第313話 「神との激戦 ゼウスとルキウス」
「そぉらよぉっ!
避けれるんなら避けてみろっ!」
ルキウス・オリヴェイラは視覚と直感を頼りにギリシャの神相手に奮闘している。
頭上へ降りかかる黄色い閃光、着弾する際にその輪郭を浮かべる影、間髪入れず、間隔を空けずに、適当に落とす落雷をゼウスはアリを潰す幼子のような表情で見ていた。
いつ潰れるのか、いつ倒れるのか。
それが、彼にとっては愉しみでしょうがないらしい。
「まったく、どう返せばいいやら」
あの醜悪で悪戯を孕んだ笑みを見ればどう思っているかは手に取るようにわかる。
ゼウスの裁きの雷は、それこそ一撃必殺というにふさわしい破壊力を持つ。
それを使わずに様子見の落雷でルキウスを弄んでいるのは、己を傷つけるに相応しい存在かどうかを見極めているのだ。
現にルキウスは、ギリギリとはいえ落雷を躱し続けている。
並々ならぬ怪物と対峙し、それに勝利した経験が彼を回避へ繋げているのだろう。
「そろそろ動くか……」
ルキウスは矢を装填し、それを射った。
回避行動の最中でも、決して軌道をずらすことはない、正確無比な一矢は、真っ直ぐにゼウスに飛んでいく。
「……!」
更に次の手を出す。
右手の五本指、その間に光る石を挟み込みそれぞれひとつずつを、異なる方向へと無造作に投げた。
赤い軌跡を残しなから、それは地面に転がり落ちて消散する。
(さて、今度は表の表を突くか)
聴覚を麻痺させるほどの爆音を、瞬間的に聴覚遮断で回避する。
後方へとバク転しなから、ルキウスは第三の手を打った。
感覚を元に戻して、装填していない弓を構える。
両足をより地面に密着させたまま
視線をゼウスにのみ固めて、指先の感覚に神経を尖らせる。
天空に白が走り、そして吠えた。
自分の頭上より光が奔る。
それが稲妻となって、ルキウスの内包する体液めがけて降ってくる。
それを知っていたからこそ、彼は第三の手を打てた。
「避けなきゃ丸焦げだぜおい!」
そんなことは知っている。
自嘲気味にほくそえめば、その雷はルキウスの全身を穿った。
流石のゼウスも、まさか避けないとは思わず、虚を突かれた形で目を見開いた。
「おいおい、マジかよ!」
「残念ですが、焦げる趣味はなくてね」
雷を平然と被りなから、前に出て後頭部を掻き乱す。
ふわりと宙に浮かせるカプセルは、それが合図だったかのように風のように消えていく。
「イングラムじゃあるめえし、なんでマナも使えないお前が五体満足に突っ立てるんだよ」
「種はいずれ明かしますよ」
小さく指を鳴らすと、ゼウスとルキウスを取り囲むように、床に砕け散った石が赤い光りを放つ。
それらの光は、天から降り注ぐ雷の威力を分散させて地面へと逃がしていく。
避雷針のような役割を果たしていた。
それだけではないですが、とルキウスは表情で語る。
「へぇそうかい、なら、こいつの出番か」
ゼウスの手に握られているのは、裁きの一撃を降す神の武具ケラウノスだ。
ルキウスはあれを手から落とす算段を整え、今実行に移している。
あれを使われてしまえば、避雷針の役割を担う赤いベールが粉々に打ち砕かれてしまうだろう。
これらは外側よりも、内側の方がより強度の高いシールドで守られている。
それでも、ゼウスの必殺は脅威であることに変わりはない。
ゼウスの意思で、天井からも、直線からも打てるのならば、ルキウスはどう対抗するのか──
「けけっ」
ゼウスの値踏みするような視線が、目に見えない刃物となって向かってくる。
「フッ──」
嘲笑を以てそれを躱す。
どれほどの時間が経過したのかはわからないが、これほど充実した戦いも2回目だ。
思えば、錆びつき、摩耗した戦いの魂を奮起させてくれたのは、かの憧れの英雄……その子息だった。
彼は自分の全力を、全てを以て打ち返してくれたはじめての人間だ。
湧き上がる興奮が、迫り上がる高揚が幼かった頃の自分を思い出させてくれた。
その感覚が、しばらくしないうちにその規模を容易に越えて現れくれている。
「実に愉しいものだ、思考を巡らせ、戦うというのは──」
ルキウスは弓の両端を掴み、それを引き抜いた。形状がトンファーへと変化し、重々しい金属音が先端を擦れる度に鳴る。
「へぇ、遠近両用か……!」
ゼウスが言い終わるよりも前に疾駆する。
天空の雷は赤のシールドが防ぐし、
ゼウスの必殺の雷は、相応の時間と集中力が必要なはすだ。
だからルキウスは、あえて愚直に、直進してゼウスのケラウノス目駆け双つの重撃を振るう。
ジリジリとした、静電気にも似た痺れがトンファーを起点に迸る。
「──ッ!」
「大した度胸だぜ、ただの武器でこいつを殴るたぁ!
