69話 天使の証明
◇◇◇
――天戸が広場に降り立つ少し前、作戦会議中。
「雲の上?」
「まぁ、正確には雲の中な。で、全力で戦乙女の襟巻きを回転させて一時的に雲を払って欲しいんだけど、できそうか?」
天戸は得意げな顔で俺を見る。
「できない理由があると思う?」
「いや、思わねぇけどさ。普通に……『できるわ』でいいだろ」
「真似しないで」
話が進まないので無視して続けようと思う。
「全力で雲を払えば少しの間雨が止むよな?で、大聖堂の前に荘厳に降り立ってほしいわけ。マフラーを翼みたいに見立てて天使みたいにニッコリとほほ笑んで降りるとベストだな」
天使と言う言葉が引っかかる様で、チラチラと横目で俺を見ながらぼそぼそと天戸は言う。
「……天使なんて、私にできると思う?」
こらこら、さっきの自信はどこに行ったんだよ。
「あれ?できねぇの?」
急に天戸は不機嫌になってマフラーで椅子を作りそっぽを向く。
「できるわ」
やれやれだ、全く。
「作戦は正午ちょうどだ。何となく勝手に神がかり的な雰囲気を足してくれるだろ。雨がやんで、雲が晴れて、光が差して、天戸が降り立つ。ふはは、完璧。あ、異界の勇者はまだ名乗らなくていいぞ。『天の使い天戸うずめ』とでも名乗ってくれ」
「理由は?」
「異界の勇者は教会と関連が深そうだろ?で、こっちの脅威は『神』を名乗ってる。もし、宗派が違うとすると、最初からボタンが合わなくなるからな」
天戸は腕を組んだまま首を傾げる。
「意味わからない。同じ神じゃない」
「いや、同じ神じゃない可能性があるんだって。神って1人じゃないから。おっと、その発言自体が引っかかる可能性があるから撤回する」
「何言ってるのかわからないわ。馬鹿じゃないの」
こいつ本当に成績いいのか本当にわからなくなってきた。
「天戸さん、一学期の成績表どんなだったんすか?」
「主要科目は全部5よ」
学校の成績って実生活にあんまり関係ないって言う好例……いや、悪しき例だ」
「例えば、きのこもたけのこも両方お菓子だろ?でも、お菓子が好きな人の中でもきのこ派とたけのこ派に分かれてしまうんだよ。その二つは相いれないんだ。両方好きなんて許されないんだ」
「……またその話?もういいわ、わかったから」
すごい面倒くさそうに言われたが、絶対にわかっていないよ、お前。わかってない。
「そうだな、口上は……『私は天の使い、天戸うずめ。この雨を止ませる為に降り立ちました』にしよう。ニッコリと慈愛に満ちた笑顔でフワッと降り立つと満点だ」
天戸はため息を吐いて立ち上がり、時間を見る。
決行時刻まであと10分程。
「あなたは異次元ポケットに入っていた方がいいわ」
「はぁ?お前1人で降臨とか不安しかないんだが」
「あ、そう。私が全力でマフラーを振る時あなたどこにいるの?三枚下ろしじゃ済まないと思うのだけど……」
「え」
俺の反応を見て薄笑いを浮かべ、指で下を指す。
「何その顔。雲の上……多分乱層雲でしょ?最低でも2000メートルなんだけど……、ふふ平気?おせんべいみたいにならない?」
ぐぬぬ、ここぞとばかりに畳み込んできやがった。
「……わかったよ。段取り通り頼むぞ。下に降りたらマフラーで隠しながら俺を出してくれ」
「まかせて」
「すぐだぞ、すぐ」
「わかった、うるさい。ベッドは乗らないでよね」
天戸は異次元ポケットを開けて、俺は入る。
間もなく、正午。
「気を付けろよな」
天戸はニコリとほほ笑んで異次元ポケットを閉めた。
◇◇◇
――異次元ポケットが開いたので、外に出る。
天戸の周りをたくさんの人たちが囲み、跪き、拝み、歓声を上げたり、泣いたりしていた。
まさに、カオスだ。
辺りは全く雨は降っておらず、上を見上げるとかなり広範囲の雲が消し飛んでいた。
「……うおぉ」
思わず声が出た。
