66話 方舟
◇◇◇
――冷たい?
――何の音だ?
次の瞬間、鼻に水が入ってきて飛び起きる。
「ゲホッ、ゲホッ!何なんだ?!」
周囲を見ると、辺りは暗く、雨が降っている。
シトシトとかそういう擬音ではない、ザアザアの次のレベルだ。
「おはよ」
マフラーを椅子のようにして座りながら俺を見下ろす天戸うずめさんは、いつかの宣言通り全く雨になど濡れていなかった。
障壁で雨を遮っているのだろう。
鼻に水が入ったので、顔の真ん中がツーンとする。この現象は何なのだろうか?
天戸レベルだと無意識下でも障壁が張れるのだろうが、俺は眠っているとだめらしい。と言うか、普通はそうなんだと思うんだ。
「んー、おはよう。あっちもこっちも雨だなぁ」
「花火、楽しかったわ」
「はは、満足いただけた様でよかったっすわ。ハルも楽しんでくれたよな、きっと」
「えぇ、きっとそうね。あっ、そうだ……」
少し笑うと天戸うずめさんはおもむろに異次元ポケットを開いて中から打ち上げ花火を含むたくさんの花火を取り出した。
「たまたま花火買ったのがあるけど……、今やる?」
どんな偶々だよ、と噴き出しそうになったが天戸さんは大真面目に言っているのだから笑うのは失礼だ。
「打ち上げは流石に無理くないか?障壁ってそんな範囲広がるの?」
「愚問ね。10メートル位なら問題ないわ」
そう言った瞬間、俺達の周りから雨が消えた。
「火はお願いしていい?」
「オッケー」
俺達の周り以外はゴウゴウ降りとでもいうような大雨。
この世界も、きっと何等かの脅威に晒されているのだ。
そんな中、俺達二人はウキウキと花火の準備をしている。
何となく滑稽で、酷く申し訳ないように思うが、しょうがないと見逃して欲しい。
せっせと打ち上げ花火を6個、一定の距離を置いて並べる。
「行くぜ!杜居流魔導術……七式!六連花火!」
大仰に両手を交差させると六つの花火の導火線に同時に火種が点く。
なんてことはない、魔法なんて結局イメージなのだから名前だって適当でよかったんだ。
六つの打ち上げ花火が同時に打ちあがり、ポンポンと雨の夜空を照らす。
天戸はマフラーに座って満足気にニコニコと手を叩いている。
「たーまやー。ふふ、まだまだあるから気の済むまでやっていいよ」
――そこで初めて俺は理解した。
これは一緒に花火を楽しむなんて生易しいものでなく、俺が『偉大なる暁』こと天戸うずめさんに花火をお見せする場なのだと。
ふはは、まぁそれでいいや。
あいつも喜んでいるし、俺も割と楽しい。
「了解、我が主」
「やめて、それほんとうざいから」
傍から見たら異様な光景だよな、この豪雨の中で雨にも濡れずに花火をする二人。
ちょうど打ち上げ花火が全部終わろうかと言う辺りで数十人の兵士がやって来た。
「……な、何をやっている!」
全員抜刀して臨戦態勢だが、俺達からは遠巻きに距離を取っている。
「あっ、すいません。うるさかったっすかね」
よく考えると、信号弾の連発みたいに見えない事もない。考えてみれば異様だよ。見たことのない恰好のやつらが雨の中濡れもせず怪しい炎を上げているんだから。
今が何時か知らないが、夜な事は間違いないから確かに迷惑な話だ。
俺は恭しく天戸さんを皆さんに紹介する。
「えーっと、こちら異界の勇者天戸うずめさんっす。何かお困りの事ありませんか?」
異界の勇者の言葉にざわつく兵隊たち。
それぞれの表情から諦めのような表情が感じ取れた。
「……いくら伝説にある異界の勇者といえども、この世界を救う事はできない」
副官らしい人物の言葉に天戸は腕を組んでムッとする。
「なら帰ってもいい?私達は、この世界を救いに来たの。ただ、救う義理は無いわ。不要と言うなら帰る。説明するかどうか。30秒で決めて」
「別にすぐ帰らなくてもいいだろ。観光と買い物くらいしていこうぜ」
「うるさい」
天戸はポケットに手を入れたまま目を瞑りカウントをする。
最強異界の勇者王天戸うずめさんはやはり体内時計も完備されているようだった。
「10秒」
隊長と思われる中年は、副官の頭をゴンと強く叩く。
「部下が失礼いたしました。異界の勇者……天戸うずめ殿。今この世界は審判の時を迎えています」
ゴウゴウと降り注ぐ雨の中、アークライト公国第一騎士団長を名乗る中年男性は教えてくれた。
終わらない人々の争いに嫌気が差した神は、この世界を洗い流す事にしたらしい。
この雨は一か月前から降り続け、神が言うにはどんどん勢いを増し世界を海の底に沈めるまで降りやまないそうだ。
神により許された民だけが、世界で一番標高の高い位置にあるアルランド王国に招かれるそうだ。
ノアの箱舟に似た話だなぁ、と思ったら動物達全部切り捨てじゃねぇか。
天戸さんは腕を組んで俺をチラ見する。
「神だって。杜居くん、勝算は?」
「いやー、絶対人でしょ。動植物切り捨てて高地の人だけ残すって神の所業じゃないだろ。最低でも全種類一組は連れて来いよ、高地の王国によ」
天戸はうんうんと何度か頷く。
「あなた意外と動物好きだものね」
「意外とって言うか、かなり好きな方だと自分では思ってるんだが。多分、その高地王国にいると思うんだ、この事象を起こしている自称神が」
――期せずしてダジャレになってしまった。
チラッと天戸を見ると、珍しくニッコリと俺に微笑んでいる。
「平気よ?笑わないわ」
「いや、誤解なんだ。たまたまそうなっちゃっただけ」
「そんなたまたまあるわけないでしょ?大丈夫よ、狙って滑ったって素直に言えばいいのに」
「はぁ?たまたま花火持ってくるよりよっぽど有り得るわ」
花火の件に触れると途端に天戸は怒り出した。
「ん?じゃああなたは私があなたと花火をしたいからわざわざ買って前の夜にいそいそと異次元ポケットにしまったって言いたいの?そんな事あるはずないじゃない。たまたまよ」
「わかったわかった、狙って滑ったでいいよ、もう」
「わかればいいの」
俺達のやり取りを団長は何も言わずに待っていてくれた。
「いろいろ調べたいんで、あなた方の国に連れて行ってもらってもいいっすか?夜分にすいませんね」
『勿論です』と騎士団長は俺達に敬礼を行うと、騎士団全体が俺達に敬礼をした。




