第178話「潜入」
「間も無くソルヴィアに到着します。皆様、変身の準備を!」
セリアの指示が通達されると、イングラム、ルーク、アデルバート、ルシウスは隣に立って顔を上げる。全員、すでに覚悟は決めているようで、アプリを起動する指の動きは正確無比だった。
ボタンをタップすると身体は眩い光に包まれる。
目を開けていられない。温かさが全身を包む。
アニメの中の女の子が強いヒロインへと変身するワンシーンのように、それぞれ個性ある姿へと変わった。
「ルーデリア王妃!」
「る、ルーシー!」
「ええと、クルーラ!」
「グラハム!」
アデルバート・マクレインは青く煌めくサファイアのドレスに身を包み、腰元まで伸びる美しい青い髪をなびかせながら逆さピースを決める。
ルシウス・オリヴェイラは肩まで伸びる黒い髪をなびかせながら黒いドレスに身を包み、人差し指を頬に当てる。
ルーク・アーノルドは銀髪のショートカット、鋭い目つきの女性に変身して、怪しい笑みを浮かべながら薬指を立てる。
イングラム・ハーウェイは長いツインテールを肩に出して木蘭の髪をちらつかせながらウインクをして見せる。
「「「「——————」」」」
リルルの拍手だけが静寂にこだまする。
手を叩く音だけが響く。虚しい。これほど虚しい拍手は経験した事がない。
「———よし、お前ら、乗り込むぞ」
静寂を真っ先に切り裂いたのはアデルバートことルーデリアだ。彼、いや彼女は慣れたモデル歩きで先導する。
「クルーラ、レベッカは背負った?」
「重いです……」
肩に食い込む。腰が痛い。
クレイラと共同作業で、クルーラの背中にレベッカを背負って落ちないように固定する。
「よし、いくわよみんな!」
ソルヴィアへ接近しつつ、パラシュートを腰に回し、ベルトで固定しながらセリアを抱き寄せるルーデリア。
「安心なさい、絶対に離さないから」
「はい、ルーデリア様」
セリアの小さな頷きに、強く頷き返し、彼女はプリンツ・オイゲンから飛び降りた。
風が顔を叩く。心臓が跳ねる。
続いて、ルーシーはエルフィーネと手を繋ぎながら降り、クルーラはレベッカを背負いながら飛び降り、グラハムはソフィアとリルルを両腕に抱き止めて飛んでいく。
クレイラは最後に飛び降り、アデルバートの電子媒体を使いながらプリンツ・オイゲンを回収、合流していく。
◇◇◇
ルーデリアはセリアを地上に下ろすと全員分の点呼を終え、出入り口の門に近づいていく。
「見ない顔ですね、どこの者ですか?」
左右にいる門番2人は護身用の槍を入り口の前で交差するように道を塞ぎ、問いを投げてくる。
冷たい視線。鋭い警戒心。
「ルーデリアと申します。そして後ろは私の連れですわ。ここに優秀な医師がいらっしゃると聞きましてわざわざ空から参りましたの。後ろの背負ってる子がここ最近目を覚ますことがなくなってしまって……」
門番2人は顔を見合わせた後、ゆっくり頷きこちらへ連れてきて見せるように手で指示する。クルーラはゆっくりと歩きながら寝息を立てているレベッカを見せる。
(重いっ!早くしろっ!)
「しばしお待ちを、国王に確認と許可を伺ってきます」
鋭い眼差しでクルーラが睨むも、門番2人は眼中になしといった表情で機械的に行動していく。
1人の門番が中へ入っていくのを見るや、クルーラは溜息を吐きながらあぐらを描く。
「女性がそのような姿勢を……」
門番の鋭い視線が刺さる。しかしクルーラは——
「時間かかるのでしょう?いいじゃない、あぐらの方が足に負担かからないのよ!」
「ふむ、医学的にあぐらの方が負担が少ないのは確かに記述されていますが……その、下着が見えてますよ?」
「……良いでしょう別に、王の前でしなければ良いだけですもの」
「いえ、してもらいますよ?」
「は?」
クルーラの片眉が引きつる。
なんだ、ここの王は"そういう"プレイが好きなのか。
「初めて王に謁見する方は、身体を覆っている物を一度全部脱いでもらいますので」
「「「「「はぁぁぁぁっ!?」」」」
全員が声をそろえて叫ぶと、流石の門番も驚いたのか、たじろいでいた。
「そ、それがこの国の法律であり決まり事なので!」
「ここの王はこんな幼子にもそんなことをさせるのですかっ!?」
怒り心頭のグラハムはリルルを両手で担ぎ上げて突き出す。
血が沸騰する。怒りで手が震える。
幼子を連れているとは思わなかったのだろうか、目を見開いて首を激しく振っている。それは否定か肯定か。
「す、全ては王のお言葉で決まりますゆえ!お静かになさってください!」
訝しげな視線を突きつけながら、緩やかに後退していくグラハム。それと同時に、もう1人の門番が帰ってきた。
「どうぞ、お通り下さい。真っ直ぐにお城に向かわれますよう」
門番の2人は門に手をかけて扉を開く。どうやら入国の許可は得られたらしい。
「行くわよ、みんな。くれぐれも無礼のないようにね」
ルーデリアが先陣を切り、ゆっくりと入国していく。そして一同が中庭の広場に来ると、ひと息ついた。
「とりあえずは、だが……まさか王にそんな性癖があるとは」
「リルルやセリアさんにそんなことはさせられませんね。どうしましょうか」
ルーシーがおどおどしながらルーデリアに問いを投げる。
「こんな時にこそ電子媒体の買物一覧よ。人を入れられるカプセルがあったはず」