時間が経つとまた青空は雲に消えるのだろうが、これだけの雲を吹き飛ばすってどれだけの威力なんだよ……。
ちらりと俺を見て反応を伺い、驚いた顔を見て満足したような顔で少し笑う。
「ご注文通りやったけど」
「はは、サンキュー。たぶん100点」
「当たり前よ」
得意げに天戸は言う。
俺は天戸の横に跪いて小声で天戸の言うべきセリフを伝える。
天戸は耳もいい。超小声で問題ない。
「私達の求める物はただ一つ、天の冤罪を晴らすことです。住んでいる場所の高低などで、人の選別をするような短絡的で幼稚な事を決して行いません。そして、何故人の選別のみを行うのでしょうか?動物は?」
俺の伝える言葉を正に一言一句違えずに、且つ棒読みで無く自分の言葉として口に出す。
地味にすげーな、役者にでもなるといい。
そうこうしていると、大聖堂から数人の護衛と共に身分の高そうなおじいさんが出てきて、青空に一瞬顔をしかめた。
一月振りの青空なのだから無理もない。
「……そなたらが天の使いだと言う証拠は?」
おじいさんは俺達をジッと値踏みするように見据えてそう言った。
俺は小馬鹿にするように薄笑いを浮かべておじいさんに答える。
「あなた方の神様が降りてこられても同じ事聞くんですか?結構失礼ですよね?」
おじいさんは露骨に嫌そうな顔をして俺に反論をする。
「不信心の鈍愚めが……。相対すればわかるわ」
「でも、俺達の事はわからなかったから証拠出せって言ったんですよね?」
「……中へ」
ジジイは俺達を聖堂へと促し、俺と天戸はスタスタとついて行く。
ポツリと一滴雨粒が落ちる。
天戸の作った晴れ間も終わりか。
◇◇◇
聖堂に入ると、爺さんと数人の護衛のみが居た。
「では証明してもらおうか」
ジジイはそう言うと、横にいる徳の高そうな笑顔を浮かべている若い護衛を見る。
「クルート」
「はい、大司教」
クルートと呼ばれた若者はすっと掌を上にあげて手を前に伸ばす。
すると、高い天井のどこかから燕のような鳥が一羽バサバサっと飛んできてクルートの手に止まる。
次の瞬間、小さな骨の潰れる音と、小さな肺から空気が漏れる音が混じった最期の声が聞こえた。
こいつは何をしているのだろう?
この鳥は何をしたのだろう?
反射的に天戸が殺しやしないかと思い、横目で見ると無表情でポケットに手を入れている。
クルートは、赤く染まり動かなくなった鳥を俺に差し出す。
「どうぞ、生き返らせたりできます?」
――あぁ、そう言う事ね。
俺は引きつった笑いを浮かべてクルートの手から鳥を受け取る。
頭に血が上るって適切な表現だと思う。
熱くなって自分が何をしているのかが少しふわふわする。
『蘇生』
両手で鳥の死骸を覆い、俺は呟く。
少し目眩がしたが問題ない、頭に血はたくさん上っている。
掌の中から鳥の声がしたので、手を開くと鳥はバサバサと宙に飛んでいく。
まさか本当に蘇生するとは思っていなかったようで、一同は唖然として宙を仰ぐ。
「おぉ……」
「奇跡だ……」
次の瞬間俺の全力の右拳がクルートの左頬を捉えて、クルートは机にぶつかりながら吹き飛ぶ。
手が痛い。
思えば初めて人の顔を殴ったような気がする。
「下らない真似してんじゃねぇよ!」
頭に血が上りすぎてエスプリの聞いたことは言えなかった。
そして、背後からこの世のものとは思えない、何か物理的な力とも思えるような圧が生じて身動きがとれなくなる。
ジジイに至っては立ってすらいられない。
正体は勿論天戸だ。
「次やったら全員殺すわ」
振り返らなくても天戸がマジなことはわかる。
あまり圧をかけ過ぎるとジジイが危険だと思ったのか数秒で圧迫感は消える。
俺も声が出るようになる。
化け物を見るような目で俺達を見る教会関係者一同にニコッと笑いかける。
「ま、そしたら俺が全員生き返らせてあげますよ」




