91話 いつか、また
◇◇◇
その日は朝から雨が降っていた。
約束の時間になってもジラークとルカが教会の裏に来ないので、天戸は少しイライラしている。
「……本当に最低ね。時間一つ守ることも出来ないなんて」
時計を見るが別にまだ五分と過ぎていない。
「本当に短気な奴だな。修行してもらってるんだから大目に見ろよ」
天戸さんが広めに張った障壁内で雨宿りをしているのだが、 戦いが始まったら自分で雨を防がねばなるまい。
ジラークを擁護した俺を天戸は白い目で見る。
「……へぇ、庇うんだ?」
気持ちは分かるが、俺はわざとらしく大きく溜息を吐いてみせる。
「そう言うのじゃねぇよ。一般論だ」
「……わかってるわ」
天戸はマフラーで作った椅子に座り、気を紛らわすように足をブラブラさせる。
「現時点では、彼は何もしていない。ただ妹思いの、優しい少年よ。……わかってるの。わかっているけど……」
気持ちは分かる。たぶん俺たちはこの二週間ずっと葛藤してきた。
「怒るなよ?」
念の為予防線を張っておくと、天戸は少しむっとして答える。
「あなたは私が怒りっぽいと思っている節があるわね」
だって事実だろ、と思ったが口には出さない。
「じゃあ言うぞ?……あいつを導く未来って作れないかな、って」
二秒ほど目を丸くして俺を見たかと思うと、次の瞬間天戸はマフラーを降りて、勢いよく俺の前に立ちじっと見つめる。
即ぶん殴られる位の覚悟はしていたのだが、反応が読めない。
「なんだよ」
天戸は泣きそうな顔で俺を見上げて言う。
「……そう思っていいの?」
その表情でようやく気がついた。ジラークへの冷たい態度は、揺らぐ自分の気持ちを隠すための仮面だったのだ。
ただの狂戦士と思ってしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。
俺は天戸の頭をぺしぺしと叩く。
「いいだろ。どっちの方がハルが喜ぶか想像してみ」
うつむくと天戸はマフラーで俺の手をとる。
「……薄情じゃない?」
「じゃない」
また顔を上げたと思うとニッコリと笑う。
「そっか」
倒すだけでなく、ハルの生きている世界が作れるのなら、きっとそれが一番良い。
◇◇◇
「やっと来たわ」
しばらく待つと天戸は呟いたが、視力なのか気配なのか俺にはさっぱり分からない。
視認できる距離になって、ジラークが雨に打たれびしょ濡れになっていることに気付く。
――そして、いつも二人で来ていたのに今日は一人な事にも。
「あはは、ごめん。遅くなっちゃいました。始めましょうか」
いつもの自然で柔らかな笑顔でなく、ひきつったような笑顔でジラークは言った。
「……どうしたの?」
流石の天戸も眉を寄せて心配そうな顔をするほど、ジラークは憔悴しているように見えた。
「天戸」
俺は天戸を制止する。
どう考えても答えは一つだ……。
天戸も俺の顔を見て遅ればせながら事態を把握したようだ。
「……ルカは?」
ジラークは雨に打たれながら両手を広げる。
「消えたよ。僕の腕の中で。……はは、二人なら何か知りません?ルカはどうなったんですか?何で……」
ジラークの顔を、手を、頬を雨が伝う。
消えた?
死んだのでは無く、消えた?
縋るように俺を見る天戸の視線に気付く。
「ジラーク、少し聞かせてくれ。『死んだ』んじゃなくて、『消えた』んだな?」
ジラークは肯定も否定もせずに数秒考えた後で口を開く。
「わからない。でも、……苦しそうだった」
正に思い出すのも苦痛とばかりにジラークの笑顔が歪むが、震える唇で言葉を続ける。
「気のせいかも知れないけど、最後に少しだけ……微笑んでくれた」
横から天戸の嗚咽が聞こえる。
「あくまでも、俺の想像だけど」
いつもいつも情けない。
想像と、推測と、憶測しか出来ない。
そして、多分この想像はジラークの傷を広げてしまうように思う。
「ルカは死んだんだと思う」
俺達を喚んだせいで――。
ジラークと天戸は黙って俺の言葉を待つ。
「んでルカはたぶん……、異界からの召喚者だったんだろうと思う」
「はは、杜居さんちょっと待って。それは違うと思う。現に僕は眠ると異世界に召喚されているだろ?召喚者であるなら、そうはならないと……」
言いながらジラークも一つの可能性に至る。
ジラークと、ルカが兄妹では無いと言う可能性。
ジラークは『この世界』で生まれ、ルカは『他の世界』から喚ばれたのではないか?
①赤子だったルカがたまたま喚び声に答えた形になった。②誰かが異次元ポケットのようなものに入れて異世界から連れて来た。……③誰かの同行者としてこの世界に連れてこられた。
いや、②の場合だと肉体ごと持ってきている訳だから消えはしないか?
俺の推論にジラークは反論する。
「そんなはずは無い!ルカは僕の妹だ……。現に赤子の頃の記憶だってある!」
「……ジラークも世界を救う上でたくさんの死を見たと思う。死んだ人や魔物が消えるのを見たことあるか?」
ジラークは首を横に振る。
俺も見たことはないし、異界の勇者が死ぬとどうなるのかは分からない。
だが、肉体は元の世界にあるのは確実で、怪我や欠損も戻れば治る以上この身体は実物質ではない何かなのではないかと思っていた。
ならば、死んだら消えるのではないか?
