第335話「死戦を越えた先に」
爆発音が轟き、全域が激しい振動に襲われる。
自分の身体と地面をマナで繋ぎ止め、同じ速度と適切な態勢を取りながら、通常の直立と変わらないようにして揺れを最小限に抑える。
振動が微細になるまでに落ち着くと、ベルフェルクは土の球体に手を置きながら先へと進んでいった。
ぐらつき、こぼれ落ちてくる土埃を防ぎなから奥へ奥へと足を踏みしめていく。
「……」
戦いの熱が、突風と共に吹き荒れてくる。
頬を焼く灼熱、吐き気を催すほどの強大な重圧感、ルシウスがクレイラを捕らえたあの眼と戦っているのだと理解した。
「なにやってんだ、さっさと行けよテメェ」
理解しているというのに、その足を早めないのはどういうことだと、シンディが眉根を細めて言う。
ベルフェルクは後ろを向いたまま手を振りながら、ゆったりとした歩調で歩いている。
強い口調で言ったのに、まるで聞こえていない、というより応えていないのだ。
「早く行ったところでどうなる?俺は奴らに気配を奴らに探知させずにクレイラを助ける。邪魔はするなよ」
「するつもりはねぇよ!けどなぁ!仲間が苦戦してるかもしれねえのにその顔はなんなんだ!?」
ベルフェルクのそれは、全く以て真剣と言い難いものだった。
熱意も感じられないし、焦燥感すらも見られない。シンディは思う。本当に彼女を、クレイラを助け出すつもりがあるのかと。
その思いを感じたのか、ベルフェルクは僅かに口端を吊り上げて笑う。
「彼女は必ず助け出すさ」
「ルシウスたちが捕まったらどうするんだよ」
「どうするもなにもないが?」
行くぞ、と彼はとん、と土の球体を軽く叩いた。
すると、それは緩やかに消えて、シンディはようやく地に足をつけることが出来た。
「へ、何があろうとこの力で治してやるよ!」
一気に駆け出して仲間たちの下へ、しかしベルフェルクは彼女の肩を強く掴んでその走行を殺した。
「足並みを揃えろ」
その視線は突き刺すように鋭かった。
意気揚々と死戦に向かおうとしていたシンディの心は、その言葉で一気に沈下していく。
「何か作戦があるんだな?なら、従ってやる」
「利口だな」
「ただし、それがなーんの意味もなさねぇなら、俺はテメェの言うことを今後一切聞かねぇ!いいな?」
ベルフェルクは返答はせず、ただ一度だけ頭に手をぽんと置く。それを承諾等受けとると、戦っているであろうルシウスたちの光景が飛び込んできた。
シンディも息を呑み、気配を殺してベルフェルクの頭に自分の顎を乗せて覗き見る。
「ぐ、ぁ……!」
ルシウスが壁に叩きつけられる。
炎を巻き上げて尚、立ち向かおうとする彼は起き上がる時にも、その命を身体とともに燃やしながら弓を引き絞る。
「ぐっ、破魔の矢よっ!!!!」
“効かぬ!”
振動、真空、どちらにも似て非なる衝撃がその瞳から這い出て、空間を支配し、ルシウスを壁に再び叩きつけた。
こみ上げてくる血と胃液が吐き出される。
全身の臓器が押し潰される感覚が脳を走る。シヴァの治癒能力のおかげで、辛うじて再起不能の手前で踏み止まっている。
「ルシウスくん!」
「ダメ、だ!君は、2人を守るんだ!
クレイラは、彼女は……俺が──!」
助け出すんだ──!
誓いを立てるように、自分に言い聞かせるように、おぼつかない感覚のまま、ルシウスは立ち上がる。
幽鬼のような表情を浮かべながら弓を捨てる。両腕の拳をぶつけ合わせ、怒気を吐き捨てると彼の身体は漆黒へと染まる。
再生と破壊を複合させたものであるのなら、この眼を完全に撃ち滅ぼすことは出来ず、再生の隙を与えてしまう。
“ククク、三度目も同じこと!
貴様ら半端な神々の破壊の力など、恐れるに足らぬ!”
「これを喰らってからほざくがいい、行くぞぉ!」
炎は深淵のように黒く燃え上がっていく。
熱で肉が焼ける──
熱で皮膚が裂ける──
熱で血液が蒸発する──
自分の身すら破壊しかねない純粋な破壊の力が、この場を呑み込もうとしていた。
「おい、ベルフェルク!なんで助けに行かねえ!」
「……」
ベルフェルクの瞳は、ルシウスの後方にいるルークたちを捉えていた。
下級の邪神から受けた攻撃のせいなのか、剣士の左腕は欠損していた。
そしてその上で、彼は足手纏にはなるまいと防御に徹している。その後ろに誰がいるのか、わからない彼ではなかった。
「おいっ!」
全身が熱で膨張している。今にも張り裂けるほとの激痛を押し殺しながら、ルシウスは唯一人、今すぐにでも特攻を繰り出そうとしていた。
「ふん、馬鹿が……」
悪態を吐く。けれどもそれよりも速くに身体が勝手に動いていた。
考えるよりも先に、声にするよりも早く、セクメトの破壊の力が、ルシウスを覆い尽くしているシヴァの黒炎を“破壊”した。
「は、ぁ……が……ぁ!」
着ている衣服は鉄で熱されたように赤くなっていた。皮膚も髪も、辛うじて原型は留めているものの、もはや立ち上がることすら叶わないようだった。
「ったく、俺も俺だ。
策もなしにここに来るなんてな」
「けど、見直したぜベルフェルク。
こいつらは治しといてやる。ビシッとやっちまえ!」
シンディはルシウスに駆け寄り、生神の力で身体を蘇生させていく。
赤く膨れ上がった筋組織は、その波を抑えつけ、通常の肌色の身体へと返っていった。
「はぁ、うるさいやつだ……そこにいろ。奴らが来るまで時間を稼ぐ」
身体が勝手に前に出る。ルシウスやシンディたちを守るように。
ベルフェルクはふと、自分の溢した言葉にを振り返る。“奴ら”だなんて。
イングラムたちが来るのをまるで信じているみたいじゃないか。
“また雑魚が2匹死にに来たか”
「仕留め損ないに言われる筋合いはない」
俺も馬鹿ってことか──笑えるな。
自嘲気味に笑いながら、彼は倒すべき敵を見据える。
ベルフェルクは腕を掲げると、その双眸は黄金に神化する。砂塵が舞い上がり、地表が柔らかな砂へ、天井が堅牢な砂へと変わっていく。
“ほぉ……貴様、エジプトの神と完全に同調しているようだな?そこな弓使いよりは、愉しめるかもしれんな”
「無駄話が好みなようだが、俺は好かんな」
彼の身体が変わっていく。かつてのエジプトを治めたファラオたちの王族衣装にも似たそれを纏って黄金の杖を片手に握りながら空へと浮かび上がる。
「劣化しても尚、この力は貴様に通用すると証明しよう!」
“ほざけ、この一撃で楽にしてやろう!”
