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第187話「海の神の天啓」

2日程経った後——ルークは、この海の時間の流れが異なることに気づく。


「しかしあれですな、ここは時の流れが非常に緩やかというか、神秘的というか。人の手が行き届いていない未知の領域というか。そんな不思議な感覚がしますな」


ルークの声が、水中に溶けていく。時間の感覚が曖昧で、まるで夢の中にいるようだった。


「鋭いのですね、ルークは。はい、ここは私達海の神が管理しているので、自然と神の聖域となるのです。コンラは陸扱いになるので、加護を与えることは叶いませんでしたが……」


アンピトリテの声には、わずかな悲しみが滲んでいた。


「お前が来る前にも、大量の人間の亡骸が落ちて来やがった。上で争いでもあったのか?」


ポセイドンが心配そうに、ルークを見つめる。その瞳には、本物の憂慮が宿っていた。


ルークは腕を組み、うんうんと頷きながら——海の上、つまりはコンラがあった場所を指差した。


「ええ、あの変な赤い赤ちゃんみたいな怪物に本気を出したせいで、ここに落ちて来てしまいました」


「赤い赤ちゃん……?」


ルークは、コンラに来る前も同じ様な怪物に襲われたことを、二人の神に説明した。言葉にするたび、あの時の恐怖が蘇ってくる。


「それは、邪神の赤子ですね。最下級の邪神になる直前の怪物なのですが、到底人の子が太刀打ちできる存在ではありません」


アンピトリテの声が、重く沈んだ。


「……しかしなんでお前は正気を保ってるんだ?おいちょっと待て、お前から感じるその光は一体?」


ポセイドンに指を差されて——初めて気がついた。


身体の中に、暖かくて真っ白な光が、仄かに煌めいているのを。胸の奥が、ほんのりと温かい。


「……これは、光のマナ!神を討ち滅ぼすことが出来る宇宙のマナです」


ルークの声が、驚きに震えた。


「なぬっ!?アンピトリテ!今すぐそいつから離れろ!討たれちまうぞ!」


ポセイドンの声が、恐怖に満ちている。


「失敬な!命を救っていただいたアンピトリテ様を痛ぶるなど、俺の騎士道に反する行いですぞ!美人なら尚更ですぞ!」


ルークが、胸を張って宣言する。


「ルークを助けたのは、ヨルムンガンドと呼ばれる北欧の神ですね。彼は自由奔放なので、海の神とか名乗るつもりはないようですが。まあそれはおいおいお話しするとして……」


アンピトリテは穏やかな笑みを浮かべ——メガネをかけると、いつの間にか白いホワイトボードに指揮棒を当てた。


コツン、という軽やかな音が響く。


「簡潔に言えば、我々地球史の神の力の源であり、邪神の弱点とも呼べる力です。それは宇宙から目に見えないエネルギーとして降り注ぎ、この銀河を支えているのですよ。普通は邪神を目にすれば狂気に囚われてしまうのですが、光のマナがそれを防いでくれたようですね」


