75話 334歳
◇◇◇
「おはよ」
ふかふかで毛足の長い赤絨毯の上で目が覚めた。
「おはよー。……お前の家いつもあんなのいいもん食ってるの?」
天戸はポケットに手を入れたまま俺の側に立っている。
「いつもは普通よ。言ったでしょ?あなたが来るからママが張り切っちゃったのよ」
「あっそ。ママンプリン喜んでたわ」
「ふふ、そう」
見たところお決まりの王宮内と言った所だ。
頭を掻きながら立ち上がる。
「自己紹介は?」
「まだよ」
俺はコクリと頷き、周囲を囲む兵や貴族たちに声を掛ける。
「諸侯らよ。こちらは我が主、異界の勇者『音速の明星』天戸うずめである。この世界を覆う脅威を切り裂く輝ける聖剣だ」
言っている俺もよく意味がわからないが、それぞれがそれぞれの都合のいいように取ってくれるとありがたい。
澄ました顔でポケットに手を入れている『音速の明星』様が小声で『何それ』と呟いたのが聞こえた。
「この世界の脅威は何でしょうか?」
王の横に立つ少女がペコリと頭を下げた後、説明してくれた。10歳位だろうか?歳の割に落ち着いた仕草が印象的だった。
一月前、突如として次元の狭間から現れた異形の竜。
現れたのは運悪くとある帝国の真上であり、帝国は一夜にしてその歴史を終えた。
廃墟と化した帝国に巣を作り、力を蓄えて、眷属を増やすのだという。
竜さんにも色々事情が有るんだろうが、まぁしょうがない。
いつも通り前払いで謝礼と、勇者関連の書物と、歴史書を頼む。
少女は何かを言いたそうに俺の顔を見ている。
この場にいるという事はかなり身分の高い子なのだろう。
「勇者様、私を覚えておいでですか?」
天戸がチラッと俺を見る。
「いや?高確率で人違いかと」
俺の言葉に少女は首を横に振る。
「面妖な衣服、長い首巻き、一見して普通の少年少女の二人連れ。言い伝え通りです、間違いありません」
――言い伝え。そして、外見的特徴は恐らく俺と天戸だ。となると、ここは来たことがある世界?
「国名や年号、他に特徴のある固有名詞は?」
天戸の問いに少女は頷くと、王に言って何かを持ってこさせる。
王に命令を出来る立場と言うことか。
まだピースは埋まらない。
そして、王が恭しく持ってきた箱を少女が開けたときにピースは埋まる。
その中には豪華な飾りの付いた空瓶が入っていた。
見覚えがある。
「……エリクシル」
天戸は呟く。
天戸も理解したようだ。
俺たちの反応を見て、少女はニコリと微笑み深々と頭を下げた。
「先にお礼を言わせて下さい。勇者様方、私の命を救っていただいてありがとうございます」
間違い無い。
彼女は……俺と天戸の二度目の転移で、不治の病をエリクシルで治した少女だ。
エリクシル。賢者の石や、エリクサーとも言われ不老不死の霊薬との伝説もある。
俺は、少し震える声で少女に問う。
「……あの領主の娘さんか?」
少女はにっこりと微笑む。
「はい」
「俺たちが来てから、……何年後だ?」
少女は微笑みを崩さずに、事もなさげに言った。
「324年後です」
◇◇◇
少女の名前はイズーニャと言うらしい。……と言っても、見た目が少女なだけで年齢は334歳だが。
「お二人の感覚だとどのくらい時間が経っているんですか?」
イズーニャは俺達にお城の案内をしてくれるそうだ。
人の中身と言うのはやはり見た目に引っ張られる部分も多いのか、イズーニャはどう考えても330歳オーバーな感じは見受けられない。同年代と比べて落ち着いているな、と言った程度だ。
「んー、三か月前くらい」
「三か月!」
イズーニャは口を隠して驚いた。
俺達からすると、3か月前に来た町が300年後な訳でこれもまた浦島太郎のようだ。
イズーニャは化け物を見るような目で俺達を見る。
「はぁ~、そうなんですか。色々違うんですねぇ」