死んでもおかしくねえのによ!」
雷の衝撃を和らげるための緩和剤としてこれまで落雷した地点を、回収するような足取りで回避を繰り返していた。
数分の時が経っても、強烈な残滓があると理解して、それを弓の先端に触れさせることでゼウスの雷、その性質を取り込んだ。
しかし、やはり雷霆の名を冠する武具だ。
ただの雷とではあまりにも差が開き過ぎている。回収していなければ敗北は必須だったろう。
「よく耐えたなぁ、褒めてやる!」
「光栄、ですね……!」
──やはり残滓では限りがあるか
結論に至ると同時に、更なる雷撃が
全身を這うように走った。
「──ッ!」
苦悶の表情が浮かぶ。
額にじわりと脂汗がにじみ、滴り落ちる。
ゼウスは測ろうとしているのだ。
ケラウノスの振りに、どこまでマナを使わないただの人間が耐えられるのかを──
(激痛も激痛だ、まったく、こんな力を受けて生きていられる自分も異常だが……)
トンファーを弓へ戻して不可視の矢を射ると、強風が可視化できるほどの質量を帯びてゼウスを後退させる。
吹き飛ばすことはできなかったが、体制を崩すことはできた。
「逃す手はない」
この瞬間をルキウスが見逃すはずが
なかった。彼は目を見開くと、その双眸が白銀へと変化する。
ルシウスの千里眼は相手の情報を読み取る諜報用の黄金の瞳だが、ルキウスは千里眼ではなく瞬発的に火力を高めるための戦闘用の瞳だ。これを発動する。
弓の形が更に巨大化し、白銀のプロテクターに包まれていく。
「一矢必中……!」
彼の矢を射る瞬間の集中力は異常だった。
先程受けたダメージも、未だ消えることを知らない這うような感覚も、的を前にした彼には意味を持たない。
水面に立つ的を、中心を定めて、撃つ。
それがただ神であるだけ、ギリシャを支配する王であるだけだ。
矢が引かれ、弦がゆっくりと伸びていく。
引き絞られる限界点までいけば、彼はその集中力を一気に開放する。
「破ッ──!」
風を置き去りにし、音よりも疾く射られたその矢は、余波で通過点を破壊していく。
白銀を纏う赫の一矢は、その威力を殺すことなく、むしろ増幅させたままゼウスへと飛んでいく──!
「ケラウノスを使うハメになるとはな!
おらよぉ!」
指を鳴らす。それだけの動作によって
裁きの雷霆が、矢と中間地点で衝突した。
「へっ、ま、すぐおじゃんになるだろうさ、愉しめたぜルキウス」
後頭部を掻き乱し、勝者になると理解したゼウスは背を向けた。
“まだ負けていない相手に背を向けてしまった”
ルキウスはそれを視て嗤う。
彼にはまだ、発動していない奥の手があったのだ。
「この眼が続く限り、火力は増加し続ける。そして──」
ゼウスは油断した。
たかだかマナを使わない人間だからと、最小限の破壊力の雷霆を放ったのだ。
しかし、それが仇となった。
「俺の矢は、技術の賜物だ。
それを、身を以て経験していただく!」
宙に消えたカプセルを解放し、それを第二の矢として装填する。
「雷霆の一矢は、赫き一矢と共に
かの王を打ち破る──ッ!」
黄色の閃光がひとつの矢となって白銀の弓に宿る。
身体に迸る激痛、苦悶の表情を浮かべながらも、ルキウスは堪らえる。
赤のベールは、天空から受け続けた雷霆を地面へと逃がしていた。
その逃げた雷霆は、自動的にカプセルへとエネルギーに転換され、破壊力を増していく。
つまり、ゼウスは敵の火力を増長させていたということになるのだ。
臨界点を示すそれは、矢に纏わり付くように集まっていく。
「これが、種明かしだ──ッ!」
ゼウスの必殺の雷には到底及ばないだろう。しかし、それは最大火力での話だ。
ルキウスの白銀の眼の効果、赤のベールの収集能力、カプセルの威力増強──
それらが全てひとつに混ざり合い、溶け合えばどうだろう。
マナを持たない人間が放てる、至上最強の一撃足りうるのではないだろうか。
例え及ばすとも、赫の矢を押し上げることだけでも意味はある。
黄色の閃光が放たれた。
赫と黄色の二重奏が、ゼウスの雷霆を打ち破り、退ける。
「あん?」
異変に気づいて、振り返ったときにはもう遅かった。
ゼウスの眼前には、最後まで油断していなかったルキウスが笑みを零していたのだから。
「な、お、おい!
ちょっとタンマ──」
ルキウスの至上の一撃は、ギリシャの神ゼウスを負かした。
彼の身体は黒焦げになり、わけがわからないと頭を両手で掻き乱した。
〈ふんっ!〉
そして、支配権を取り戻したアデルバートがその場に尻餅をつく形になってしまった。
「よぉ、勝てたなルキウス」
「運よく勝利、だな」
ルキウスは立ち上がれないアデルバートに手を差し伸べる。
彼はそれをしっかりと握り、立ち上がった。
「しかし驚いた、てっきり俺に身体を投げ渡して逃げるかと踏んでいたが……」
「ゼウス様も、豪語したからには
逃げるわけにはいかなかったんだろうさ……意外ときっちりしているのかもしれん」
ルキウスの中に奔った雷の感覚は消えた……仮とはいえ、ゼウスに勝てた報酬なのかもしれない。