黄金の光と漆黒とが中間地点で爆発する。
その余波で、一つ眼は吹き飛び、またベルフェルクも同じく壁にその身を叩きつける寸前だった。
彼の手の動きは十字を切るような動作を素早く行うと、その背後から自分を守るための土のクッションを作り上げて衝撃を分散させる。
「驚いたな……邪神の言葉に二言があるとは初耳だが」
“き、さまぁ……!”
ベルフェルクは涼しげな顔を浮かべながら、尚も宙に浮かび上がっている。
衝撃を殺す動作を反射的に行い、一つ眼が
余波で吹き飛ばされている間に体制を立て直した。
彼の背に光る黄金が唸る。無数の翼膜が円を中心に展開し、その先端から無数のレーザーが放射される。灼熱砂漠のような超高温。
加えてベルフェルクは追撃するように漆黒の太陽をその頭上に出現させた。
ルークは眺める。かつて自分たちを斃そうとしたその技を、今度は自分たちを守るために使おうとしている。
“ククク!いかに手が込んでいようとも、全ては無に帰すのだ!”
「あぁ、そりゃあ当たり前だ。
どんなものでも使えば終わりが来る。役割であれ、形であれな……だがそれは、お前にも言えることだ」
ルシウスの破壊の炎にも比類しうる熱波が頭上から降り注ぐ。それは一つ眼を焼き焦がし、その表情を苦悶のものへと変えさせる。
第二の攻撃手段にしてはあまりにも強烈で、熾烈な猛追だった。
肉が熱に焼ける音が、今度は相手側の方から聞こえてくる。
「防ぎたいのなら防ぐがいい。
俺はその上をさらに行ってやるよ」
あろうことか、その黄金の熱波は一つ眼の瘴気を吸収、太陽の如きエネルギーで浄化しているようだ。
(この男、これだけの神性を放出してもまだ涼しげな顔をしているだと……!?
肉体や精神に強大な負担がかかるはずだ!
それになぜだ、なぜこちらの瘴気が吸収されている!?)
「ふっ──」
その程度か、とベルフェルクは笑う。しかしその眼差しは油断も慢心もない。チリチリと熱で焼ける音を背に、彼は指先で青白い熱線を放った。
それは、太陽の中にも存在する放射線をこの時代の人体が制御し得るレベルのものではあるが、彼はそれを、着弾時に増幅、増大させることで一つ眼の神核へ亀裂を入れていく。
ゆえにこそ、彼と彼らの仲間たちに害となる影響は一切起こらない。
“ぬぉぉぉぉぉお!!!!!”
「無銘の邪神め、お前程度が彼女を素体に出来ると思うな」
絶叫が轟く、ベルフェルクのその声は掻き消される。
“おのれ、おのれぇ!人間の分際で我々に勝てるとで──も”
禍々しい形の槍が、眼を貫いた。
血液代わりの黒と紫色の液体が勢いよく噴出する。
「リルル──」
来たか。
ベルフェルクは神性をその身体に潜めて着地する。
そして同時に感じ取った。
少女の中から滲み出る強大で邪悪な神性を。
「みんな、無事か!」
イングラム、アデルバート、リルル、レベッカが別の入口から姿を見せた。
ベルフェルクは戦意を沈め、ゆるやかに後退する。
「貴様か、貴様がクレイラを!」
重傷を負いながらも、その身体を余った瘴気で治癒していく一つ眼。
“ぐぅ、来たかイングラム、そしてリルル!”
ぎゃっ、と短い悲鳴を上げる一つ眼。
突き刺さっていた槍はリルルの手元へと返っていった。
「私がやるよ騎士様」
「ダメだ、俺がやる」
前に出ようとする少女を制し、イングラムが立ちはだかる。
彼は槍を顕現させると、真っ直ぐに敵を睥睨した。
「君はナイアーラトテップの力を過信しすぎている。その過信は自分の身を滅ぼす。俺が、今から教えてやる」
(今回は譲ってやる。お前がどんなふうにリルルに説教垂れるのか、見せてもらうぞ)
ベルフェルクは言葉にしないまま、ルークたちに気付かれないように
土のマナで彼らごと守りを固めるのだった。




