74話 そして現実へ
◇◇◇
「おはよ」
目が覚めると見慣れない部屋の床に寝転がっていた。
前回のように雨の中でなくてよかったな、と思う。
「おう、おはよう」
と、身体を起こすとベッドにうつ伏せに寝転がっている天戸が目に入る。
ん?
キョロキョロと部屋を見渡して思い出した。ここは天戸の部屋だ。
背伸びして大あくびをする。これは演技ではない。
「はは、転移しなかったな」
「ふふ、そうね」
天戸は寝転がってスマホの写真を眺めている。
『多分もう一人じゃ戻ってこられない』と、天戸は言った。
実際にはそんな事はなく、何て事無く救って帰ってくるんだろうが、その位弱気になっていると言うことだ。
「お前俺が刺されたり殺されたりするの見たい?」
俺がそう言った瞬間、部屋の重力が三倍くらいになったのではないかと錯覚するほどの威圧感を感じた。
「……見たいわけ無いでしょ。即座に相手を殺すわ」
こっちを見るでもなくスマホを見ながら天戸は言う。
「俺も一緒だよ。見たいわけないだろ、避けるか防ぐかしろよ」
「ん、気をつける」
「頼むよ、マジでさ」
時計を見ると割といい時間だった。昼寝というか夕寝だな。
「あー、もし今後昼寝したいことがあったら連絡しろ。俺もする」
「……そんなにすぐ眠れるの?」
チラッと俺を見る天戸にニヤリと笑いかける。
「誰に物を言ってんだ?古文の山根に貰った『爆速の睡眠王』の異名は伊達や飾りじゃないぜ」
「それは汚名の類よ」
天戸はクスクスと笑う。
実際に試したわけではないから憶測の域を出ないが、同行者が同時に異界転移をする条件は『勇者の睡眠中に睡眠に入る』事だと思う。
正確には『入る、又は入っている』か。
当然細かい理屈は俺が考えて分かるものじゃないが、今までずっと俺と天戸が『同時に』に眠っているはずがないので、多分正解だろうと思う。
一秒でも眠っている時間が重なっていれば、一緒に異界転移が出来るはずだ。
もしかすると、天戸が言わないだけで俺の知らない転移が合ったのだろうか?
勝手に天戸が気づくとは考えづらい。
「おやつ」
時計を見ると夕方の六時だというのに、天戸はそう呟いたのでぎょっとした。
「あらあら、お婆ちゃん。もうすぐ晩ご飯でしょ?」
「知ってるよ。プリン、食べる?」
「今言ったけど晩飯の時間近いだろ。ぼちぼち帰るわ」
「今ママ晩御飯作ってるけど」
けど、なんだよ。
「……うちも多分作ってるよ」
天戸は首を横に振ってスマホを俺に見せてきた。
「ううん、コロッケお父さんと分けられて助かるって」
スマホ画面は天戸とマイマザーのメッセージのやり取りだった。
『杜居くん晩御飯もうちであげていいですか?』
『あら、そう?助かるわ~。今日の晩御飯コロッケにしようと思ったからお父さんとわけよっと』
『あ、コロッケおいしそうですね』
『今度うずめちゃんも食べにおいで』
『ところで杜居くんの好きな食べ物ってなんですか?』
『さぁ?』
色々とツッコミどころがあり絶句した。
だが、俺は声を絞り出す。
「……何でお前うちのかーちゃんと日常的にやり取りしてんの」
天戸は得意げな顔をしてほほ笑む。
「ふふ、悪い?あなたはママの連絡先ブロックしてね。あ、貸して。私やってあげる」
手を伸ばしてきた天戸から反射的にスマホを遠ざける。
「心配しなくても何も送らねーよ」
天戸はジト目で俺を見る。
「……そう言う問題じゃないの」
「どういう問題なんだよ、断固断る」
コンコンとドアがノックされて、天戸の返事の後扉から天戸ママが顔を出す。
「晩御飯7時でいい?お肉にするわ、杜居くんお肉好き?」
「大好きっす」
「ふふ、よかった。じゃあ7時に降りてきてね」
エプロン姿の天戸ママは扉を閉めてキッチンへと戻る。
「……杜居くん、唐揚げ好き?」
何だよ、急に。
「や、普通。どっちかと言うと竜田揚げの方が好き」
「……あ、そう」
何なんだ、本当に?
