94話 複製機能
◇◇◇
「天戸、修業しようぜ」
何日後かの異世界転移。
冒険者風のマントに身を包んだ俺の提案に露骨に眉をひそめる天戸うずめさん。
「別に構わないけれど、先生は?」
「ん?俺」
腕を組んだまま大きく溜息を吐く天戸。
「はぁ……、寝言は寝て言えって、こう言うときに使う言葉なのね。おやすみ、杜居くん」
「あ、そう。お前一人でジラークに勝てるならいいんじゃない?」
一応真面目に言ったので少しカチンと来た。俺はマントをバサッとはためかせて天戸を見る。
「例えば、俺の服見て何も思わん?」
小首を傾げて事も無げに答える天戸。
「こないだ買った服ね」
俺はお返しとばかりに大きく溜息を吐く。
「はぁ~……。そうっすね。こないだ買った服っすね。はい、大正解」
「バカにしてる?」
今度は天戸がムッとするターンだ。
「うん、まぁね。お返しだ。ご指摘の通りこれは前の世界で買った服だけど、……お前の異次元ポケットにしまってもらったはずだよな?」
天戸はキョトンとした顔で頷く。
「そうね。それをどうしてあなたが?」
そう。そもそも、俺は『今回の転移に来た瞬間から』この冒険者風マントを纏っているのだ。
「さて、ここで質問だ。お前の異次元ポケットには今『この服』は入っていると思うか?」
急に天戸は怪訝な顔をして俺から一歩距離を取る。
「最低ね。そんな事だけはしないと思っていたのに……」
「ちょっと待て。どんな想像をしてるんだ?」
「白々しいわ。海に行ったときに勝手に盗ったのね。でも自白した事だけは褒めてあげるわ。他には?何を盗ったの?」
きっと俺は引きつった笑顔を浮かべていたと思う。
「流石に冗談だよな?」
何秒か間を置いて天戸は微笑む。
「……冗談よ」
その間は絶対に嘘だ。
天戸はバツの悪さを誤魔化すように、腕を組んだまま高圧的に俺を詰問する」
「冗談はさておいて、盗ったわけでないならどうやってあなたはその服を持っているの?」
そもそも質問をしたのは俺のはずなのだが。
「じゃあ異次元ポケットを開けて確かめてみろよ」
天戸は無言で異次元ポケットのジッパーを開けて中に入ると、少しして驚いた顔で出てくる。
「……どういう事?」
答えはわかっている。
この服は中にもあるに決まっている。
俺は盗ってないのだから。
「どうもこうも、こないだお前が教えてくれたんだろ?『何故俺がいつも制服を着て転移するのか』をさ」
前回の世界で、この服を買った時に言っていた。――恐らく、一番意識下に残っている服で転移すると。
「だから、今回は眠る前に写真を見返したりしながら強くイメージして寝たんだ。はは、実験第一段階成功ってわけだ」
そんな単純な事を何十回か転移しながら気が付きもしなかった。
まだまだ俺もイメトレが足りないなと深く反省する。
「……待って、第一段階って事は?」
お、いい質問ですねぇ。
俺はニヤリと笑って頷く。
「勿論、第二段階がある。次は、この服を『異次元ポケットにしまったまま』帰還するんだ。さて、質問。帰還後ポケットを開けるとマントは何着でしょうか?」
「……二着?」
偉いぞ、話がスムーズだ。
「恐らくな」
そして俺は指を三本立てる。
「んで、第三段階は『見た目だけでなく、機能も再現しているのか』だ。……もし出来るとすると」
わざとらしく勿体つけて少し間を空ける。
天戸も気になる様子で余計な茶々を入れてこない。
転移時に着ていた服を帰還時に異次元ポケットにしまう、それを繰り返して作った複製が、実物と同じ機能を再現しているとなると……。
「戦乙女の襟巻きが無限に作れる」
勿論使用するのは天戸だし、処理能力の上限もあるだろう。
だが、手は多い方がきっといい。
天戸は感心した様子で俺を見る。
「……あなたがジラークでなくてよかったわ」
「いやいや、ジラークも同じ事を考えるくらい思っておかないと足元掬われるぞ」
何かの漫画でも言っていた。敵の無能に期待するのは愚かだとかそんな感じ。最低でも自分と同等、或いはそれ以上を想定しないとな。
天戸は素直に嬉しそうに、ニッコリと笑った。
「私、まだ強くなれるのね」
「なれるに決まってるだろ。ジラークも言ってただろ?『ヒントだけ』……って。結局聞けなかったけど、あいつから見て明らかにわかる『足りない何か』があるんだよ」
「ふふ、杜居くんは本当に人の言葉尻を捕らえるのが好きね」
「……褒めてないだろ?」
「ううん、褒めているわ」
◇◇◇
そう言えば、この世界の脅威は邪猿とか言う何か魔物だ。
とにかく凶暴で、人を喰い、町を壊して暴れるらしい。
なんてらんぼうなやつなんだ!
いくら俺達が神様じゃないにしても、修業している間に人がたくさん死にましたってのはどうも寝覚めが悪い。
でも、何の知性もない破壊衝動オンリーって正直ほっとする。
初めて転移した時に天戸が言った、『倒せば終わりじゃない』って言葉に深く同意する。
「それで?あなたの言う修業って言うのは?戦乙女の襟巻きを増やすって言う事?」
ん?何か違和感。
少し考えて違和感の正体に気がつく。
「……あれ?お前今、戦乙女の襟巻きって呼んだよな?」
ニヤニヤして茶化すが、天戸は真顔でマフラーを巻きなおす。
「言ってないわ」
「いや、言ったろ?」
「言ってないわ」
キリが無いので追及を止める。
天戸が今まで心の中でだけでも戦乙女の襟巻きと呼んでいたことを想像すると少し面白くなる。
「まぁ、話戻すけどマフラーの件とは別。……実際にあの老人に向けていた殺意と言うか、圧を見るにそこまで天戸との間に出力差があるとは思えないんだよな」
実際に天戸はあいつの圧を受けても平然と動いていた。
仮に天戸とジラークの差が俺と天戸程だったなら、本気のジラークの前に天戸は身動き一つできず、他の全ての人々は即座に死に至るはずだ。
いまいちわかりかねるようで、天戸は首を傾げる。
「……力の使い方、と言うこと?」
俺もいまいちわかりかねているので、首を傾げる。
「多分。まぁ、それと別にしてもマフラーは多い方がいいから次回からよろしくな」
天戸を安心させるように笑いかけてを叩こうとするとマフラーに捕まる。
右手をマフラーに捕まったままにこやかに笑いかける。
「何も相手より強くなくても指導はできるんだぜ?野球選手とかもそうだろ?」
「野球見ないからわからないわ」
例えだよ、例え。
「一応期限は一週間にしとくか。準備したら行こうぜ」
「お猿さんは?邪猿。放っておくの?」
「いやいや、何言ってんだよ。大事な修業パートナーだろ?」
一人で納得してケラケラと笑う俺を、不快そうに見つめる天戸の瞳が印象的だった――。




