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第320話 「ヨグ=ソトースとの会話」

「大丈夫だよ、騎士様。私はこう見えて槍のせんす?があるんだって!ラップちゃんが言ってたもん、ねぇ?」


「そうとも、君のそのセンスはオーディンの娘であるブリュンヒルデを軽くあしらうほどのものだ。人間ならばまず太刀打ちすることは出来んよ」


それは違う──


イングラムは本能で直感する。その力はナイアーラトテップが意図的にリルルに憑依してそれを肉体に染み付かせたものだ。


そして、あしらったという槍も、おそらくはナイアーラトテップが事前に用意した物。


「イングラム、リルルの意思は固い。お前がどうこう言ったところで、この子は一度決めたことは曲げないだろう」


「仕方ない、か……だがリルル。

危なくなったら俺のところに来るんだぞ?」


「うん!」


これ以上の悶着は時間の無駄だ。もし万が一が起きても、その時は自分を含めた仲間たちが助け舟を出せばいい。必ず守り抜く。


イングラムは拳を静かに握りながらそう誓う。ライルの方法は納得はすれど、理解することはない。


そう自分に言い聞かせ、鋭い視線を向けたまま白き戦士を見る。


「さあ、残るはヨグ=ソトースだが──」


「まさか、あいつの力も借りるつもりですか!?」


「ベルフェルクから話は聞いている。あいつは命を懸けて精神層にダイブし、人類側にひとときの間立てと言ったそうだな。あれから時間が経っている。返答の可否くらいは頭に浮かんでいるだろう」


「無茶苦茶だ……頭がどうにかしてしまいそうだ」


「そうだな、少し時間を置いたほうがいいだろう。冷静さを取り戻すにはそれが一番の方法だ」


イングラムが珍しく苦悩しているのを横目に、ライルは彼の背後に立って手刀で気絶させた。


「よし」


「わーん!よしじゃないー!!」


右往左往して慌てふためきながら絶叫するリルル。

そしてそれを見て悦に浸る邪神。


「ククク、愉悦……」


前のめりに倒れたイングラムを見下ろしながら、ナイアーラトテップに向き直る。


「さて、呼び起こしてきてもらおうか……交渉にはもちろん、お前も参加してもらう」


「やれやれ、邪神使いの荒い男だ。だがしかし、そこが好ましいところでもある」


不敵に笑みを浮かべながら、ナイアーラトテップはイングラムの身体に手を触れると、口元を通して精神層へ侵入していった。


「随分手洗い方法を使うんだね。レオンならまともなやり方を思いつくよ」


クレイラが姿を見せる。治療期間中の休憩時間らしい。


一体どこまでやりとりを見ていたのか。


「覗き見とは趣味が悪いな……だがちょうどいい、君にも最凶と謳われる神がどの程度のものか認識してほしかったんだ」


「それは構わないけれど、ヨグ=ソトースがまた彼の乗っ取ろうとしたらどうする気?」


ライルは拳を向けて前に突き出した。


「この身を以て沈黙させるさ。

伊達に神殺しの血を引いているわけじゃない。それに、今のイングラムは生きている。死んでいた時とは比較にならないほど、奴は自由が効かないはずだ」


「ふぅん、計算ずくってわけだ……」


そういうこと、とライルは嗤う。

レオンの爽やかな笑みとは正反対の醜悪な顔だ。


「やあ、お待たせした」


「────」


むくりと立ち上がるのは、不気味に伸びた灰色の長髪、全身を黒で覆い尽くした美男子だった。イングラムの面影はあるが、ぱっと見では別人に思えるほどに見違えている。


「お前を信じて出てきた私が馬鹿だった。こんなふうに起こされるとは」


「地上でくすぶっていたせいで感覚が鈍ったかね?らしくないなヨグ=ソトース」


「かもしれないな……それで、目の前のこの男が例の神殺しの男か……」


不気味に光る黒い眼を向ける。ライルは目を細めながらその行為を笑った。


「無駄だ、お前の権能はこの血の前では機能しないぞ」


数秒直視し続けたが、ライルにはなんの変化も起こらない。


神殺しの血が邪神たちの力を中和させるというのは事実らしい、


「そのようだ……しかし、全くどうして人外ばかりのメンツだな」


微笑しつつ身体を起こす。事を荒立てるつもりはないようで、彼はのんびりと両腕を伸ばして深く呼吸をした。


「テラか……あぁ、ひと目見たいと思っていたが、やはり美しいな」


クレイラを覗き込むように視線を下ろしなから彼女の顎に手を当てて引き寄せ、そして見つめる。


瞬きをしてしまえば、唇を重ね合わせているのではないかというほど、近い。ただわかるのは、彼らはキスをしない。両人からは凄まじい険悪なムードが漂っているだけ。


「わー!騎士様の身体でキスしちゃだめ!」


それを目一杯引き剥がすのがリルルだ。


ナイアーラトテップの力を用いて、重力に引き寄せられたかのように後方に引っ張り出す。


勢いあまって、空中に脱力したマリオネットのようにぶらりと全身を脱力させていた。


「あなた、全てと繋がっているんじゃないの?私の顔はいつでも見れるでしょうに」


「ククク、甘いな。映像で見る景色と実物で見る景色とでは雲泥の差だ。その場の空気や質感、気温、感触、周囲の奏でる音色……それは人間の形を模したお前も同じだ」


クレイラの造形美は神をも凌駕している。

ヨグ=ソトースすらも一目置くほどだ。


「邪神に褒められるとは思わなかった。でも、この姿を創造したのはレオンだから、それは覚えておいて」


「ほう、弟は存外いいセンスを持っているらしい」


空中で黒い刃がヨグ=ソトースの背中周りを斬った。ナイアーラトテップの拘束を破り、彼は地面に着地して灰色になびく長髪をずらした。


「──さて、ベルフェルクとやらに迫られた選択の答えだが……今のところ私が邪神側人類側に直接言接手を貸すことはない。どちらかに付いた時点で、相手側は敗北は必須なのは明らかだ。それでは結果論として、結末を知る側としては面白くない」


