第153話「漆黒の戦士」
〈第九回戦! いよいよ武闘会も終盤ッ!〉
実況の声が雷鳴のように轟き、観客席から割れんばかりの歓声が巻き起こる。
〈対するは、灰色の鎌使い・ソフィア! そして、漆黒の戦士! 拮抗する二人の実力、勝つのはどちらか!〉
「よろしくお願いします」
ソフィアは軽やかに笑みを浮かべ、相手と強く握手を交わした。手の中から伝わる力はまるで鉄のように硬い。
黒衣の戦士は口元に柔らかな笑みを見せると、静かに定位置へと戻っていった。ソフィアもまた鎌を構え、刃の輝きが会場の光を反射して冷ややかに煌めく。
〈レディ・ファイトッ!〉
ゴングと同時に、ソフィアが疾風のごとく駆け出す。鎌の刃先が空気を裂き、鋭い銀光が漆黒の戦士を薙ぎ払う――
「っ!?」
しかし戦士は一歩も退かない。しなやかな後ろ回し蹴りで刃を受け止めた。
金属音の代わりに、肉と刃が軋む鈍い衝撃音。観客の喉がごくりと鳴る。
(刃を……生身で受け止めた!? しかも強化も獣化もしてない……!)
ソフィアは背筋に冷たいものが走った。
普通の人間なら絶対にできない芸当。恐怖に負けず刃を受ける――恐怖そのものを超越した存在。
「はぁっ……はぁ……っ!」
息が荒くなる。幾度も鎌を振るい、横薙ぎ、縦振り、反り上げる――どれも紙一重で躱され、避けられるたびに体力が削がれていく。
対して黒衣の戦士は微動だにしない。無駄な呼吸もなく、瞳は水面のように静まり返っていた。
「まだ……まだぁ!」
鎌を強く握り、渾身の一撃を繰り出す。だが――
「ぐっ!」
蹴りが連打となって襲いかかり、視界がぶれる。防ぐだけで精一杯。
金属がしなる衝撃が骨に響き、背中を伝って肺を締め上げる。観客の歓声が遠く聞こえる。
(まずい……押し切られる……!)
押し込まれる足がフィールドの端を踏む。後がない。
「……この力を使うのは嫌だけど、負けるのはもっと嫌!」
ソフィアは壁を蹴って宙を舞い、中央へ戻る。左手を空高く掲げた。
「ソウルイーターの力……勝つために使う!」
太陽を握り潰すように手を閉じた瞬間、全身から禍々しいエネルギーが噴き出した。
虚空が揺らぎ、空気が震え、観客は声を失う。
髪は灰色から墨のように濃さを増し、逆立つ。
血のように赤黒いローブが翻り、鎌の刃は鮮血を滴らせて妖しく輝く。
「……っ!」
黒衣の戦士が初めて目を見開く。
「我は霊峰。我は死の顕現。汝に死を与える存在なり」
ソフィアの瞳が赤黒く染まり、声が響いた瞬間、会場全体に凍りつくような冷風が吹き荒れた。
その風は死者の吐息のように重く、冷たく、観客たちは背筋を震わせる。
鎌が地を割り、灰色の光がフィールドを覆った。
掴みかかった黒衣の腕を、ソフィアは容易く握り上げ――地面に叩き伏せる。
観客から悲鳴と歓声が入り混じる。
その時、彼女の心臓がひときわ強く脈打った。
動けば動くほど、呼吸をするほどに、ソフィアの人格は――宿した死神に侵食されていくのだった。
「汝、その衣を剥ぎ、顔を見せろ。
戦士よ……!」
ソフィア――いや、彼女の器に宿った死神の声がフィールドに響く。
その声音は氷のように冷たく、観客の心臓を握り潰すかのようだった。
「………」
黒衣の戦士は首を横に振る。
――顔を見たければ、殺してみせろ。
沈黙は、そう語っていた。
「ならば……刈り取るのみ!」
ソフィアが大鎌を振り下ろす。空気を裂き、死を運ぶ音が走る――
ガギィィィン!!
甲高い金属音。刃と刃がぶつかり、火花が雨のように飛び散った。
「汝、その剣……如何なる存在か!」
黒衣の戦士が腰から引き抜いた剣は、もはや武器ではなかった。
嵐そのもの。
刀身は濡れそぼち、緑の雷光が轟々と奔り、まるで小さな天災が凝縮されたような存在感を放っていた。
直後――
晴れ渡っていた蒼穹が裂け、黒雲が会場を覆う。
雷鳴が轟き、豪雨が叩きつけ、乾いた大地を瞬く間に泥濘へ変える。
「答えぬか……ならば、その剣、我が手で奪い取ろう!」
ソフィアは死神の力を迸らせ、鎌を振るいながら突進。
しかし戦士は鎌の軌道を逸らし、深緑の瞳でソフィアを射抜く。
刹那――鎌を足で挟み込み、逆さまに身体を捻ってフランケンシュタイナーを叩き込む!
「しっ……!」
「ふんっ!」
ソフィアは無理やり身体を捻じ曲げて回避。
しかし両者は止まらない。
鎌と剣が火花を散らし、十数秒の間に幾度となく衝突。観客は息を呑み、ただ打ち震える。
「ぬぅっ!」
死を刈る鎌。振るうたびに空気が凍りつく。
嵐を呼ぶ剣。突けば暴風、薙げば豪雨、掲げれば雷鳴。
嵐と死神――相反する力が激突し、会場は終末の戦場と化した。
「嵐よ、吹き荒れよッ!!」
戦士が剣を突き出すと、突風が生まれ、ソフィアの身体を吹き飛ばす。
壁に叩きつけられる直前、彼女は土を砕いて着地する。
だが追撃は止まらない。
「轟け! 雷鳴ッ!!」
黒雲を裂き、緑の雷が一直線にソフィアへ落ちる。
間一髪でかわした瞬間――横薙ぎに剣が振るわれる。
「注げ! 豪雨!」
豪雨が矢のように鋭く変わり、ソフィアの軽装を打ち抜き、軋ませる。
その神々しい力に、死神すら戦慄した。
(五臓六腑に響く……この嫌悪するほどの神性……!
まさか、この男……!)
ソフィアは目を見開き、鎌を振り下ろしながら叫んだ。
「突風! 豪雨! 雷鳴を自在に放つ剣!
もしや……貴様は――スサノオか!」
中間地点に雷が落ち、紅い炎柱のように大地を穿つ。
その光の中で、戦士は静かに言った。
「若き者の身に宿りし名もなき死神よ。
俺はスサノオにして、スサノオにあらず。
この身、この命、我が物であると知れ」
「なに……?」
死神は眉を顰め、戦士を睨む。
「我が身は深緑の風を纏い、疾き剣を振るう者」
黒衣が脱ぎ捨てられる。
瞬間、深緑の雷鳴が炸裂し、彼の全貌を照らし出した。
「……まさか、スサノオではない!? 貴様は――!」
稲妻を背負い、剣を構える青年は名乗った。
「俺は風のマナ使い――ルーク・アーノルド。
さぁ、楽しもうじゃないか!」




