽん!」
ルークとセリアは合計10回ほどじゃんけんをしたが、どれも元の腕と大差なく動作することが確認できた。
かれこれ4時間近くも調整したので、功を奏して何よりだと、セリアは安堵する。
「いやぁ、ありがとうございました!
本当は腕なんて無くなってないんじゃないのかってくらいに違和感がないですよ!
流石です!」
「いいえ、私は医師としての当然のことをしたまでです。それと、改めてお礼を……あの時は助けていただいて本当にありがとうございました。ルーク様」
セリアは額に滲み出た汗を拭わずに
3歩ほど下がって深々と頭を下げて礼を述べた。
「いやー、いいんですよ!セリアさんが怪我をするところなんて見たくなかったですし」
「それでも、私は礼を言わなくてはならないのです。あなたがあぁして守ってくださらなければ、ここにいることはなかったでしょう。本当に、感謝してもしきれません」
ルークは顔を赤くして、灰色の髪をボリボリと掻いて精一杯の照れ隠しをする。
穏やかな顔で、優しい声でそんなことを言われれば、剣士冥利に尽きるというものだ。
「あなたを守りたかったというのも本音ですけど、アデルくんの哀しい顔を見るのは同じくらいに嫌だなぁって思ったんです。だから、咄嗟にあぁしちゃってました。
おかげでほら、俺も普段と変わりなく過ごせることができますし、アデルくんもこの通りツンケンしてるし、俺にとってはこれで良かったんです」
爽やかな笑みを浮かべながら、後頭部を掻く。純粋な本音が言葉として紡がれた。
セリアも、側にいたアデルバートも笑みで返した。
「──なにかあれば、いつでも仰って下さいね。なんでもお手伝い致しますので」
「なんでもですか!?やったぁ!
それじゃあ頭をなでなでってしてもらって、それからセリアさんお手製の食事を一度食べてみたいなって思ってたんで──」
「調子に、乗るんじゃねえ〜!!!」
「ひぃぃ!!!」
後ろから飛びかかるアデルバートを即座に回避して脱兎の如く逃げる。
それを追いかけ回す二人の光景を見て、セリアはクスリと笑うのだった。