ルーデリアはスクロールすると、安すぎない安定した品質のヒューマンボールを購入する画面に移行すると視線を全員に向ける。
「謁見したくない人、手を挙げて?」
ルーデリアの言葉に、セリアとリルル、ソフィアにエルフィーネが手を挙げた。
よし、と予備を含めて6つ購入するとその中に3人を回収していった。
「え、クレイラは?」
「私は動物になれるから、平気だよ?」
確かに、彼女はあらゆる存在に変身する事ができる。セリアにもなれるしハイイロオオカミにもなれる。それはイングラム、ではなくグラハムがよく理解している。
「それに、レベッカの護衛は必要でしょう?」
「ありがとうクレイラ。助かるわ」
クルーラは両手を合わせて頭を下げる。彼女程強力な護衛は他にいないだろう。
「さて、それじゃあまずは謁見するための城へ向かいましょうか」
ルーデリアはボールを懐にしまい、眼前に大きく聳える城を目指して慣れた足つきで向かっていく。
◇◇◇
「……お前達が、他所から来た女子か!良い良いっ!ははははは!」
グラハムは王の顔を凝視する。
嫌悪感が湧き上がる。背筋がぞわりとする。
顔立ちはソルヴィア王とよく似ているが、声色や身体の肉付きは威厳を感じさせるためか、筋骨隆々としていて威圧的だ。
玉座の周辺には護衛兵、質の高い鎧と近接武器を手に持ち、高台の観客席からは無数の弓を持つ兵士達が間隔を空けずにこちらを見ている。
視線が痛い。息が詰まる。
暗殺などが起こらぬよう、警戒は厳重だった。
「して、何をしに来た?よもや余の側室になりに来たとでも申すか?」
下心丸見えな王の表情を、艶やかな笑みを浮かべながら膝を突く。
「申し訳ございませんが、本日は火急の要件にて、本国最高の医師にお会いしたく参った次第です」
「ほう、そこな背中にもたれているその女子か?いかような症状なのだ?」
「それがわかりかねる故、こうして来たのです。時間がありません。彼女は我々の大切な友なのです。王様、どうか寛大なお言葉を……!」
ルーデリアは頭を下げ、懇願する。
顎髭を弄りながら王は真っ直ぐに5人を見据えた。その視線が、値踏みするように全身を舐め回す。
吐き気がする。
「しかし、タダというわけにもいかんな。どれか1人、余の側室となり、これから部屋で相手をせよ。それなら、すぐにでも医者を手配してやろうぞ」
謁見の場の空気が一斉に凍りつく。
心臓が冷える。拳を握る。爪が掌に食い込む。
まさかこの下心王、その為にここへ5人を呼んだのか。
ルーデリアが震えている。よもやここで暗器を取り出す気なのか。
「王様、お選び下さいませ」
「「!?」」
"はぁっ!?アデルバート、仲間を売る気なの!?一体どういう神経してんのよ!"
"いや、何か策があるのかもしれん。ここは一手、奴を信じる他あるまい"
紫狐と紅獅子の会話が5人の頭の中に響く。ものの、ルーデリアは気にしないといった感じで立ち上がる。
「私達は、選ばれる覚悟でここに足を運んでおります。友を救う為であれば、喜んでお捧げしましょう」
クルーラとルーシーは目を見開く。
よもやルーデリアの方からそんな話題を出してくるとは思わなかったのだろう。
彼女が一礼し、定位置に戻ると、2人同時に裾を引っ張られた。
(おいっ!どういうつもりだアデル!俺の初めてをあいつにあげるなんて嫌だぞ!美女ならともかく!)
(僕もちょっと賛成しかねるなぁ……?これが君の立案していた策かい?なんだかあまりにも……)
「ふむ、決めた!」
「「「「!!!」」」」
王は笑いながら神様の言う通りと指先を順々に突き立てていく。
「そこな金髪の生娘。お前にした。顔を上げよ」
「かしこまりました。国王様」
グラハムはゆっくりと立ち上がり、王の足元までくると、腰を折りながら首を垂れる。
吐き気を堪える。歯を食いしばる。
「名はなんという?」
「グラハムと申します。孤児ゆえ姓は持ち合わせておりませんが……」
「ふむ、グラハムか。近う寄れ。余に触れてはくれぬか」
「その前に、まずはお医者様をご紹介下さいませ。私も治療いただけるお医者様の確認をしましたあとお部屋にてご対応致しますゆえ」
「貴様、王をなんと思って!」
愚行に怒った兵士が槍を突きつけてくるが、刺さる直前に身体を逸らし柄を掴み、引き寄せながら鳩尾に膝を打ち込む。
身体の中の酸素を一気に引き抜かれた女性は仰向けに倒れて気絶した。
「失礼致しました。王の御前でありながらみっともない姿を———」
「はっはっはっはっは!強い女は好きだ!それに免じて、医者を呼んできてやろう。おい、1番の医師を連れて来い!」
「はっ!!!」
2人の兵士が担架に気絶した兵を乗せ、3人の兵士が医師を連れてくるべく持ち場を離れた。
しばらくすると、眼鏡をかけた女性がやってきた。
細身で白衣の似合うハイライトの無い人物は、眼鏡を掛け直して笑う。
「お呼びですか?国王様」
「そこな連れを見てやれ。マルドゥ」
マルドゥと呼ばれた医師はレベッカを視界に捉えると、ついてくるように促した。
「あやつはこの国で1番の医者だ。治せぬ病などない。ふふふ!さあ、ついてくるのだ!」
王はいつの間にかグラハムの真横に立ち、腰を叩きながら歩くように催促する。
彼女らは別々となってしまうのだった。
心臓が早鐘を打つ。不安が込み上げる。それでも、足を前に出す。