アンピトリテの説明は、丁寧で分かりやすい。その声を聞いていると、心が落ち着いた。


「ふむふむ、では太陽や月が美しく見えるのも、アンピトリテ様が美しいのも、光のマナのおかげと言うわけですな?」


ルークが、にっこりと笑う。


ポセイドンはルークの肩に腕を回して、ガハハと笑った。どうやら妻を褒められたことが、嬉しいらしい。その笑い声が、水中に響き渡る。


「その通りよ!ルークおめえよくわかってるじゃねえか!がはははは!」


「ははは!それほどでもないですぞ!お義父さん!」


二人の笑い声が重なり合い、水が震えた。


「しかし……その力は人の身に宿るには、あまりにも強大であり、膨大です。普通ならば死んでしまってもおかしくはありませんが……一体どこでその力を?」


アンピトリテの瞳が、真剣な光を帯びる。


そう言われれば——とルークは腕を組み、顎に手を当てる。冷たい水が指先に触れた。


思い当たる節は、全くない。


「うーむ、わかりませんな!」


明るく、あっけらかんと答える。


「さようですか……光のマナであれば、我々の傷を癒すことも可能なのですが」


アンピトリテの声に、わずかな期待が滲んでいた。


「ほう!では助けていただいたお礼に、光のマナ使いを見つけてここに連れて来ましょう!さすればお2人の傷も癒えるはずですぞ!」


ルークの声が、弾む。


ポセイドンとアンピトリテは顔を見合わせながら、クスクスと笑った。その笑い声は優しく、温かい。


ルーク自身は冗談で言ったわけではないのに——


「あぁ、しかしここはお前には少しばかり窮屈かもしれん。身体の中の風も、そう言ってるぜ?」


ポセイドンの声が、優しさを帯びている。


「む、そう言われれば——なんの違和感もなしに水中で喋ったり歩いたりしてました。ここでは風を感じられないのですね」


ルークの声に、少し寂しさが混ざった。


「ならソラリスへ行けよ。日本って知ってるか?そこの神話のスサノオって奴が、お前と似たような属性の持ち主でよ!」


日本——


かつての西暦時代の大西洋に存在した、唯一の島国である。高い技術力と戦術があり、アメリカや中国といった大国と外交を用いて、西暦最後の最大の戦争を最後まで生き抜き、そして滅んだとされる国。


「スサノオ……?はて、神話にはてんで弱くて、イングラムくんやレオンくんならともかく、俺は全然歴史に詳しくないんですよね。地理は西暦史の授業で習いました」


「なぁにぃ!?」


ポセイドンが恐ろしい形相で、ルークの胸ぐらを両手で掴み上げる。その力は強く、身体が浮いた。


「オメェギリシャ神話を知らずに、儂の妻に助けられたっていうのか!あぁ!?」


ポセイドンの怒声が、水を震わせる。


「そうですが……?いえ俺、剣術専門の科目に多く出席してて、歴史はレオンくんが万年満点でした」


ルークが、困ったように笑う。


アンピトリテが口に手を当てながら驚き、まあまあと夫であるポセイドンを抑え込む。その手つきは優しく、柔らかい。


ルークはそんな慈悲深い彼女に、わざとらしく視線を向けて——爽やかに微笑む。


「しかし美人な海の女神様ですな。俺がお義父さんが羨ましいですぞ。なにせこれまで出会った女性(人妻)の中で、これほど素晴らしい方は初めてです。ここに落ちたのはラッキーでしたな!」


「お?わかってるじゃねえか!ルーク!がはははは!」


「ははははは!だから襟袖を離して欲しいですぞお義父さん!」


人間と海神は大袈裟なくらいに笑いながら——二人は肩を組み、ハイタッチを交わした。


パァンッ——!


手と手が触れ合う音が、心地よく響く。


「それでアンピトリテ様。どうすればそのソラリスとやらへいけるのでしょうか?お教えいただき存じますぞ!」


「そうでしたね、では、私の力を使って貴方を天に押し上げましょう。風のマナ使いなのですから、安易に切り裂かれずに済みますし」


アンピトリテの声は穏やかだったが——


(凄い怖いこと言ってる!?)


ルークの心の中で、冷や汗が流れた。


そんな事を思っていると、アンピトリテは両手を胸に当てて——何か詠唱を始めた。おそらく空へ飛ばす神秘を使うつもりなのだろう。


空気が震え、マナが集まっていくのを感じる。


「彼の剣士を遥かなる故郷へ遣わしたまえ!大いなる海風!」


ルークの足元から、ぼこぼこと泡が出現した。


ブクブクブク——


それはやがて渦となり、身体を押し上げられていく。下から突き上げられる圧力が、全身を包んだ。


「お二方、ありがとうございました!この御礼は必ず致します!」


ルークの声が、必死に響く。


「はい、私達はいつでも海深くにいますからね。何かあればおっしゃって下さい。それでは、お気をつけて」


アンピトリテの笑顔が、優しく揺れる。


「いい戦果を期待してるぜルーク!あばよっ!」


ポセイドンが、力強く手を振った。


ルークは礼儀正しく一礼すると——


海から射出されたように、飛ばされた。


ゴォォォォォ——!


コンラがあった場所を通過し、空へ浮かび上がる。そして一つの国へと——背中から思い切り突き飛ばされたように、風が吹いた。


身体が宙を舞い、風圧が肌を叩く。


「ウボァー!」


◇◇◇


「きゃぁぁぁぁぁ!!!」


オレンジ色の美しい和服に身を包んだ神が、恐怖の雄叫びを上げる。


それもそうだ——海老反り状態になりながら、ソラリスの日本領域に着地したのだから。声を上げない方が、おかしい。


ドスンッ——!


