68話 天の使い、略して天使
◇◇◇
アークライト公国を離れて絨毯の旅。
この土砂降りと悪路では馬車なんて機能しないだろうし、川の氾濫やらで通れない道も多そうだ。
でも、魔法の絨毯なら大丈夫!
当たり前に乗っているが、これも天戸うずめ三大チートの一つに数えられるだろう。
と勝手に言ってみたが、あいつのチートを三つで収められる自信はない。
「これ運転むずかしいの?むずかしいよな?」
マフラーで広げた地図を眺めながら興味なさそうに答える。
「やってみたら?……って言いたいところだけど、うっかり音速の壁でバラバラになられても寝覚めが悪いからやめておいたら?」
「え、そんなスピードでんの?」
「疲れるし危ないからあんまりやりたくないのよ」
スピードが出る事自体は否定しないようだ。
今度誰かに紹介するときは『音速の奇行士』とでも紹介しようか?
「そんな話は置いておいて、アルランド王国での立ち回りはどう考えてるの?今のペースで大体4日もあればつくと思うけど」
「天戸の考えは?」
「まず、誰がこの雨を降らせているのかを突き止めるのが難しいと思うの。と言っても、これだけ大掛かりな魔法を使えるような人って限られていると思うから、聞き取りしていけば分かるような……」
俺がにこにこと頷くと、天戸は俺を睨む。
「そうやって馬鹿にすればいいでしょ」
「いや?馬鹿にしてないぞ、マジで。『殺すわ』しか考えなかった天戸からしたら超成長してんなって思ってさ」
「……ほら、やっぱり馬鹿にしてる」
そう言って顔を逸らす。
「色々考えた分辛いこともあるかも知れないし、救うまでに時間がかかることもあるかも知れないけど、きっと前までの天戸より健全な気がするよ。それに……」
言葉を続けようかどうか判断に迷ったが、ここで止めたところで『それに?』と尋問が始まる事は火を見るより明らかだ。
そのまま続ける。
「前より楽しそうで何よりだ」
『そうね』と、天戸は向こうを向いたままで答えた。
そして、マフラーで地図を俺との間に広げる。
「……杜居くんは」
障壁にぶつかる雨音で消えそうな声で、天戸は呟いた。
「ずっとハルのいる世界にたどり着けなかったらどうするの?」
――ハルのいる世界。
天戸とハルがかつて転移した6回目、7回目、8回目の世界の事だ。
俺達の世界のハルを救う事はもう出来ない。だが、異界転移は過去の時間軸に跳ぶ事もある事から、どこかの世界で天戸とハルに干渉して、ハルの生きている世界を作る。それが俺と天戸の目標だ。
顔が見えなくても、声からして不安そうなのが伝わるが当然だ。全ては俺の仮定からの憶測と推測と希望的観測にすぎないのだから。
現在事実として確認できたのは『同一世界の過去に転移する事がある』事だけである。
例えば世界Aがあり、俺達がその世界Aに転移したあとで、今度は世界Aの50年前に転移した、と言うような事だ。
今事実なのはそれだけだ。
故に天戸は不安なのだ。
と言っても、俺の答えは一つしかないのだが。
「その時が来るまでずっと天戸とどっかの世界を救い続けるだけだろ」
「ずっと?」
顔が見えないので、声からは表情が掴みづらい。
「ずっと」
天戸は少し間をおいて質問を続ける。
「これからまだまだ何百回も救うかもしれないのに?」
「これからまだ何百回も救うかもしれなくても」
齟齬があるといけないからと、復唱して頷く。
天戸はまた沈黙する。
お気に召す答えで無かった可能性は否定できない。
「……あなたがお爺さんになっても、まだたどり着けなかったらどうするのよ」
少し笑ってしまった。
「爺さんになっても。お前が行くなら俺に行かない理由は無いよな、天戸婆さんや」
またもや沈黙。
「……死ぬかもしれないのよ」
「何を今更。すでに何度か死にかけてるけど」
沈黙。
やはり地図で顔を隠しているので表情が読めない。お前は平安貴族か。御簾か。
「いい加減地図どけろよ」
「あっ!」
バッと地図を奪い取る。
自分でやっておいてあれだが、本当に奪えるとは思わなかった。
天戸は地図の向こうで真っ赤な顔をして、また向こうを向いた。
「……地図返してよ。道がわからないでしょ」
「見るなら普通に見ろよ」
天戸に地図を返す。
「子供みたいな真似は止めて」
キッと俺を睨んだ後で、天戸は地図をまた眺めた。
◇◇◇
アルランドまでの四日間、どれだけ進んでも雨は止まずに降り続いていた。
途中二つの街を経由して、アルランド王国の国境に向かう途中で、少しずつ人が増えてきた。
入国資格の有り無しは別として、アルランドを目指す人たちなのだろう。
この豪雨で視野は10メートルほどになっているが、面倒ごとは避けたいので上空を進む事にする。
「しばらく進むとアルランドの国境があるけど」
「あぁ、そう。いいよ、この高さでそのまま前進を許可する」
大体高さ30メートルくらいだろうか?豪雨の関係もあり、地上からは俺たちは見えないからちょうどいい。
「ふふ、何様よ。不法入国了解」
そう言って天戸はクスリと笑い、絨毯はそのままアルランドの国境を越えた。
「この高さで飛ぶのは疲れたりするのか?」
「別に。誤差程度ね」
「んじゃそのまま頼むわ」
さてさて、どうやって城に現れようかと考える。
国か個人が神の名の下に行っている選別だ、下らないことこの上ない。
出来るだけ相手の権威を剥がせそうな、衝撃的な登場を演出したいところだ。
考えていると、俺を見もしないでクスリと笑う。
「またろくでもないこと考えているわ」
「心外だな、どうやって天戸を神にしようか考えてただけなのに」
「え、何それ。余計悪いわ」
天戸は俺を見て心底迷惑そうな顔をするが、構わず俺は上を指さす。
「絨毯で高さどこまで上がれる?」
「ん、多分どこまででも」
相変わらず苦笑いしか出ない。
「あ、そうっすか……」
なら演出は決まりだ。
◇◇◇
アルランド王国、大聖堂前広場――。
正午丁度の鐘が鳴り響いたその瞬間、とてつもない速さで雲は割れ、雨は止み、広場には一月振りの陽の光が差す。
広場の点在する人々は口々に感嘆の声を上げ、中には涙を流す者もいた。
そして、程無く上空からフワリと一人の少女が広場に降り立った。
――勿論、天戸うずめだ。
天戸うずめは自身のできる限り最大限の笑顔をその顔に浮かべて言った。
「私は天の使い、天戸うずめ。この雨を止ませる為に降り立ちました」




