88話 嘘の代償
◇◇◇
「ルカ、ただいま」
「お帰り!お兄ちゃん」
教会の一角にある家族寮の様な所で二人は暮らしている。
親はいない。10年前に親を亡くした二人は、他に身寄りも無く教会に保護された。ジラークが5歳、ルカが2歳の時だった。
「体調は?」
ジラークの問いに首を傾げるルカ。
特にここ最近病気になった覚えも無いし、体調が悪い素振りを見せた覚えもない。
「別に?どうしたの、急に」
彼は椅子に座り、安堵の息を吐く。
「そっか。悪くないならいいんだ」
ルカはジラークにズイっと顔を近づけてジッと目を見る。
「それで納得すると思う?何を隠してるの?」
「はは、隠してないって。ほら、街でちょっとした風邪が流行ってるって聞いたからさ」
見え見えの引きつった笑いを浮かべて否定する兄を見て、ニコリとほほ笑むルカ。
「そっか、わかった。じゃあ信じるよ。お兄は私に嘘なんか吐かないもんね。たった二人の兄妹だもんね?」
とても単純な煽りだが、ジラークには効果が絶大な事をルカは知っている。
案の定ジラークは自室に戻ろうとしたルカを引き留める。
「……ごめん、騙そうとした」
「うん、知ってる」
ルカはニッコリと笑ってジラークの横に座る。
「さて、お兄ちゃんの隠し事は何だろうか?」
引き留めはしたが、中々に切り出しづらい。『どれだけかわからないけど君の寿命は確実に減りました。人によっては一回で死にます』、と。
ルカは慣れているのか急かさずに自分の推理を口にする。
ジラークの隣に座り、足をパタパタとさせてソファを蹴っている。
「まず、私の体調を気にした。そして、その理由を私に言えない。教会の悪だくみ会議から帰ってきてすぐに言った……」
ルカは困った顔のジラークを見てニヤニヤと笑う。
「本当にわかりやすいねぇ。私が当てていいの?」
「いや、僕に言わせて。あの召喚術……術者の命を削るんだ」
「そっか。分からなかったんだからしょうがないよ。嘘つかなくて偉かったね、お兄ちゃん」
そう言ってルカはジラークの頭を撫でるが、ジラークは迷惑そうに手を払う。
「そんな軽い返事で済む話じゃないだろ!?場合によっては一度で死んでたかもしれないんだぞ!」
「んー。でもさ、私が気にするとお兄ちゃんも気にするもん。それにさっき言ったけど、知らなかったんだからしょうがないでしょ」
「……ごめんな」
「もう。謝るの禁止ね、うじうじしてるの嫌いなの」
「はは、わかったよ。ごめん」
「はい、ブッブー。罰として明日修行の前に買い物行こうね」
「うわぁ、困ったな。無駄に忙しくなっちゃったよ」
困ったと言いながらもニコニコとするジラーク。
◇◇◇
目が覚めると異世界だ。
たくさんの人がジラークを囲む。
「こんにちは。僕は何から世界を救えばいい?」
敵意が無いことを示すためにニッコリと微笑む。
世界の脅威は何の変哲もない巨竜だった。
「僕を喚んだのは誰?」
質問の意図は正しく理解された。
ジラークを喚んだ修道女は、既に息絶えていた。
笑顔が少し曇るが、まだ口元には笑みを浮かべている。
「命を使う術だと知っていたのかい?」
一番身分の高そうな老人はコクリと頷いた。
しょうがないことだ。
一人の命を犠牲にして世界が救われるなら、それがきっと正しい。
「……この子に家族はいるの?」
父と、母と、二人の兄と、婚約者がいると言う。
「他に……」
と、言いかけてジラークは口を噤んだ。
恐らく『他に術者はいなかったの?』だろう。
夕方に自分で言ったばかりだった。『同じ人の命だ』、と。人の命の重さに差は無い、と。
ジラークは大きく溜息を吐いて目頭を拭う。
「……誰が選んだの?」
神の思し召しだ、と老人は言った。
「……願わくば、もうこの術を使わないで欲しい。もし、また僕がこの世界に喚ばれたら……」
そこで言葉を止めたが、無言の圧力で一同は続く言葉を察した。
部屋の空気が重苦しくなったような錯覚を覚える。
老人達は召喚術を禁術として封ずることを約束した。
ジラークはニッコリと笑うと、部屋の空気は通常に戻る。
「約束だよ、未来永劫語りついでね」
そう言うとジラークは部屋を出て、その日のうちに世界は救われた。
◇◇◇
「今日は時間遅くしてくれだってさ」
連日ジラークの放課後に教会裏で修行を行っているのだが、今日は妹の買い物に付き合うので少し時間を遅らせて欲しいと念話が来た。
距離関係無いのかな?超便利だな、これ。
「ふーん、何で?」
宿を二部屋用意してもらっているにも関わらず、俺の部屋のベッドで寛いでいらっしゃる天戸うずめさん。
「ルカと買い物に行く約束なんだって。嘘つこうとしたのがばれた罰だとさ」
それを聞いて天戸は露骨に嫌な顔をした。
「……あ、そう」
天戸の反応は分からないでもない。
だが、何日かジラークを見ていてやはり演技とは思えない。
殺す気なら既に殺しているだろう。それだけの実力差はあるのだ。事実8回目の世界の時はその日の夜に襲われている。
と、なると残る考えは『ジラークは今後何かあり魔王と呼ばれるようになった』か、『ただの別人』か、だろう。
「ルカはいい子ね」
天戸はボソリと呟いた。
「そうだな。何故俺を呼び捨てにするのかはわからんが」
「あの子には罪は無いわ。……兄が死んだら悲しむかしら?」
「そりゃ悲しむだろうよ。一緒に買い物に行くくらい仲がいいんだから」
しばらく無言で枕を抱いて足で何度かベッドを蹴る天戸。
「暴れんな」
ぴたりと足を止めて俺を睨む天戸さん。
「暴れてないわ」
気持ちはわかるが、そういうのは自分の部屋でやってくれませんかね?
やや不満そうな顔をしながら天戸は立ち上がる。
「買い物行こ」
「はいよ、行ってらっしゃい」
宣言かと思ったらお誘いだったようで、ムッとした顔で立ち止まる我が主天戸うずめさん。
「買い物行こ」
「はい、よろこんで!」
「……うざいよ?」
異次元ポケットからマフラーを取り出して首に巻き、部屋を出るかと言うところで立ち止まる。
「ねぇ、教えて欲しいんだけどさ」
俺を振り向かず、ドアノブに手をかけたまま天戸は呟く。
「何なりと、我が主」
俺の茶々には何も言わず、言葉を続ける。
「私……、間違ってる?」
天戸も『二人』のジラークに戸惑っているのだ。
ジラークを殺せばルカが悲しむ。
どうしたらいいのか揺れているんだ。
だが、俺の答えは当然一つ。
「間違ってない。仮に間違っていたとしても、お前がじゃない。『俺達が』だ」
「あ、そう」
振り返ると、天戸は少し上機嫌だった。
「行こ。服を選んであげるわ」
「……いや、いいよ別に」