地面に叩きつけられる衝撃が、全身を貫いた。


「ぐふっ……恐るべし神の力……!だが、最期に美女を見られましたぞ!我が生涯に一変の———」


ルークの声が、かすれる。


「あ、あの、人の子、よね?なんでこんなところに来たの?」


不安そうな、優しい声。


「ご挨拶が遅れましたな!私は風のマナ使い、ルーク・アーノルドと申しますぞ!スサノオ様はいらっしゃいますかな!?」


ルークはその声色を聞いた途端に——飛び起きた。


首元まで伸びた黒髪。背中には羽衣を纏い、オレンジ色と白を中心とした神聖な衣装を身に纏っている。


顔立ちは小顔であるものの、キリッと整えられたラインが印象的だ。その美しさに、思わず息を呑んだ。


「え、ええっ!?弟のスサノオに用があるの?」


「おや、弟?では貴女様は、スサノオ様のお姉様ですかな?」


「うん、私はアマテラスノオオミカミって言うの。長いからアマテラスでいいよ、よろしくねルーク」


太陽の如き温かな微笑みと共に——右手を差し出された。


その笑顔は、本当に太陽のように眩しい。


ルークは思わず、顔が綻ぶ。


「アマテラス様、よろしくお願いしますぞ!」


右手で握手した後——親交をより確実にする為に、彼女の手の甲に左手を重ねる。柔らかく、温かい手だった。


「姉貴っ!!!!!」


「ひゃぁぁっ!?」


周辺を見渡す暇もなく——日本の神殿らしき建物の奥から、轟く程のバカでかい声が聞こえてきた。


その声は、怒りと痛みに満ちている。空気が震え、鼓膜が痛んだ。


「す、スサノオ……!?お客様、だよ?」


アマテラスの声が、怯えたように震えている。


「……連れてきてくれ」


低く、重い声。


ルークは目をぱちくりさせながら、アマテラスを見る。弟は自分で歩いてこないのか、と。


「あ、ごめんね。弟は大厄災の時に大怪我を負ってしまって、歩くことすらままならないの」


アマテラスの声に、深い悲しみが滲んでいた。


「なるほど、ならば客人自ら顔を出すのが良いですな。ご案内お願いしますぞ!」


ルークの声は、明るく前向きだ。


「う、うん!それと、そろそろ握手の手を離してもらっていいかな?」


アマテラスの頬が、ほんのりと赤い。


そして二人は、神殿へと足を踏み入れた。畳の冷たい感触が、足裏に伝わる。


「スサノオ、具合はどう?」


「いいと思うのかっ!!!」


「ひぃっ!ごめんなさいぃぃ!」


その怒声に、空気が凍りついた。


「おおっ、お義父さんとはまた違う——威圧感というかプレッシャーだな」


ルークは、スサノオの全容をその目に捉えた。


身体の所々に見られる黒紫色の傷跡が、邪悪な光を放っている。痛々しく、生々しい。


しかし、日本神話の嵐の神と言われるだけあり——その顔は整っており、肩には陣太鼓らしき物が並んでいる。


褐色肌で肩まで伸びた白髪が、特徴的だ。神気は未だ健在で、その威圧感は——気を抜けば失神してしまうほどだ。


「人の子よ、如何様にしてこの国へ迷い来た?」


スサノオの声が、低く響く。


ルークは一歩前へ出ると、首を垂れて述べる。


「スサノオ様、私はギリシャ神アンピトリテ様とポセイドン様より助け出され、御身が嵐の力を使うと知りこちらへ遣わされました。ぜひ剣術の指導をお願いしたく」


真剣な声。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


「無駄だ、帰れ」


冷たく、断絶した声。


「無駄とは、どうしてそう判断されたのですか?」


ルークが、まっすぐに見つめる。


「人の子は愚かで、脆い」


「確かに」


あっさりと、頷く。


「いやそこ納得しちゃダメだよ!?」


スサノオとルークの会話に、思わず突っ込みを入れるアマテラス。


しかし剣士は、続けざまにこうも言った。


「しかし、弱くはない。今の時代、西暦よりも人は確実に強くなりました。邪神に対抗出来るかと言われれば、全員がそうとは言えません」