「……悪い、何度も言うけど全部想像なんだ」
確かなことは、もうルカがいないと言うこと。
三人ともそれが分かっているから、それ以上何も言わなかった。
雨音が包むしばしの沈黙をジラークが破る。
「ごめん、暫く修行は無しで良いかな?」
俺と天戸が頷くと、ジラークは力無く笑いフラフラと教会に戻っていった。
◇◇◇
ずぶ濡れのまま教会に戻ると、ジラークは孤児院の責任者でもある司祭の元へ向かう。
ずぶ濡れのジラークの姿にぎょっとする司祭の言葉を待たずに、質問をする。
「御爺。僕とルカは兄妹か?」
御爺と呼ばれた司祭が口ごもる間にも質問は続く。
「僕らの親を知っているんだろ?何故死んだ?」
ジラークはある程度の確信を持っている。
「待て、ジラークや……」
懐柔の言葉を遮り、声を荒げる。
「ルカを喚んで死んだんじゃないのか?」
ジラークの重圧はどんどん強まる。
高齢な司祭は立っていることもままならなくなるが、ジラークは気にする素振りも見せない。
「あんた達は最初から知ってたんじゃないのかなぁ?他の世界では教会の人らはみんなあんた達よりもっと知ってるんだよ。何で!?何のために!?」
ジラークの目から涙がポロポロと零れる。
「ぐ……ぐえぇ。ジラーク……、頼む、やめ……」
司祭の身体はミシミシと音を立てる。
「……知ってて何でルカに使わせた?」
もう本当かどうかも分からない。
だが、ジラークにはそうとしか思えなかった。
「お前らがルカを殺したんだ」
「まっまて!まて!やめろ!やめろ!ぐうえぇえ」
「ジラーク!」
バンと勢い良く扉を開けて杜居伊織と天戸うずめが現れる。
ジラークが出した殺気を天戸が察知したのだ。
もっとも、天戸で無くても気がつくほどの殺気と圧をジラークは垂れ流しにしていたのだが。
「間に合う?」
天戸は司祭をチラッと見て伊織に呟き、伊織はコクリと頷く。
「間に合わせる」
「お願い」
そう言って天戸がジラークと距離を詰めると、ジラークは寂しそうに微笑んだ。
「天戸さん、杜居さん。お二人の気持ち、僕も少しわかっちゃいましたよ」
天戸は険しい顔でジラークを睨み、マフラーを巻きなおす。
「一緒にしないで」
「あはは、殺したってルカは戻ってこないなんてわかっているんですけどね。……だからといってのうのうと生かしておく理由だってないじゃないですか」
ジラークは大きく息を吸い込んで、吐く。
「……せめてこの人等だけ殺させてくださいよ」
「嫌よ。……それなら私達が、あなたを殺すわ」
キィンと一瞬甲高い音が鳴ったと思うと、次の瞬間天戸の首から一筋血が垂れる。
背筋が凍る。
いつでも殺せる。まだそんな実力差がある。
ジラークはぺこりと頭を下げると、申し訳無さそうに二人に微笑んだ。
「無理ですよ。……すいません、仇を討たれてあげられなくて」
「気付いていたの……?」
「僕が倒せないのなんて、僕以外いないじゃないですか」
ジラークは伊織を見る。
「杜居さん。二週間……楽しかったです。この後のことは気にしないで帰って下さい。これは最後の忠告です。ルカの命で喚んだあなた達を殺したくはない」
議論の余地など既に無い事を伊織も当然分かっている。
「俺も楽しかったよ。出来ればもう少し色々教えて欲しかったけどな」
「杜居くん!……止めないの!?」
この期に及んで余計な問答はもう必要無いと思う。
「止めないよ?……止める言葉も力も持って無いんだ。挑んで死ぬだけ無駄だろ、帰ろうぜ」
天戸は悔しそうにギリッと歯ぎしりをした後でコクリと頷く。
「わかった」
大きく一度息を吐くと、目を閉じて帰還術を使う。
慌てず、速く、深く集中をする。
二人を帰還の光が包む。
「では、またいつか」
ジラークはニコリと微笑み右手を差し出す。
「あぁ。いつか、また……。必ずな」
伊織も右手を差し出し、握手をする。
どれだけ強く握ろうと、表情一つ変えられない己の無力さを呪いながら、伊織と天戸の姿は消える。
目をやると司祭は居なくなっていた。
やれやれ、探すか、と思うと同時に全方位から一斉に高出力の魔法が飛んでくる。
部屋と、建物を兵達が囲む。
逃れた司祭により集められた精鋭の魔道兵だ。
次の瞬間、兵達は燃えさかる炎の中で笑いながら佇むジラークの姿を見た。
「……ははは。ほら、また勇者を喚んでみなよ。……僕がこの世界の脅威だ」
ジラークは笑顔で泣きながら兵を蹂躙する。
万に一つの可能性かも知れないけれど。
ルカが異界の召喚者だとするのなら――。
――いつか、また。ルカが喚ばれますようにと願いながら世界の脅威となろう。
この世界にも、どの世界にも、神様などきっといないから。
どの世界でも、僕は脅威となろう。