窓の外には活気のある街が広がっている。
「ここ、あなたの住んでいた街ね?」
何を見てか天戸はそう言った。確か、前に来た街は活気の無いさびれた様子だった。まぁ、300年前だ。関ケ原の戦い前と明治維新後くらいの違いはあるのだろう。いや、それは極端か。
「そうなんですっ!よくすぐにわかりましたね、うふふ全然違いますよね。お礼は用意させておくので町に行きましょう!」
「元気な300歳だなぁ」
「334歳です!」
元気な返事に天戸もクスリと笑う。
「ちょっと待ってくれ」
天戸とイズーニャは俺を見る。
300年振りの再会や、楽し気な雰囲気も大変結構だが、その前に言わなきゃいけない事がある。イズーニャが先にお礼を言ったように。
俺はイズーニャに頭を下げる。
「ごめん。不老不死にするつもりは無かったんだ」
全方位視界が無くてよかった。
頭を下げていると相手の顔が見えなくて済む。
と、誰かが俺の頭を撫でる。誰かと言っても天戸の筈は無いのでイズーニャだろう。
「謝らなくていいですよ?病気を治してくれたんですから。ほら、頭を上げてくださいよ、もうっ」
「いいんだな?もう絶対二度とその件で謝らないぞ?俺の頭は安くないぞ?」
「……何よ、その言い草」
「勿論です」
イズーニャは満足そうに頷いた。
◇◇◇
街に出て、城を振り返る。
巨大な城だ。いや、城の中では普通くらいなのだが、300年前は領主屋敷だった。
今は城だ。
天戸邸が次に行ったら江戸城になっていた、と言うような驚きだ。
「今は領主じゃないの?」
年下には基本的に優しい天戸さんがイズーニャに問いかける。
「えへへ。お二人が私を助けてくれた後からですね、お父さんすっごいいい領主になりましてですね。街の人からもすっごい好かれて……あ、これは私目線ですけど。……で、頑張ったんです」
「へぇ」
天戸さんは微笑ましく聞いているが、途中を明らかに端折っている事に気が付いていないのだろう。
別にそれはそれでいい。でも内政頑張ったって領主が王になれることなんて基本的には無い。……大なり小なりの争いを経た結果なのだろう。天戸には言わないが。
300年前に長く滞在したわけでは無いので、町自体に愛着は無いが自分たちの関与した結果が繁栄をもたらしたとしたなら、それはやはり喜ばしい事だと思う。
「……この街の他全ての国が貧困に喘いでいるとかないよな?」
「あはは、そんな事ないですって」
「あれは?」
千里眼の天戸が見つけたのは広場中央にある銅像だ。
「おおっと、見つかっちゃいました?!びっくりさせようと思ったんですけどね!……じゃん!『異界の勇者』像です!」
制服姿でマフラーをなびかせている長髪の少女と、奴隷のような貫頭衣を着た少年の銅像だった。
「えっへっへー、お二人が帰って……10年後くらいですかね、父が感謝を忘れないように作ったんです。……正直細部はうろ覚えですけど」
「うろ覚え」
主にツッコミどころは二つだ。
顔が似ていないのは構わない。①俺が奴隷の様な服を着ている②天戸が巨乳。
「イズーニャ、胸の所はもっと削るべきだと思うぞ?この際リアルにしろって」
小声でイズーニャに言ったが、地獄耳を忘れていた。
「聞こえてるけど?」
イズーニャは銅像の周りをくるくると踊って周りながら、喜びを口にする。
「いつか会えると信じていました。うふふ、嬉しいですね!」
イズーニャは当然有名人らしく、彼女の踊りに合わせてどこからともなく楽器や歌が聞こえる。
そして、広場は急にお祭りの様になった。
お祭り騒ぎで無く、お祭り。
「よかったね」
天戸は笑顔で俺にそう言った後で、少し考えて訂正した。
「ううん、違うわ。あの時、杜居くんがいてくれてよかった」
「あ、そう」
にやけそうになり口を隠して横を向いた所で、まるで天戸みたいだなと思った。