ルークの声が、力強く響く。


「……だからだ、いくら成長したとはいえ、また奴らが動き出せばこの星は今度こそ終わる。神といえど全知全能ではない。最強ではないのだ。人の子なら、尚更な」


スサノオはどこか儚げな表情を浮かべながら、ルークを見据える。その瞳には、深い絶望が滲んでいた。


「ではスサノオ様は、おめおめとこのまま地球が邪神に支配されてしまっても構わないと、そう仰っているのですか?」


ルークの声が、静かに問いかける。


「なに……?」


スサノオの瞳が、わずかに揺れた。


「俺には貴方が生まれたこの青い星が、奴ら他所者に奪われても仕方がないと——聞こえてならないのです」


ルークの言葉が、空気を切り裂いた。


スサノオは満身創痍のその身体を椅子から起こし——ルークの目の前に、歩み寄る。


ズシン、ズシン——


2メートルは余裕で超えているだろう、その身体から放たれる威圧感に——思わず額から吹き出た汗を拭う。手のひらが、冷たい汗で濡れた。


「貴様、先程から大人しく聞いていれば——癪に触るようなことを言いってくれるな!この場で斬り伏せてやる!」


怒りが、爆発した。


「スサノオ、ダメっ!」


アマテラスの悲鳴が、響く。


嵐の神の逆鱗に触れたルークの頭上に——草薙剣が振り上げられる。


それに対抗し、彼も剣を鞘から抜き——


キィィィィィィンッ——!


その一撃を受け止めた。


だが、その強すぎる力と風圧で——日本領域から弾き出されそうになっていた。


ゴォォォォォォ——!


「くっ……うっ!」


振るわれたその一撃は、まさに神の力と言えるだろう。


嵐の如き暴風が吹き荒れ、巨大な大木すら容易に抉り飛ばしてしまいかねないほどのものだった。風が肌を切り裂き、呼吸すら困難になる。


「ぐふっ……!」


しかし——剣を振るった代償は、大きかった。


全身の傷口が大きく開いて、血があらゆる場所から噴き出す。生温かい血の匂いが、鼻をついた。


彼はよろめきながら後退し、椅子に座った。


「なんて、力だ……!これが嵐の神の力!」


ルークは、身を以って体感する。神の圧倒的な力と、その偉大な功績。


そしてスサノオが創り出した歴史を——まるで自身の走馬灯のように。


「ヤマタノオロチ、日本創生……そして、大厄災……!」


それはワンシーンのカメラのように、瞬きをすれば所々場面が切り替わった——だが、ルークが彼の歴史を知るには、充分過ぎる物だった。


彼の苦悩を共有する事はできない。だが、彼の築いてきたものを未来へ繋ぐ事は——できる。


「日本神話……興味が湧いてきたぞ!」


剣士の頬は、思わず緩んだ。


歴史がこれほどまでに面白いとは——これまで感じなかったのだから。


その魅力に、意図せずスサノオは気付かせてくれたのだ。


「こうなれば邪神話も日本神話も網羅するぞっ!早速お願いせねば!」


ルークは、脱兎の如く神殿に駆けていく。足音が、畳を叩いた。


スサノオはまるで信じられないものを見たような表情で、出迎えた。


「なぜこの場にいる……!貴様、吹き飛ばされたのではないのか!?」


その声は、驚愕に満ちている。


どうやらルークの風のマナが、スサノオの嵐の力を僅かながらに吸収したらしい。


しかしすぐに——彼の顔色は、真っ青になった。今の彼の身に、神の力はまだ早過ぎたらしい。


胃の奥が、ムカムカと気持ち悪い。


「アマテラス様……お手洗いは何処??」


ルークの声が、必死だ。


「え、んんと、厠の事?」


「厠……?なに、それ、なに……?」


ルークはアマテラスの襟袖を掴み、その最悪な顔色を見せつけた。冷や汗が滝のように流れ、顔が土気色だ。


厠とはトイレのことなのだが——歴史が苦手な彼が、それを知るはずもなかった。

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