84話 折れた心
◇◇◇
「杜居くん……、あなた正気なの?あいつに弟子入りするなんて」
想像もしていなかった『天戸うずめよりも強い存在』ジラーク。
「正確には天戸が弟子入りするんだよ。俺は情報のすり合わせ程度だな」
「私が!?……何でそんな事を」
「何で?あいつが天戸より強いからだよ」
その言葉に天戸はガッカリと肩を大きく落とす。
「……そうね。強くなければ私に存在意義なんて無いもの」
俺は左手で天戸の頭をチョップする。
落ち込んでいることもあり、攻撃は普通に当たるが天戸は痛いとも言わない。
「……本当に構ってちゃんだな、お前は。何回でも『そんな事無い』って言ってやるよ」
「……強くなくてもいいの?」
「まぁ、正直今は強い方が助かるけどな」
天戸はコクリと頷く。
「ん、頑張るわ」
「イズーニャの街の兵達。二週間でとんでもなく強くなっただろ?」
ほんの数日前まで滞在した世界の弟子達を懐かしむように思い出しながら天戸は言う。
「そうね」
「自分より強い相手と戦うのは一番良い修行だと思うんだ。お前より強い相手……、いつ以来だと思う?」
天戸は沈黙する。
恐らく今までの約380回の転移を思い返しているのだ。
俺は天戸の言葉を待たず提案を続ける。
「ただ、8回目の世界のようにニコニコした人当たりで油断させて、罠にかけられる可能性も当然ある。だが、もしそうでない場合……数少ない情報を得る機会だと思うんだ」
俺は左手の指を三本立てる。
「それらを踏まえて選択肢は三つ。①今すぐここで帰還する②虚実織り交ぜジラークに弟子入りする③死ぬ覚悟で特攻する。選んでいいぞ」
天戸は神妙な顔で答える。
「……もし③て言ったらどうするの?」
「それなら勿論そのつもりで作戦を練る。俺とお前の命を使った作戦をな」
驚いた顔で天戸が俺を見たので説明を補足してやる。
「どこに驚いたのか知らないけど、お前死んだら俺も帰れないんだからな?よって、優先して使うのは俺の命だ。お前が死んで勝っても俺帰れねーから。①なら今までと同じ路線の作戦だけど、敵の強さが想定外という問題がある」
「②の問題は?」
「騙し討ちでサクッと殺される危険がある。……と言っても、可能性は低いと思う」
「……根拠は?」
「あれだけのパワーを隠さずにいるんだ、騙すなら隠すだろ?と思う。俺の希望的な想像では……この時点では世界の脅威ではないのかな、と」
天戸は俺の手を握り、大きく息を吸い込んで、吐く。
「一つだけ聞いても良い?……あなたは私があいつより強くなれないかもって、思わないの?」
余計な皮肉や、煽りは要らない。
まっすぐな言葉でしか、心にまっすぐ火は灯らないと思うから。
「思わない。俺と、天戸と、ハルがいて、勝てない相手なんかいない」
自信なさげだった天戸の瞳に、また仄かに灯がともるのを感じた。
「そうね。任せて」
◇◇◇
ギィッと重い木の扉を開けると一人ローブの男が立っていた。
「あはは、すいませんね。うちのようやく落ち着いたみたいなんで、ジラークさん呼んでもらっていいっすか?」
ローブの男は特に俺達を警戒するでもなく、人の良さそうな笑顔を浮かべて、俺達を上の階へと促した。
俺達が喚ばれた部屋は地下室だったようで、ジラークは広間で待っていると彼は言った。
罠の可能性は、また少し減ったと思う。
「あ、そうだ。ここって今何歴何年なんですか?」
「神候紀853年さ」
ツァルトラド歴では、無い。
となると、8回目の世界はここではない世界の可能性が高い。
少し安心する。
ここでジラークを殺すメリットは減る。
全ての異世界が相互に関係しているわけでなく、シャボン玉のように生まれた世界がそれぞれ自由に存在するのなら、ここであいつを殺しても8回目の世界は変わらない。
真実でも真理でもない、ただの俺の想像と推測だ。
無数のシャボン玉の中にもう一つだけシャボン玉を増やす。ただそれだけが俺と天戸の勝利条件だ。
――ハルの生きている世界を作る。
階段を上りきると、今度は石の扉がある。
ここで初めてまだ天戸と手を繋いだままな事に気が付いた。
「天戸、手」
気が付くと、何となく気恥ずかしい。
天戸は手に少し力を入れ、うつむいたまま答える。
「ごめん、もう少しだけ……」
あー、察した。
この扉の向こうに、己より強い宿敵がいる。……さすがの天戸でもやっぱり怖いよな、うん。
手ぐらいで恥ずかしがってしまった己が恥ずかしい。
「そんじゃ心の準備できたら教えてくれよ」
俺の言葉に天戸は顔を上げて首を傾げる。
「もう出来てるけど?」
意味がわかんねぇ。
手を解いて扉に手をかける。
「じゃ行こうか」
急に不機嫌になった天戸うずめさんは俺を押し退け扉を開ける。
「言われなくても行くわ」
意味がわかんねぇ。
扉を開けるとすり鉢状の講堂の様なところに出た。
場内にはただ一人、ジラークだけが座っている。
最後列で腕を組んで座っているジラーク少年は、こくりこくりと頭を揺らし、眠っている。
俺と天戸が目の前に着くと、声をかける前にパチリと目が開く。
「あっ、落ち着きました?ははは、よかった」
人懐っこそうに笑った後で大きなあくびをして、ジラーク少年は背伸びをして立ち上がる。
「……もしかして、今も異世界に?」
ジラークは異界の勇者、ここはジラークの世界、今彼は睡眠から目覚めた。……と、言うことは。
俺の問いの意味が分かり、ジラークは嬉しそうに笑う。
「やっぱり眠る事が条件なんですね!?僕もそうなんじゃないかと思ったんですよ!もっと色々教えてください!天戸さんと、……」
「杜居だよ。敬語じゃなくていいよ、俺もそうするから」
――会話の端に感じた違和感に俺はまだ気が付かなかった。
「はい!杜居さん、よろしくです」
ジラークはにこやかに右手を差し出す。
俺の右手はまだ天戸による負傷から治癒していないが、まぁいいやとそのまま差し出す。
握手をした瞬間、右手は治癒される。
驚いたが、出来るだけ平静を装い礼を言う。
「あぁ、ありがとう。忘れてたわ」
「あはは、結構折れてましたけど我慢強すぎですよ」
「あなたは」
にこやかな空気を切り裂いて天戸が口を挟む。
ジラークはにっこりと天戸を見るが、天戸は無表情だ。殺意を抑え、ジッとジラークを観察している。
「何回世界を救ったの?」
「えっ?何回……ですか?えっと……」
目を閉じて少し考えた後で困惑した様子で首を傾げる。
「普通に1度ですけど」
目の前の人懐っこそうな笑顔を見せるその少年は、数年後に魔王と呼ばれ世界の脅威となるらしい。今現在で本気の天戸の上を行く存在。
――彼はまだ一度しか転移していない。
これから転移を繰り返して、どれほどの強さになるのか想像もできない。
きっと俺達の心は折れた。
でも、大丈夫。
俺も、天戸も知っている。
折れた心は、何度でも繋ぎなおせる事を。
天戸は右手をジラークに差し出す。
「よろしくね」
「はい!」