――夕食はロッシーニ風ステーキとやらだった。
信じてもらえるだろうか?柔らかい牛ヒレ肉のステーキの上にフォアグラとトリュフが乗っているんだ。そして付け合わせのポテトサラダにキャビアが乗っていた。
世界三大珍味が全て一皿に乗っているなんてただの成金の悪趣味だと思うだろう。少なくとも俺は思った。
それが間違いだと気づくのは、一口食べた後だったが――。
因みにうちの晩御飯はコロッケらしい。
◇◇◇
「はい、デザート」
天戸が不愛想にプリンをテーブルに持ってきた。
小洒落た皿とピカピカのスプーン。
入れ物だけで味が三割増しだな。
一口食べる。
チラッと天戸を見ると天戸は目を逸らす。
「これ俺が買ってきたやつじゃん。お前が作ったのは?」
天戸は少し驚いた顔をした。
「わかるんだ」
「そのくらいわかるわ。作ったんじゃなかったっけ?」
「だって馬鹿にするじゃない。どうせこっちの方がおいしいっていうんでしょ」
「ははぁ。それで何も言わずにこっそりと俺が買ってきたプリンを提供したわけですか。そりゃどうも」
天戸は無言で俺を見ていて、天戸ママはニコニコと静観する。
俺はヘラヘラと薄笑いを浮かべて天戸を煽る。
「要するに戦わずして逃げたわけっすか?ははぁ、賢明っすね天戸さん。あ、もしかしてあれっすか?色々考えちゃった結果のこれっすか?はは、確かに弱クソっすね」
天戸は真っ赤な顔をして涙目で俺を睨むと、勢いよく振り返り冷蔵庫へ向かう。
「そんなわけないでしょ!私の作ったプリンの方が絶対においしいんだから!食べてみなよ、おいしすぎて舌抜けちゃうんだから!」
お前のプリンは閻魔大王か。
少しして、天戸はプリンを運んできた。
お皿に盛られた黄色いプリンの頂点からカラメルソースがかけられていて、横には生クリームと恐らくミントの葉が添えてある。
天戸はお皿を俺の前に置くと、腕を組んで俺を見下ろす。
「……勝負よ」
「何の勝負だよ」
思わず笑ってしまう。
天戸は何と戦っているのだろう。
天戸と天戸ママに見守られる中でプリンを掬い、口に運ぶ。
急に部屋の空気が重くなる。ちょっと、天戸。圧漏れてるぞ。
そして、プリンは失礼だけど思った以上においしかった。
黙々と食べ進めていると、しびれを切らした天戸が口を開いた。
「何か言ったらどうなの?」
「ん?あ、ごめん。うまかったから普通に食べてた」
天戸は口を手で隠しながら様子を窺う。
「……おいしい?」
「想像よりずっとうまい。舌は抜かれねーけどな」
「パティシエールになれる?」
「……なりてーの?」
「ふふ、別に?あっ、お茶!ママお茶淹れるね!」
急に上機嫌になる天戸。
あれ?となると、勝負とやらは俺が負けたのか?別に何でもいいけど。
◇◇◇
結局天戸は家族の分もプリンのお土産を持たせてくれた。
「ただいま~」
「お帰り、晩御飯食べてきたんでしょ?」
「かーちゃん天戸とメル友なの?」
「あれ、知らなかった?ずっと前からよ」
「マジかよ。あ、これお土産。天戸手作りプリン」
母者はワッと喜んでプリンを冷蔵庫にしまう。
天戸邸と比べるとウサギ小屋かと見紛う我が家だが、このくらい狭い方が落ち着くわ。
「かーちゃんキャビア食ったことある?」
「普通にあるけど?とんぶりみたいなもんでしょ」
……何だよ、とんぶりって。
部屋に戻りベッドに倒れこむ。
……あー、アレだな。
狭いのはいいけど、掃除はしなきゃだなぁ。
足の踏み場が少ない我が城を見て、ようやく現実に帰ってきた気がした。




