67話 沈む世界
◇◇◇
俺達は1時間ちょっと花火を楽しんでいたようだ。
街は俺達が目覚めた高台から徒歩で40分程の距離だそうだ。
第一騎士団合計41名の隊列範囲は天戸の障壁の範囲に収まった為、騎士団達に異界の勇者の力を示すにはちょうど良かった。
全体に障壁が張れるように、俺達二人は隊列の真ん中辺りを絨毯で浮かびながら街に向かう。
皆が重装備で馬に乗り進む中で、絨毯に寝っ転がるのは中々にハードルが高い。
必然正座で乗る事になるが、これがまた中々に辛い。
「もぞもぞ動くの止めてよ」
天戸は女座りをしている。
女座りずるいよな、胡坐ほど印象悪くない。正座の亜種として何となく認識されるし、何より男サイドから『女座りは止めろ!』と言いづらい。
「遠慮しなくても胡坐にすればいいじゃない」
「だから当たり前に考えを読むな」
「読んでないわ。見てればわかるもの」
全く、ああいえばこういうやつだ。
「いや、しかし……異界の勇者と言うのはみなこういった事ができるのでしょうか?」
俺達の横で馬を走らせる団長は半ば呆れ気味にそう言った。
「んー、わからんっす。実際他には一組しか会った事ないんすよ。でも、こいつは特別だと思いますけどね。なんせ380回近く世界を救ってるんですから」
それを聞いて団長他騎士団全体の空気が良い意味で解れるの感じる。
「……なるほど、それほどの方なら或いは」
俺は胡坐のまま腕を組み、何度かうんうんと頷く。
「そっすね。大当たりだと思いますよ、実際の話。こいつで無ければ救えない世界ってのもあるだろうし」
「……それは少し大げさだと思うの。私が救えなかった世界だってあるわ」
天戸はマフラーで口元を隠して顔を背ける。
俺は呆れ顔でため息を吐く。
8回目の世界の事を言っているのはわかる。
こいつに足りないのは自己肯定感ってやつだと思う。
378回の異世界転移で、377回の世界を救っているのだ。――白き闇の件は、当然世界を救ったものと見做す。
電卓を使わないと細かくはわからないが、どう考えても99%以上の確率で世界を救っているのだ。
性格的な事もあるだろうが、こいつは恐らくテストで99点を取るとため息を吐くタイプだろう。『あと1点取れなかった』、と。
聞き足りないなら何度だって言ってやるよ。
『お前はすごい』ってさ。
「ならその世界はその時の誰にも救えなかったんだろ。今のお前なら……俺達なら救えるよ」
「あ、そう。楽観的なんだから」
天戸はそっぽを向いたままそう言った。
◇◇◇
しばらく進むと雨煙の向こうにうす高い城壁が現れた。
「アークライト公国の首都、アークライトでございます。失礼で無ければ今日は宿でお休み頂いて、王への謁見は明日場を設けようと思うのですが」
天戸はチラッと俺を見る。
夜だと王様は眠っているだろうし、今更一分一秒を争うって事も……無いと思うんだけれどどうだろう?
「一応確認しときたいんだけど、この雨で一番早く被害が出るのはどのくらい後?」
「あくまでも我がアークライト公国に限って、と言う話ですが、既に水没した3都市を除けば次に沈むのは……7日程と言われています」
「避難はするんだよね?」
「勿論です」
「なぁ、天戸。疲れてる?」
天戸は座ったまま背伸びをした後でニコリと微笑んだ。
「全然。起きたばっかりだもの」
なら、決まりだな。
「2時間後にアルランド王国ってとこに発ちます。申し訳ないんすけど、それまでに大急ぎで『報酬』、『地図』、『書物』、『資金』を集めて貰っていいですか?……雨が止むのは、早いほうがいいでしょ?」
団長はビシッと敬礼をして、2時間後の支度を約束した。
書物の内容は、『異界の勇者に関するもの』と伝える。この時間に2時間でどのくらい集まるのかはわからないけど。
その間、城壁の外で待つ事にする。
天戸が雨風を防いでくれるので、ただごろ寝しているだけだ。
「色々な脅威があるのね」
容赦なく障壁に降り注ぐ雨を眺めながら天戸は言った。
「そうだなぁ。あのさ、今思ったんだけどさ、……お前俺が転移してくるの見てるんだからこうやって防いでくれてたらよくねぇ?」
天戸は少し驚いた顔をした後で、申し訳なさを誤魔化すように少し笑った。
「ふふ、そうね。ごめん」
「そうねじゃねーよ。起きて早々溺れ死ぬかと思ったわ」
「今謝ったじゃない」
確かに、思い返すと何だか珍しい気がするな。
「よし、謝罪を受け入れよう」
「随分偉そうね」
――2時間なんて、あっという間に過ぎてしまう。
団長以下41名は皆一様に汗だくで息を切らせていた。
この2時間必死で動き回ってくれた事がわかる。
「お待たせいたしました。ご要望に沿うかはわかりませんが……我らアークライト国民と王の気持ちとお思い下さい」
報酬も、書物も、資金も全て想像以上の量だった。
「こんなに受け……」
確実に『こんなに受け取れないわ』と言いかけた天戸の頭にチョップをしようとしてマフラーで防がれる。
「なによ」
言葉を遮られた天戸さんは少し不機嫌に俺の腕をマフラーでねじる。
「あのな、天戸。話を聞いていたか?これはこの時間にここまで用意してくれたこの人らの『気持ち』だ。『期待』であり、『気持ち』。受け取らないって事は、応えられないって事だぞ」
俺の言葉に小さく頷くと、天戸は絨毯を降りて団長達に深く一礼をする。
「ごめんなさい、ありがたく頂戴します。あなた達は……洗濯物を干す準備をして待ってて下さい」
その言葉に騎士団から歓声と拍手が沸き起こる。
今が何時か知らないけれどね。