だから、と付け加える。


「お前たちの知恵で、やつらを出し抜いて見せてくれ……勝利までの過程が面白ければ、気まぐれを起こしてやってもいい……だが、もしそうでなければ……」


それ以上の言葉を、ヨグ・ソトースは口にしなかった。


「それまでは、高みの見物というわけか。お前も神が悪いな……」


ニヤニヤと表情を変えないナイアーラトテップは、その小さな身体でヨグ=ソトースの周辺をくるくると回る。


「お互い様だ……」


彼女を見ることはせずに、髪をなびかせて、背を向けて歩き出す。


「騎士様どこにいくのー!!」


「……この男の身体を使えるのは極僅かな間のみ、だからこそうどんを食べに行く」


顔だけをリルルに向けて、口端を吊り上げる。


「ここで買って食べればいいだろうに」


ライルの言葉に少し苛ついたのか、ヨグ=ソトースは顔を手で抑えながら微笑する。


「私の話を聞いていなかったのか?いくら出来立てとはいえ、こんな場所で食べるのと職人が目の前で材料を打って提供してもらうのとでは、受け取る感性が違う……お前は存外、頭が悪いようだな」


「ふっ、人間の食事ならば私も同行しよう。お前はこの世界には疎いだろう?」


ナイアーラトテップはリルルに憑依し、彼女の意識そのものを眠らせた。白い長髪をなびかせ、アルビノの肌を晒しながら、黒い衣装に身を包んでいるヨグ=ソトースの側に立つ。


「必要ない……」


ソラリスの出口に立って、今すぐに降り立とうとしているヨグ=ソトースに、彼女は忠告する。


「過程を見ること自体はじめて……その上電子マネーの使い方も知らんだろう?お金を支払えるという結果だけ知っていても意味はないぞ?」


ヨグ=ソトースが何も知らない。いや、知りすぎていてその答えを見つけ出すのに手探りになってしまうのをナイアーラトテップは理解しているのだ。


わざとらしく煽ることで、悦を得るためには彼女は同族にすら言葉の牙を向ける。


「ほう……?私を無知な子供か何かと思い違いをしているようだな。付いて来い。うどんの購入程度、秒で済ませてやる」


「ククク、では1分になったら大声で愉悦と笑ってやろう。構わぬな?」


「──構わん。

早く来いナイアーラトテップ。

うどんは待ってはくれない」


しばしの沈黙ののち、ふたりはふわりと浮かんで地上へと消えていった。


「一応後をつけるか」


ライルは手を振りなから追いかけた。その場に残されたのはクレイラのみとなった。


◆◆◆


ザ・居酒屋という風情たっぷりのうどん屋。暖簾が風に揺れ、奥から店主や常連客たちが賑わいをみせている。


「入るぞ」


「うむ、同伴者ということでひとつ頼むぞ?“お兄様”」


背中にゾクリと悪寒が走る。地の底から響くような声でお兄様などと言われれば、それは誰だってそうなる。


「へい、いらっしゃい!初見さん2人入りまーす!」


「……」


ヨグ=ソトースは椅子に腰掛ける。視線を上げれば、木の板にずらりと並ぶメニューの数々が見えた。


「大将」


ナイアーラトテップが手を上げ、大将を呼んだ。


「へい!何にしやしょう!」


ナイアーラトテップは神の如き速度でメニューを網羅する。そこにひとめ止まったのがあった


「デスサイスヘルマーボーひとつ」


会場がどっ、とどよめく。


なんでもこのメニューは何人もの挑戦者がいたものの、皆臓器を破壊されて再起不能になってしまったという伝説のメニューなのだそうだ。


「しょ、正気ですかいお嬢ちゃん!

大の辛いもの好きでも臓器が機能不全になったんですよ!?」


「それがなんだ?私が食べると言ったら食べるのだ。用意を」


「へ、へい!デスサイスヘルマーボーうどん一丁!お、オーダー入りました!」


「大将、鶏むね肉のポン酢うどんの特大をひとつ。冷たいやつで」


「あいよぉ!鶏むねポン特一丁!」


数分後、店内は刺激に包まれた。店員たちは専用のガスマスクをしながら提供される。マグマのように煮えたぎる汁、黒く伸びるうどん。鼻腔を突き刺す激痛。


「ほぉ!これがマーボーうどんか!」


ぼこぼこに弾け、飛び散る汁が頬に付着する。熱いなんてものではない。


痛いという言葉がしっくりくるだろう。それに歓喜しているナイアーラトテップがいる。


「これがうどん……ククク」


「「いただきます」」


「こいつら、普通に食ってやがる……!」


心配であとを付けてきたライルだが、それはどうやら杞憂だったようだ。

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